世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ⑥

 この流されやすい性格、何とかならないかな。

 将来、詐欺師の人に騙されそうな気がしてきた。

 私から1歩遠ざかったイリアさんは、途端に不安そうな表情を浮かべ、


「あ、あの。いいんですか? ちょっと乱暴な手段を使っちゃいましたけど……」

「気にしないで……」

「本当に?」

「うん」


 途端に笑顔が弾けた。


「ありがとうございますっ! 先生に受け入れてもらえて嬉しいですっ」


 そっか。この子はズレてるんだね。異世界に片足突っ込んでるレベルで。

 ミルテがぱちぱちと煽るような拍手をして、


「よかったですねえ、セレネ様! 待望の弟子1号ですよ!」

「えへへ」


 乾いた笑いしか漏れない。この先の毎日が不安だ……。


「はい、次の方どうぞ~」


          ◇


「あたしはメローナ・フォルテ。よろしく」


 続いて入室してきたのは、ピンク色の髪が印象的な女の子だった。遠い異国の出身なのか、露出した肌は小麦のような褐色だ。

 これだけならまだいい。でも嫌な予感がしてならなかった。

 4月に入学した新入生のはずなのに、もう制服をゴリゴリに改造している。

 なんでおへそが見えてるの? 寒くないの?

 それに……いちばん気になったのは、露出しているお腹にタトゥーが入っている点だ。

 この子、不良を通り越してYAKUZAじゃない? アイネル魔法学院って一応名門校だよね? どうやって入学したの? 見かけと違ってすんごい優秀だったりするの?


「め、メローナさんは……なんで私を選んでくれたの……?」


 犯罪者じゃありませんように犯罪者じゃありませんように犯罪者じゃありませんように。


「あんたしかいねーからだよ。他のマスターが全然相手してくれねーから、しょうがなくここに来たんだ」


 でしょうね。存在自体が風紀を乱しまくってるし。


「他のマスターたちからは、主にどういう理由で断られたのかな?」

「前科のあるやつは信用ならねーってさ」

「前科?」

「犯罪歴だよ。知らねーのか?」


 はいアウト~!! さっそく来ました、本物の犯罪者~!!

 でも、こういう不良さんは下手に刺激しないほうがいい。もちろん犯罪の内容を聞き出すなんてもってのほかだ。根性焼きされる可能性が高い。


「そ、そっかあ。それは大変だね……」

「そうなんだよ。あたしは真面目に生きてるつもりなのに。……セレネ先生、あんたなら分かってくれるよな?」

「う~ん、気持ちは分かるけど……実はうちのゼミは定員が決まってて……」

「は? ここは犯罪者でも受け入れてくれるんじゃなかったのか?」

「ひうっ……」


 めっちゃ睨まれてる! メンチ切られてる!

 やっぱり不良、怖い! 友達にはなれそうにない……!


「あの、その、だから、それはうちの秘書が勝手に書いたことで……」

「あたしを弟子にするのかしねーのか、どっちかって聞いてるんだよ」

「ひいいいっ」


 何故だかこっちが面接を受けている気分だった。

 私は気づかれないようにジリジリと後退する。

 椅子に足をひっかけてしまい、ずてーんと転倒。絶望。


「知ってるか? アイネルの学生は、入学してから1か月以内にマスターを見つけられなきゃ退学なんだってさ」


 メローナさんは立ち上がり、ゆらゆらと近づいてくる。


「なあセレネ先生。このままじゃ退学になっちゃうんだ。それだけは避けなくちゃならねーんだよ」

「そ、そうだよね。退学は誰だって嫌だよね……」

「だから頼むよ。あたしのマスターになってくれ」


 ぐいッ、と胸倉をつかまれた。

 完全にカツアゲされる時の気分である。


「なってくれなきゃ……分かるよな?」

「ど、どうなるの?」

「今まで舐めた態度をとってきたやつは全員病院送りにしてきた。やりたくはねーが、身体が勝手に動いちまうんだよ。だから先生、ここは賢明な判断をオススメするぜ」


 あまりにも怖すぎたのでうっかり承諾してしまった。

 ミルテが呆れたように溜息を吐き、


「なに脅迫されてるんですか。普通に戦えば、セレネ様のほうがはるかに強いってのに」

「だって怖いんだもんっ。見てよこの人、お腹にタトゥーがあるんだよ? しかも裁縫セットに描いてありそうなドラゴンの柄なんだよ……?」

「何か文句あるのか?」

「ありません!!」


 これで弟子2号が誕生。

 なにゆえ2連続で脅迫されてるの、私……。


「はい、次の方どうぞ~」


          ◇


「……プラミ・レイハート。年齢は15歳。好きな食べ物はトルティーヤ。好きな場所は高いところ。身長は163センチ。体重はひみつ。スリーサイズは上から99、63、89……」

