世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ③

          ◇


「セレネ・リアージュ先生。あなたクビね」

「ふぇ……?」


 急いで学院長室に駆け込んだ瞬間、信じられない解雇宣告に出迎えられた。

 私の目の前に腰かけているのは、このアイネル魔法学院をすべる学院長、アンナ・マドゥーゼル先生だ。

 今年で御年75歳になるらしい。気品あふれるお婆ちゃんといった雰囲気で、学生や他のマスターたちからも慕われている大魔法使いである。

 でも、マドゥーゼル先生のまとう雰囲気が冷たい。

 羽ペンでさらさらと文字を綴りながら、私のほうを見ようともしないのだ。

 いやいや、それよりも……。


「え、えと、あの……クビって……」

「だからクビよ。明日から学院に来なくていいわ」

「ぴや!?」


 驚きすぎて心臓が爆発四散するかと思った。

 クビ。解雇。You are fired……何で?

 時間にはギリギリ間に合ったはずなのに?

 私はぷるぷる震えながら、マドゥーゼル先生を見つめた。


「わ、私、何か、悪いことしましたでしょうかにゃ……?」

「いいえ。あなたはマスターランクの魔法使いとして優秀な成績を収めているわ。リア充魔法には使途が分からないものも多いけれど、その魔法回路はとっても画期的だもの」

「じゃあ、どうしてなのにゃ……」

「あなた、マスターにはもう1つ仕事があることを忘れていないかしら?」


 もう1つ……?

 何だろう、ごみ拾いとかトイレ掃除じゃないってことは分かるけれど……。

 答えられない私を見て、マドゥーゼル先生は失望したように溜息を吐いた。


「……後進を育成することよ。魔法は自分のためだけに使っていても意味がないの。だから私たち魔法使いには、若い世代にその技術を伝えていく義務がある」

「つ、つまり……?」

「昨日の定例会でね、弟子を3人以上とっていないマスターはクビにすることに決まったの」


 それは死刑宣告そのものだった。

 もちろん、私は弟子をとっていない。知らない人と接するのが怖いからだ。部屋に引きこもって研究だけしていたい……。


「ま、待ってくださいにゃ……! それはちょっと急すぎるのにゃ……」

「ダメよ。はやく荷物をまとめて出て行ってちょうだい」


 頭に絶望の2文字が浮かんだ。

 私には魔法しかない。

 学院の外に放り出されたとして、真っ当な仕事に就けるとは思えなかった。

 コミュ力がないので人と接する仕事は無理だし、体力がないので肉体労働も無理だし、度胸がないので傭兵とか冒険者とかも無理だし……。

 あれ? 人生詰んだ?


「ま、マドゥーゼル先生ぇ……!」


 私はコメツキバッタのように土下座した。


「ご、後生ですから、今回ばかりは見逃してほしいにゃ……!」

「ルールはルールよ。例外は許しません」

「でも、でもでもでも……私は学院の外では生きていけないのにゃ……。魔法しか取り柄がないから……すぐに餓死しちゃうのにゃ……。私には、助けてくれる友達もいないし……」


 自分で言ってて情けなくなってくるよね……。

 でも、今は恥を捨てて懇願するしかない……。

 私の思いが通じたのか、マドゥーゼル先生はメガネを外して言った。


「……分かりました。そこまで言うのであれば、温情措置を取りましょうか」

「にゃ?」

「今日から1か月以内に弟子を3人とること。そうすればクビは帳消しにするわ。もちろん、弟子をとったらきちんと教育してね?」


 ええ……。

 それはそれで無理なんだけど……。

 知らない人、怖いし……。


「……あ、あの。せめて1か月っていうタイムリミットはなくしてほしいですにゃ……私が定年退職するまでに弟子3人……、いや1人……こ、これでどうですかにゃ……?」

「社会を舐めているの?」

「ごめんなさい」


 本当にごめんなさい。


「ま、とにかく頑張りなさいな。ちょうど4月だから、マスターを探している新入生も多いはずよ。弟子なんてすぐに見つかるわ」

「にゃあ……」

「それと、今後そのふざけた口調で話すのはやめなさい。虫唾が走るの」

「…………」


 結局ツッコまれた……。

 気にしないタイプかと思って安心してたのに……。

 とにもかくにも、こうしてクビをかけた弟子探しが始まるのだった。


          ◇


「すまないね、ウチはもう弟子がたくさんいるんだ。これ以上面倒を見る余裕はないんだよ」

「そこを何とか……!」

「無理無理、悪いが他のマスターを当たってくれ。……まあ、キミは少し――特殊だから、ちょっと難しいかもしれないけどね」

「あっ」


 バタン、と扉を閉じられてしまいました。

 私は2、3歩後ずさり、「はあ」と溜息を漏らします。

 今ので59回目。

 このアイネル魔法学院には130人のマスターがいらっしゃいますが、今年弟子を募集しているのは59名。その全員に弟子入りを断られてしまいました。

 ふと窓の外を見れば、中庭で魔法の演習をしているグループが目に入ります。

 どこかのゼミが新入生に対してレクリエーションを行っているのでしょう。


「せめて、私に才能があれば……」


 自分のてのひらを見下ろし、思わず唇を強く噛んでしまいました。

 学院の慣例として、学生はマスターに師事して教えを請わなければなりません。独学で魔法を極めるのは不可能に近いからです。

 しかし、私を受け入れてくれるマスターは1人もいないようです。

 理由は2つあると思います。

 1つは、私に魔法の素養がこれっぽっちもないから。

 もう1つは、私が普通の学生ではないから……でしょうか。


「せめて、魔力を感じることができれば……!」


 私は中庭の学生たちがやっているのと同じように、手をかざして目を瞑ってみました。

 しかし、手から炎や氷が出ることはありません。

 何とかして魔法を習得しなくちゃいけないのに……。


「――あら? イリアじゃない」


 クスクスと笑う声。

 廊下の向こうからやってきたのは、つややかな黒髪を伸ばした女の子です。その顔には嫌と言うほど見覚えがありました。


「カミラ……私に何か用ですか?」

「嘲笑いに来てあげたのよ! 不出来な従妹が、未だにマスターを見つけられていないらしいからねえ」


 不出来な従妹というのは、私、イリア・ムーンライズのこと。

 この意地悪な悪役令嬢、カミラ・ムーンライズは、私と血のつながった親族なのです。

 ただ、私とは大きく異なる点が1つありました。


「……そういうあなたは、マスターに師事できたのですか?」

「もちろん。しかも、あの有名なフレデリカ・ドミンゴス先生よ! ほら見なさい!」


 カミラがポケットから取り出したのは、きらきらと光るバッジでした。

 フレデリカ・ドミンゴス先生のイニシャルと、おそらく年度を示す「475」という数字が刻まれています。


「これはドミンゴスゼミの学生であることを示す証。イリアには一生かかっても手に入らないブツよ」


 私もドミンゴス先生のところにはうかがいました。

 しかし、「厄介ごとはごめんですわ」と門前払いを食らった覚えがあります。

 カミラは私とは違い、あの人に認められ、弟子になった……。

 その時、ぽん、と私の肩に手が置かれました。

 カミラの意地悪そうな顔が、至近距離からうかがえます。


「ま、せいぜい頑張りなさい。あんたはどうせ、誰からも認められずに泣く泣く学院を去ることになるんでしょうけどねえ!」

「ッ……!」

「じゃあまたね、おたんこなすのイリア! あーっはっはっはっはっはっは!」


 カミラは高笑いをして去っていきました。

 私は悔しさのあまり、ぎゅっと拳を握ります。