世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ②

 発動すると手が勝手に動いて日記の返事を書いてくれるのだ。でも発動者の意識が多分に反映されるため、内容的には非生産的な独り言モドキになることが多い。ダメじゃん。


「セレネ様って本当に残念ですよねえ」

「ど、どこが!」

「そりゃあ、悪い意味でのギャップといいますか。この学院に130人しかいないマスターランク魔法使いの1人なのに、友達ゼロの超絶コミュ障なんですから」

「真実を言わないでよおぉっ……」


 言葉の刃がぐさぐさと私の心を串刺しにしていった。

 そう、ミルテの言う通りなのだ。

 私は生まれた時から魔法の才能だけはそれなりにあった。

 いや、ありすぎたと言うべきだろうか。

 なにせ飛び級でマスターになっちゃうくらいなんだし。

 そのせいで同年代の子供たちと馴染めず、長いこと独りぼっちの日々を過ごしてきた。生まれた時から孤独の運命を約束された、独りぼっちの究極形態なのである。


「よかったですねえ、セレネ様。もし魔法の才能がなかったら、いま頃引きこもりのニートでしたよ」

「いまでも引きこもりみたいなものだけどね……研究室に寝泊まりして、ミルテにご飯作ってもらって、やることといったら論文を書いたり魔法を開発したり……えへへ、本当に引きこもりだね、キラキラした青春とは程遠いね……」

「あらら、ネガティブ・スイッチ入っちゃいましたか。面倒くさいので立ち直ったら教えてくださいね~」

「見捨てないでよっ」


 私はこのアイネル魔法学院に研究員として雇われている。

 マスターランク……つまり、魔法使いの中でも最高ランクの実力者というわけだ。

 といっても、学生たちを相手に講義をするわけじゃない。

 カタツムリのごとく研究室に閉じこもり、魔法の研究に没頭する毎日だ。

 でも、私だって現状を改善したいとは思っている。

 具体的には、友達を100人作って青春したい。


「……ねえミルテ、何で私ってこんなに友達ができないのかな?」


 さくりとトーストをかじる。おいしい。あま~い。

 ミルテは「う~ん」と首を傾げた。


「率直に言っていいですか? 傷ついちゃうかもしれませんけど」

「心の準備はできてるよ」

「ズバリ、気味が悪いんです」

「ぴや!?」


 予想外の一撃! 私の心にヒビが入る音!


「き、気味が悪いって、どういうこと……ですか……?」

「セレネ様が研究している魔法、どういうものだったか言えますか?」

「リア充魔法だよ」

「ほら、気味が悪いじゃないですか」

「どこが……!?」


 ミルテは人差し指を立てて説明してくれた。


「いいですか、あなたはマスターランクなんですよ? 誰もが憧れる最強の魔法使いの一角なんですよ? 世界の発展に寄与するべく、崇高な魔法を開発する義務があるんですよ? それなのに何ですか、リア充魔法って。クソの役にも立たないじゃないですか」