「いきなり何言い出すの!?」


 3人目は、肩のあたりまで伸ばしたライトブラウンのゆるふわヘアーが可愛らしい女の子だった。

 他の2人ほど目立った印象がなかったため、てっきり普通の大人しい子だと思っていたのに……とんでもない個人情報を暴露してくれた。

 何なの99って。さすがに嘘でしょ。ド巨乳じゃん。

 ……ま、まあ、それはさておき。

 面接って緊張するからね、思ってもいないことを言っちゃったのかも。


「そ、それじゃあ、さっそく質問するね? プラミさんは、どうして私の弟子になりたいと思ってくれたの?」

「……(ぽ~っ)……………♡」


 何故かプラミさんは頬を染め、私をまっすぐ見つめていた。

 何だろう? お風呂でのぼせているみたいな様子だけど……。


「プラミさん……? 大丈夫……?」

「はっ」


 プラミさんは正気を取り戻し、


「ご、ごめんなさい……あの、わ、わたし、緊張しちゃって」

「そ、そうだよねっ。面接は嫌だったよね、ごめんね急にこんなことして……」

「ううん。そうじゃなくて……セレネ先生に、一目惚れしちゃったから」

「ん??」


 予想外すぎるセリフが聞こえ、私は首を傾げてしまった。


「……ごめん、何て言った?」

「一目惚れ。すきになった。セレネ先生のことが……恋愛的な意味で」

「何で!?」

「だって、セレネ先生、可愛い。きれい。ほっぺたがぷにぷにしている。さわってみたい。そしていちばん大事なのは……とっても美味しそうな、魔力を持っている」

「ちょっ、あのっ、プラミさん……?」


 プラミさんは立ち上がり、ふらふらと私のほうに向かってくる。

 目の中にはハートマークが浮かんでいた。

 蛇に狙われているカエルの気分だ……。

 私はガタン、と椅子をひっくり返して走り出した。


「ご、ごめんね! お庭のプランターに水やりするの忘れてたんだ! 面接はいったん中止ということで……」

「だめ」


 グワシッ! と腕をつかまれてしまった。

 目の前には顔を真っ赤にしたプラミさん。その瑞々しい唇が徐々に近づいてきて、


「すき♡ つきあって♡」

「ひいいいっ」


 耳元で囁かれ、私は思わず声をあげてしまった。

 助けてミルテ。この人、変質者の類だよ。


「可愛い。可愛い。すき。すき。すき。すき。すきすきすき♡」

「初対面なのにおかしいよ……!? 何でそんな惚れっぽいの……!?」

「わたし、ハーフサキュバスだから。魔力が高い人に惹かれちゃうの」


 あー……なるほど。それはしょうがないね……。

 いや、しょうがなくないっ!


「セレネ先生は今までつきあってきたどの人よりもすごい。こんなに胸がどきどきする魔力は初めてだよ……」

「い、今まで何人とつきあってきたの!?」

「先生は今まで食べた人間の数を覚えてるの?」


 あ。ダメだ。ぼっちセンサーが大爆発しそうなくらいのリア充だ。数えきれないくらい恋人がいたなんて……あなたは別の惑星の住人ですか?


「やだあ! はなして、はなしてよっ」

「やだあ。つきあって」

「こ、恋人は無理だよ……。私、そういうの全然経験ないし。で、弟子にしてあげるから、それで許してえっ……」

「むう。じゃあ、それで今のところは我慢します……」


 プラミさんはしぶしぶといった様子で離れていった。

 どっと疲れが押し寄せ、私はその場にへたりこんでしまった。

 するとミルテが嬉しそうに私の肩に手を置いて、


「これで弟子3人、確保完了ですね! おめでとうございます、クビ回避ですよ」


 前途多難。

 私はすべてのエネルギーを吸い取られ、しばらく枯れた花のようにジッとしていた。