世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ⑤

「人身売買するなら10万メロなんていう少ない額はありえませんから!!」

「何で人身売買の相場知ってるの!? 裏社会の人なの!?」

「小説で読んだだけです! これは謝礼金のようなもので――」

「ミルテええええ!」

「話を聞いてくださいっ!!」


 ダメだこの子、はやく何とかしないと……。

 ドン引きしていると、筋トレに区切りをつけたミルテが近づいてきた。


「セレネ様、買われたくないなら売らなきゃいいじゃないですか。お馬鹿なんですか?」

「あ……」

「それに、この方は真剣なようですよ。まずは面接でもしたらどうです?」

「な、何で……?」

「だってそりゃ、話も聞かずに追い返しちゃうのはひどいですって。何か事情があるみたいですし……あと、弟子入り志願者はこの人だけじゃないみたいですよ?」


 私はハッとして視線を上に向けた。

 扉のところには、さらに2人の学生の姿があった。

 じーっ、と、観察するように私の動きを見つめている。

 どうやら大盛況らしい。

 世界の終わりが近づいてきていた。


          ◇


 結局、1人ずつ話を聞いてみることになった。

 私の対面にはパイプ椅子が設置され、かわりばんこで学生が座るという仕組みだ。

 そしていま、私の前に座っているのは、最初に突撃してきたセレブの子だった。

 真っ赤な瞳が、私を真正面から見据えている。やめて。怖いから。

 とりあえず、何か言わなくちゃ……。


「え、えーと……じゃあ、自己紹介してくれるかな……?」

「はいっ!」


 まるでリア充のようにハキハキした返事だ……。

 こういう面接って普通は緊張しちゃうものなのに、この子は心臓に毛でも生えているのか、凛々しい雰囲気のまま滔々と言葉を紡いでいった。


「私はイリア・ムーンライズと申します。セレネ先生の魔法に憧れを抱き、セレネゼミの門戸を叩きました。どうか私を弟子にしてください!」


 ぺこり!

 イリアさんが勢いよく頭を下げる。真っ白の髪が滝のように下に落ちた。

 事項紹介はさておき……「セレネ先生の魔法に憧れを抱いた」?

 ちょっとそのへん、気になるね? リア充魔法に興味があるってことは、私と同じで孤高に囚われた民族という可能性が出てきたわけだし。


「私の魔法、知ってるの……?」

「リア充魔法ですよね? とても素敵な魔法だと思います!」

「具体的に、どういうところが素敵なのかな?」

「そ、それは……」


 何故かそこで言葉を詰まらせ、


「つまり、リア充魔法は人類の発展に資する、非常に有用かつダイナミックな技術体系だと考えております! リア充魔法を応用すれば、現代社会に内包する様々な諸問題を解決していく端緒となるはずです!」


 あ。これ、あんまり詳しくないやつだ……。

 そうだよね、リア充魔法に興味持つ人なんかいないよね……。


「なんだかフンワリしてますねえ? まさに付け焼刃の知識って感じですよ?」

「こらミルテ。圧迫面接になっちゃうでしょっ」

「ご、ごめんなさいっ! 去年のメイプルスター賞の論文も読んでみたのですが、私には分からない部分も多くて……! でもすごいと思ったのは本当なんですっ!」

「いいのいいの! 調べようとしてくれただけで嬉しいよっ!」


 ちなみにメイプルスター賞とは、その年の優れた魔法使いに贈られる賞のことだ。私はリア充魔法で去年受賞させてもらったのである。

 閑話休題。

 イリアさんはしょんぼりと肩を落としてしまった。

 この子は超がつくほどの真面目さんらしい。


「……ミルテ、どう思う?」

「ふ~む。自己アピールはさておき、気になる点があります」

「どの点?」

「イリア・ムーンライズというお名前ですよ。だって『ムーンライズ』といえば、ルナディア王国王家のファミリーネームですもん」


 ミルテが指摘した瞬間、イリアさんがぎくりと肩を震わせた。

 え? 本当なの……?