「や、役には立つでしょ……? リア充魔法は友達を作る魔法なの。私みたいにちょっと内気な子には絶対必要だから……」

「じゃあセレネ様、今まで1人でも友達を作れたんですか?」

「……………………」


 答えはノー。恐ろしいほどにノー。


「ほらご覧なさい、ぐうの音も出ませ~ん」

「ぐうぅ……!」


 これまで私が開発したリア充魔法は多岐にわたる。

 たとえば、【一歩踏み出したい時に自動で足が動く魔法】。

 たとえば、【瞬時に場を和ませるギャグが思いつく魔法】。

 たとえば、【恥じらいなく〝ウェーイ〟と言えるようになる魔法】。

 ……全然ダメダメだ。

 今のところ、発動しても友達ができる気配はない。


「そもそも、ミルテが友達になってくれればいいじゃん」

「嫌ですよう、私は秘書ですもん」

「秘書が友達でもおかしくないでしょ~っ」

「じゃあはっきり言っちゃいますけど、セレネ様は友達になりたいタイプの方ではないんですよ。平たく言えば、人間的魅力に欠けるというか……」

「--・・- ・・-・・ ・・ ・-」

「言いすぎたのは反省しますが、ショックのあまりモールス信号でしゃべるのはやめてください」

「ひどいよっ。もっと私に優しく接してよっ」


 ミルテは「はー」と盛大な溜息を吐いた。


「あのですねえ、私とセレネ様の関係は、単なる従業員と雇用主ですよ? もらっているお給料以上のお世話はできませんって」

「じゃあお給料もっと増やすから、友達になって」

「友達はお金じゃ買えません♪」

「わああんっ」


 私は再び机に突っ伏した。

 ダメだこの子、いっさい言うことを聞いてくれない……。

 結局、私はリア充魔法の研究を続けるしかないのだろうか。

 自力でリア充になるのは無理な気がしてきたんだけど。

 青春のいろはを教えてくれる先生がいたらいいのに……。


「セレネ様、セレネ様」


 つんつん。ミルテが私のほっぺたをつついてくる。


「なに」

「トースト、床に落ちましたよ」

「ぴや!?」


 見れば、食べかけのトーストが足元に落ちていた。

 最悪だ。しかもこれって――


「またジャムの面が床に……!? 確率は2分の1なのに、最近こんなのばっかりだよ! 直近3回、全部べちゃってなった!」

「3回も落としてる時点で異常なダメっぷりですけどねえ」


 ミルテの言う通りだった。

 もっと落ち着いた行動をしなくちゃ……。

 言うまでもないけど、部屋にこもりっきりの私は運動神経が壊滅的なのだ。

 こないだ外に出た時、階段でコケて死にそうになった。

 まあ、ミルテが助けてくれたから死ななかったけど。


「……私はセレネ様の将来が心配ですよ。このままじゃ老後、日当たり最悪のワンルームで孤独死している姿が簡単に想像できます」

「と、友達ができれば全部解決するから……」

「現実的に考えて無理ですよね? だってセレネ様ったら、友達が欲しいとか言っておいて、全然行動しないんですもん」


 さすがにちょっとカチンときた。

 私だって……それなりに頑張ってるのに!


「そういうひどいこと言う子には……」


 魔力をてのひらに集める。

 それをミルテのほうにかざし、


「罰ゲームだよ!」


 びゅおおんっ――!!

 私の手から発射されたのは、白い魔力のビームだった。

 もちろん、殺傷能力を持った攻撃じゃない。

 リア充魔法の1つ、【語尾に必ず〝にゃ〟がついてしまう魔法】だ。

 友達と遊んだ時、罰ゲームとして使ったら盛り上がりそうだなと思って開発した。

 まあ、友達と遊ぶ機会なんてなかったけどね。

 とにかく、ミルテにはこれで反省してもらうとしよう。

 雇用主をおちょくった罰だ――と、思っていたのだけれど。


「【反射】」

「え?」


 ミルテに当たったかと思った瞬間、白いビームは180度反転して私のほうに戻ってきた。

 あ、まずい。

 ミルテは【反射】の魔法が使えるんだった……!


「きゃ――――――――っ!!」


 自分が発射した【語尾に必ず〝にゃ〟がついてしまう魔法】に直撃した。

 どさりと床に崩れ落ち、私は屈辱のあまり悶絶する。

 なんて情けないのだろう。あれ、涙が……。


「……セレネ様? 大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫にゃ。大丈夫なのにゃ……」

「ぷっ」

「にゃああああああっ」


 精神崩壊一直線だった。私は転びそうになりながら立ち上がると、そのまま研究室の隅っこに置かれているベッドに潜り込もうとした。しかし――


「待ってください、セレネ様」


 その寸前で、ミルテに腕をつかまれてしまう。

 私は己のプライドをかけて暴れた。


「こ、これ以上何なのにゃ! 私を嘲笑ってそんなに楽しいかにゃ!?」

「いえむしろつまんないですけど……」

「せめて面白がってほしいにゃ」

「それよりセレネ様、実は学院長から呼び出しがかかってまして。今日の午後1時、学院長室に来るようにと連絡がありました」

「にゃ……?」

「遅刻したらクビですって。……あ、もう12時55分ですよ? はやく行かないと無職のニートになって野垂れ死にです!」

「…………」


 そういうことは早く言ってよ……!?

 お昼まで寝てた私も悪いんだけどね……!?