世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ④

 あの少女は小さい頃から魔法の才能にあふれていました。

 まったく魔法が使えない私とは正反対。

 でも……。


「諦めるわけには、いきません……」


 次は弟子入り募集をしていないマスターにお願いしてみましょう。

 ダメ元ですが、足掻けるだけ足掻くしかないのです。


「……あれ?」


 ふと、廊下の掲示板に見慣れないチラシを見つけました。

 サークルの宣伝に埋もれていますが、はっきりと目撃してしまったのです。


 セレネゼミ 弟子募集中!

 いまなら〝1人で遊べる人生ゲーム〟がもらえる!


「セレネゼミ……? 見落としていたのでしょうか……?」


 私はじーっとチラシを見つめました。

 掲示の日付を見るに、今日から募集を開始したみたいです。

 一緒に掲載されていたのは、セレネ・リアージュというマスターの経歴でした。

 14歳にしてマスターランクに上り詰めた、希代の魔法使い。

 写真も載っていますが、本当に若いです。私なんて15歳なのに……。


「あっ」


 募集要項のところを見た瞬間、頭に雷が落ちた気分でした。

 これなら……この人なら……。

 ひょっとしたら、私を受け入れてくれるかもしれません。


          ◇


「セレネ様。とりあえず弟子募集のチラシを掲示してきましたよ~」

「弟子怖い弟子怖い弟子怖い弟子怖い弟子怖い弟子怖い弟子怖い弟子怖い弟子怖い弟子怖い」

「……弟子と餓死、どっちがマシですか?」

「選べないよっ」


 自分の研究室に戻ってきた私は、いじけてベッドに潜り込んでいた。

 何故かといえば、この研究室を訪れる(かもしれない)弟子が怖すぎるからだ。

 私に先生なんて務まるわけがない……。

 かといってクビになれば、お金がなくなって餓死一直線……。

 もう現実逃避するしかないよね?


「まったくもう。そんな体たらくで、よく14年も生きてこられましたね?」

「えへへ……偉いでしょ」

「偉いっていうか、涙ぐましいですよ。恵まれないのに、必死に生きようとしている健気な感じが……」

「哀れまないでくれる……?」


 ミルテはハンカチで涙を拭う真似をしていた。

 骨の髄まで馬鹿にされているみたい。私が雇用主なのに……。


「まあ、今回の件は、考えようによってはセレネ様の悩みを解決する糸口になるかもしれませんよ?」

「どういうこと?」

「師弟関係とはいえ、強制的に同年代の方々と接することになるんです。弟子と友達になっちゃえばいいじゃないですか」

「え」


 その発想はなかった。

 弟子の存在は私の生活を脅かすファクターでしかないと思っていたけれど、接し方を誤らなければ、ミルテ以上の味方になってくれる可能性もあるのだ。

 怖い……けど、努力してみる価値はありそうだった。

 ちょっと期待しちゃうかも。


「ね、ねえ。どんな人が来るかな? 大人しくて優しい女の子だと嬉しいんだけど……」

「それは蓋を開けてみなければ分かりませんねえ。……あ、でも、チラシには色々と条件を書いておきましたよ?」

「おお……! そうだよね、『優しい子を求む!』って書いておけば、優しい子しか来ないもんね! ミルテ、えらい!」

「お褒めに与り光栄ですっ! ぜひご覧ください」


 そう言ってミルテは、実際のチラシを渡してきた。

 さすがミルテは気が利くなあ…………………………ん? あれ?


 集え、問題児!!

 成績不良、不登校、アウトロー、退学者、人外、曲者、痴れ者、ならず者、不埒者、鼻つまみ者、その他ヤバイ秘密を抱えた学生……などなど、どんな方でも大歓迎!!

 ※犯罪歴があっても可


 なぁにこれ?


