世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ①

 私の名前はセレネ・リアージュ。

 誰がどう見ても完全無欠のリア充だ。

 ちなみにリア充とは、古代語で〝リアルが充実している人〟を意味する。陽キャでパリピな私を等身大に表現するなら、ぴったりの単語だ。

 というわけで、今日も私は、宇宙でいちばん優雅な足取りで〝アイネル魔法学院〟に登校する。


「きゃあああ! 見て、セレネ様よ!」

「なんて麗しいのかしら。さすがは空前絶後のリア充お嬢様……」

「あっ、あっ、セレネ様! セレネ様ぁっ! 見ているだけで心臓が……ヴァアアアアアアアアアッッッッ!!」

「おい! こいつ、セレネ様と友達になりたすぎて心臓発作になったぞ!?」

「回復魔法の使い手を呼べ! 致死量のリア充オーラを浴びちまったんだ!」

「セレネ様、またお友達が増えたんですって? これで100兆人目かしら?」

「セレネ様! こっち向いてセレネ様ぁっ!」


 教室に入った瞬間、クラスメートたちが私の周りに群がってきた。

 まあ、しょうがないよね。

 私は三千世界を超越するリア充なんだし。


「ごきげんよう、皆さん。調子はいかがですか? 私は昨晩から今朝にかけてナイトプールでフィーバーしておりましたので、講義中に眠くなってしまわないか心配ですわ」

「「「ぐわああああ!! リア充すぎるうううう!!」」」


 ばたばたばたっ……!!

 3人がぶっ倒れた。よくあることなので気にしない。

 私はどんな凶悪犯でも改心してしまうレベルの極上スマイルを浮かべ、「おはよう」「おはよう」と挨拶しながら自分の席に向かう。


「あ、あのっ! セレネ様!」


 椅子に座ると、知らない女の子が話しかけてきた。

 なんだかすごく緊張しているご様子だ。


「わ、私……今日転校してきたミルテって言います! も、も、もしよろしければ……わ、私とも友達になってください!」

「はい、ぜひ!」

「え……!? いいんですか……!?」

「もちろん。私の目標は、全人類と友達になること。至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします♪」


 ぺこりと頭を下げる。

 その瞬間、


「きゃああああああああああ!」

「さすがセレネ様! 海のように広いお心!」

「俺とも友達になってください! 一緒に青春の汗を流しましょう!」


 感極まったクラスメートたちが、一斉に押し寄せてきた。

 人気者はつらいよ……私は1人しかいないのに。

 でも、すべてを受け入れてあげるのがリア充の役目なのだ。


「さあ、友達になりましょう! 皆さん、今日から私と同じリア充です! キラキラとして青春の日々が待っていますよ!」

「「「青春最高ぉ――――――――――ッ!!」」」

「お昼休みのティータイムはもちろん、放課後のバーベキュー、体育祭や文化祭といった数々のイベント! 休日は私のお屋敷に集まって盛大なパーティーを開くのもいいですわね!」

「「「セレネ様最高ぉ――――――――ッ!!」」」

「ほらほら、そんなに慌てないで。リア充は逃げませんから――って、こらっ、押さないでください! 苦しいですわ!」


 いつの間にか、クラスメートたちにもみくちゃにされていた。

 いくら私がリア充だからって、興奮しすぎだ。

 いや、ちょっと待って。

 みんな、集まりすぎじゃない? 息ができないよ。

 ていうか誰だ、いま私の髪引っ張ったの!


「セレネ様と友達になれるなんて夢みたい!」

「セレネ様とスキンシップううう!」

「セレネ様アアアアア!! ボクと遊んでエエエエエ!!」


 クラスメートたちは大騒ぎだ。

 私は素が出るのも構わず、慌てて叫んだ。


「――わ、分かったよ! 分かったからみんな、落ち着いて! おしくらまんじゅうで死んじゃいそうだから!」

「セレネ様セレネ様セレネ様セレネ様セレネ様セレネ様セレネ様セレネ様セレネ様!!」

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 どんなに藻掻いても逃げられなかった。

 圧迫感がすごい。サンドウィッチの具になった気分。

 ああ、ダメだ。

 意識が遠のいていく……。

 こうして私は、友達の大群に潰されて圧死した。おしまい。


         ◇


 どさどさどさどさっ――!!