 視線を向けると、イリアさんは観念したように目を伏せ、


「……隠すつもりはありませんでした。秘書さんのおっしゃる通り、私はルナディア王国の第1王女です。時が来れば、国を背負う立場になることでしょう」


 とんでもなく高貴な方だった……。

 ちなみにアイネル魔法学院は、世界でもっとも偏差値の高い魔法学院として有名だ。

 各国の王侯貴族が自分の子供を入学させるのは珍しい話じゃない。


「そ、そういうことだったら……」


 精一杯の愛想笑いを浮かべ、


「私よりも、他のマスターを先生にしたほうがいいんじゃないかな……? じ、実は私、弟子をとったことがないんだ。ちゃんと指導できるかどうか不安だし……」


 正確に言うなら、責任をとりたくなかった。

 王族の教育に失敗したら、ルナディア政府が激怒するに決まってる。

 ところが、イリアさんは必死の形相でずんずん近づいてきて、


「お願いですっ! セレネ先生じゃないとダメなんですっ!」


 90度のお辞儀をかまされてしまった。

 私は慌てて立ち上がる。


「あ、頭を上げてよっ。私よりも相応しいマスターはいるはずだから」

「お金を払います! いくらなら引き受けてくれますか!?」

「やだ! 人身売買反対っ」

「だから人身売買じゃないですって!」

「セレネ様、こんなチャンスはありません! 1億メロくらい請求しましょうよ!」

「ミルテは静かにしてて!」

「い、1億ですか……!? 分かりました、お父様に頼んでみますので……」

「どんだけセレブなの……!?」


 富豪すぎて頭がくらくらしてきた。

 王族だから当然なのかもしれないけれど、イリアさんはこれまでの人生、大半のことを財力で解決してきたんじゃないだろうか。

 リア充すぎる。昔から金欠の私とは大違いだ……。


「と、とにかく弟子にはできないから。他を当たって」

「そうですか……」


 私の頑なな思いが通じたのか、イリアさんは肩を落として悲しそうな顔をする。

 うっ……ちょっと可哀想になってしまった。

 でもしょうがないんだ。王族と関わったら面倒なことになるのは確実だから。優雅で平和なリア充ライフのためにも心を鬼にするしかない……。


「……じゃあ、最終手段に出ますね」


 緊張しているのか、震える声でイリアさんは言った。

 私の耳元に口を近づけ、


「私の先生になってくれなければ、お父様に言いつけます」

「ふぇ?」

「学院に圧力をかければ、セレネ先生の進退は思うままです。私もこんなことは言いたくありませんが……クビになりたくなかったら言うことを聞いてください」

「…………」


 脅迫されたんですけど……?

 私、クビになっちゃうの?

 路頭に迷ってその日暮らしの毎日になっちゃうの?

 恐ろしすぎる。この人、財力と権力を兼ね備えた超・リア充だ。


「や、やだあ! クビになりたくないっ!」

「大丈夫ですっ! クビになってもルナディア王国の宮廷魔法使いとして雇ってあげます。もちろん、私にマンツーマンで魔法を教えていただきますがっ……!」

「もっとやだあ! 宮廷魔法使いってアレでしょ? ドロドロした権力闘争に巻き込まれちゃうアレでしょ? 劇とかで見たもん! 陰キャの私には絶対無理だよっ!」

「い、いんきゃ? 何を言っているのか分かりませんが……」


 イリアさんは覚悟を決めたように1歩詰め、


「とにかく言ってくださいっ!『私の先生になる』って……!」

「な、な、な……」

「拒否するなら宮廷魔法使いですよ!? いいんですか!?」

「それは無理だけどっ」

「じゃあなってくださいっ! お願いしますっ!」

「ぴやっ!?」


 部屋の隅に追い詰められ、逃げ場を封じられてしまった。

 もう我慢の限界。


「な、なりますぅっ! 先生になっちゃいますぅ! だから離れてくださいっ……! 知らない人に接近されると発作が出ちゃうのっ」

「ご、ごめんなさいっ! でもありがとうございますっ……!」