「私が想像してた条件と真逆なんだけど……?」

「いや、私も聞き込み調査をしてみたんですけどね? どうやら今年の新入生はほとんどマスターを見つけちゃったみたいで、余っているのは問題児ばかりなんですよ。ハードルを低くしておけば、そういう層にもアプローチできるかなって」

「その層は求めてないよ~っ! 本当に怖い人が来ちゃったらどうするのっ!」

「大丈夫です、セレネ様が何とかしますから!」

「セレネ様って私なんだけど……? 耳を疑ったよ……?」


 私が何とかします、じゃないの?


「といっても、多少無理をしなければ1か月で弟子3人なんて無理ですよ。ファイトです、セレネ様!」

「やだ。怖い。散歩に行ってくる……」


 ミルテに頼った私が馬鹿だった。

 犯罪者に来られても困るため、研究室の外に退避するとしよう。

 そう思って研究室の扉を開こうとした瞬間、


「ふぎゅっ」


 扉が勝手に開いて鼻を打った。

 痛い、あまりにも痛い……。鼻を押さえて悶絶していると、ギイイィィ……と、建付けの悪い扉がゆっくりと開かれていく音がした。


「え……? あ、もしかして、セレネ・リアージュ先生……!?」


 フルネームで呼ばれてびっくりした。

 そこに立っていたのは……雪のように白い女の子だった。

 研究室に吹き込んでくる風に、さらさらのホワイトロングヘアーが揺れている。

 目元は凛として涼やか。イメージとしては魔法使いよりも騎士とかに近いだろうか。

 でも制服からしてたぶん、アイネル魔法学院の1年生だ。

 どうして学生がここにいるんだろう?

 私の研究室は研究棟の奥の奥、普段は誰も近寄らない辺境地帯にあるのに……。


「あ、あの! セレネ先生にお願いがあるんですっ」

「ぴやっ!?」


 突然、女の子がしゃがんで私と目を合わせてきた。きらきらと輝くルビーのような瞳に見つめられ、体温がマグマのように上昇していく。

 ……誰? どうしてここにいるの?

 まさか、私のリア充論文を狙っているドロボウなんじゃ……。

 ところが、女の子は何故か切迫した顔でこう言った。


「私、イリア・ムーンライズと申します! セレネ先生の魔法に感銘を受けました! どうか私を弟子にしてくださいっ」

「え、で、弟子……!?」

「はい! これからの4年間、ぜひセレネ先生のもとで学びたいと思いまして……!」

「…………」


 ああ……弟子……弟子ね。弟子ですか。

 ……本当に来やがった!!


「ひいいいい! こっち来ないでえええええっ」

「な、何で逃げるんですか!? 私の話を聞いてください!」

「怖い人なんでしょ!? 殺人犯なんでしょ!?」

「殺人犯!? 誰と間違えてるんですか!?」


 私は四つん這いになって逃げだした。ミルテの話を総合して判断すれば、私に弟子入り志願してくる人は激ヤバ犯罪者で間違いないのだ。

 そうでなくても、初対面の人と話すのは無理寄りの無理だし……。

 ところが、ガシッと足首をつかまれてしまった。


「お願いですから逃げないでくださいっ。どうしてマスターの皆さんは私を拒否するのですか……!」

「助けてミルテえええ!」

「私が魔法の才能ゼロだから? 私が追放寸前の王女だから!? そんなのってあんまりじゃないですか!」

「ミルテえええ! 私を無視して趣味の筋トレ始めないでえええ!」

「こうなったら……手段は選んでいられませんっ」


 べしっ!!

 効果音とともに、何かが床に叩きつけられた。

 私はおそるおそる振り返る。

 そこに置かれていたのは……紙幣の束?


「ここに10万メロあります」

「それがどうしたの?」

「これであなたを買わせてくださいっ!!」

「…………」


 あまりの宣言にフリーズしてしまった。

 10万メロといったらとんでもない大金だ。何せ食堂のデラックス定食(700メロ)が140回くらい食べられる。それはそれとしてこの子は何を考えているのだろうか。決まっている――「買わせてください」なんて、アレしかないもん。


「――人身売買!?!?!?」


 何故かミルテが噴き出した。女の子が慌てて否定する。


「ち、違いますっ! これは誠意の表れであってですねっ……」

「私を買うってそういうことでしょ!? おまわりさーんっ!!」