 尋常ではない衝撃が降りそそいだ。

 痛い。まるで土砂崩れに巻き込まれたような気分だ。

 これが友達の重みとでも言うのだろうか? そんな馬鹿な――


「――はっ!?」


 ガバリと上半身を起こした。

 その瞬間、私に覆いかぶさっていた無数の本が滑り落ちていく。

 どうやら積み本の山が崩れ、その下敷きになっていたらしい。

 私は寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見渡した。

 視界に飛び込んできたのは――散らばった無数の本、年季の入った机、魔法陣がでかでかと描かれた黒板。

 いつも通りの研究室の風景だ。

 くしゅん、とくしゃみを1つ。


「ゆ、夢か……」


 先ほどまでの優雅で幸せなシーンは、すべて幻覚だったらしい。

 そうだよね。私にあんなに友達いないもんね……。

 というか、アレは本当に友達だったのだろうか。もっと禍々しい何かだったような……。


「セレネ様、ようやくお目覚めですかー?」


 ガチャリと扉が開かれた。

 そこに立っていたのは、黒髪ショートボブの女の子――秘書のミルテだった。

 ぴっちりしたスーツが今日もよく似合っている。

 彼女の手には、トーストの載った皿が携えられていた。


「あ、朝ごはん用意してくれたの?」

「もう昼ですけどねえ。セレネ様のぐーたら加減には驚きですよ」


 ミルテは私の机まで近寄り、コトリと皿を置いてくれた。

 ふわあ……見ているだけでお腹が空いてくる……。

 ほかほかしたトーストを手に取り、ミルテが用意してくれたいちごジャムをぬりぬりしていく。やっぱり焼いた食パンには甘いジャムだよね。


「もうちょっと生活リズムを整えたらどうです? このままじゃあダメ人間になっちゃいますよ?」

「仕方ないでしょ~? 昨日は夜遅くまで作業してたんだから」

「魔法の研究論文ですか?」

「ううん、交換日記」

「へ?」


 ミルテが詐欺師でも見るような目で私を見下ろした。失礼な。


「こ、交換日記ですか? セレネ様が? あの万年ぼっちのセレネ様が……? いったいどちら様と……?」

「友達だよ。私にだって交換日記をしてくれる人がいるの。ほら見て」


 私はノートをぺらぺらめくってミルテに自慢する。


「去年の学会で仲良くなったんだ。名前はアンジェリーナって言って、すごく優しくて面白い子なの。遠くに住んでいるから、なかなか会えないけど……」

「よく見せてください」

「あっ」


 ミルテが私のノートを奪い取った。

 慌てて奪い返そうとしたけれど、ミルテの動きが俊敏すぎて追いつけない。


「何するの! 返してよ!」

「あの……セレネ様? 恐ろしいことに気づいちゃったんですけど……」


 ミルテは私のノートを掲げながら、見てはいけないモノを見てしまったような顔をして、


「……アンジェリーナさんの筆跡、セレネ様と同じですよね?」


 ぎくり。

 何で……何でそんな細かいことに気がつくの……。

 名探偵ですか……。


「まさか、妄想交換日記をしていたんですか? 友達がいないから……?」


 違う。違うの。

 私はそんなつもりじゃ……。


「嗚呼、可哀想なセレネ様! 孤独が人の心を蝕んでゆくというのは本当だったんですね……何というか、その……ご愁傷様です」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶望のどん底に突き落とされ、勢いよく机に突っ伏した。

 どうしてミルテはそんなひどいことするの。

 仕方ないじゃん、私も交換日記とかしてみたかったんだから……。

 ちなみに今回使用したのは、私が開発した【交換日記の相手を自動でやってくれる魔法】。