世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ⑦

          ◇


 面接が終了し、弟子たちは特典の〝1人で遊べる人生ゲーム〟をもらって帰っていった。

 一方、研究室に残された私は、ぐでーっと机に突っ伏して絶望していた。

 ひとまずクビの危機は去ったわけだけど……今度は別の危機が襲いかかってきていた。

 あの3人は、私みたいな陰の存在とは正反対のリア充だ。

 セレブ。不良。恋愛強者。

 はっきり言って怖い。


「ウェーイw」みたいなノリで小突かれたら、それだけで私は爆発四散するだろう。


「……セレネ様、何をそんなにしょげてるんですか? 辛気くさいのでやめてくださいよ」

「しょうがないじゃん。弟子の面倒を見なくちゃいけなくなったんだから……」

「見方を変えたらどうです? ある意味、友達ができるチャンスじゃないですか」


 私はちらりとミルテのほうを見た。

 ネクタイを緩め、スーツを脱ぎ始めている。

 そういえば、もう5時だっけ。ミルテはジムに寄ってから帰るのが日課らしく、業務が終わるといつも着替えているのだ。


「……友達なんて無理だよ。見たでしょ、あの3人。私の理想とは全然違うし」

「理想って何でしたっけ」

「もー、何回も言ってるでしょ? 私が求めているのは、もっと優しくて、穏やかで、大人しい感じの友達なの」

「その世迷言はさておき、確かにあの3人は個性的でしたねえ」


 そう、全員が等しくヤバイ。

 イリアさんは社会的に殺そうとしてくるし、メローナさんは物理的に殺そうとしてくるし、プラミさんは……その、なんていうか、一緒にいたら色々な意味で身がもたない。

 これからのことを考えると憂鬱だった。

 大声をあげてグラウンドを走り回りたい気分である。


「まあ。明日からの講義、頑張ってくださいね」

「はあ……明日なんて来なければいいのに。……ミルテも講義、手伝ってよね?」

「無理ですよ。旅行ですもん」

「え?」

「聞いてなかったんですか? 有給休暇を使って、1週間ほど海辺のリゾートを満喫してくる予定です。あ、お土産は何がいいですか? そんなに高いものは買えませんけど」


 な、何それ。羨ましい……じゃなくって!


「何でこのタイミングでいなくなるの……? ミルテがいなかったら、私1人で弟子たちの相手をしなくちゃいけないんだよ……?」

「それがマスターの仕事じゃないですか」

「私だけじゃ絶対無理っ。ミルテもいてよ!」

「定時なのでこれ以上の業務命令は受け付けませ~ん。ではっ!」


 バタン!

 冷徹に扉を閉め、ミルテは本当に定時で上がった。

 鼻歌とともにスキップする音が遠ざかっていく。

 そうだよね、楽しみだもんね、リゾート……。

 めっちゃリア充っぽいじゃん……。


「ミルテは天国、私は地獄……へへ……」


 せめて弟子たちがみんな普通の子ならよかったのに。

 私はカレンダーを見て溜息を吐いた。

 ミルテが帰ってくるまでの1週間、私は生きて乗り切ることができるのだろうか。

 ……ん? 待てよ?

 初日で3人集まっちゃったけど、まだクビのデッドラインまで1か月もある。

 ということは、やりようはいくらでもあるんじゃないだろうか。


「……やる、しか、ないのかな」


 あの怖い弟子たちと一緒にいたら、私は近いうちに死んじゃう。それに、マトモな指導ができないマスターと一緒にいても、あの子たちのためにならないはずだ。

 だから私は、とある作戦を考えるのだった……。


          ◇


 面接を力業で突破した翌日、私は胸を高鳴らせてセレネ先生の研究室に向かいました。

 アイネル魔術学院の学生は、マスターに師事し、その薫陶を受けて魔法技術を磨きます。

 ゆえに、学生がどのように成長を遂げるかは、マスターの腕にかかっているといっても過言ではありません。優秀なマスターが人気なのはそのためなのでした。

 セレネ先生は……実力的にどうなのでしょうか?

 昨日お会いした時は、正直言って風格はあまり感じませんでした。

 しかし、セレネ先生もマスターランクの称号を受けた魔法使いです。

 私たちに素晴らしい魔法の叡智を授けてくれることでしょう。

 そう思っていたのですが……。


「……えー、それじゃあさっそく、【カピバラと話せるようになる魔法】を教えたいと思います……」

「「「は?」」」


 隣に座っていたメローナさん&プラミさんとハモってしまいました。

 なに? カピバラ? 聞き間違いでしょうか……?

 しかし黒板の前に立ったセレネ先生は、大真面目に言葉を続けました。


「みんなも何となく知ってると思うけど、カピバラと話すために必要なのは、優しい気持ちを心がけることだよ。そうしないと魔法が上手く発動できなくて……」

「ちょっと待ってください!」


 私は挙手して叫びました。


「意味が分かりません。このゼミは何を学ぶゼミなんですか?」

「あ、話してなかったね。セレネゼミは、4年間かけてじっくりカピバラと話せるようになるゼミだよ」

「4年間!? カピバラ漬け!?」

「うん。……じゃあ、もう1人の講師を紹介するね。おいで、パトリシア」


 セレネ先生が腕を掲げると、部屋の隅っこに待機していた茶色い物体……体長1メートルくらいのカピバラが、のそのそと近づいてきました。


「紹介するね、この子はパトリシア。この研究室でお世話してるんだ。……ほらパトリシア、みんなに挨拶して」


 カピバラは、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。

 セレネ先生は泣きそうな顔になります。

 何なのですか、この状況は……。


「……なあ、セレネ先生よ」


 メローナさんが腕を組みながら言いました。


「カピバラと話せて何の得があるんだ? 動物園の飼育員になるわけじゃねーんだぞ?」


 セレネ先生が少し怯みます。


「こ、この魔法は、リア充魔法の一環で……動物と話して友達になることが目的なの。パトリシアはちょっと気難しいから、私のことをまだ友達として認めてくれてないけど……。み、みんながこの魔法を極めたら、きっとカピバラの友達がたくさん増えるよ!」

「すまん。ちょっと理解が追いつかない……」


 絶望するメローナさん。私は挙手して叫びました。


「セレネ先生! 講義内容の変更を求めますっ!」

「え? でもこれはリア充魔法の基礎だよ……?」

「だいたい、リア充魔法って何なんですか」

「えっと、それは……困っている人を助けるための、たいへん有意義な魔法……かな? 私が使える魔法がこれだけだから……」


 浅学菲才の身には理解できない言葉でした。

 マスターとは、独自の魔法体系を構築した魔法使いのことです。

 その内容はマスターごとに大きく異なり、中には常人には理解できない魔法を開発したマスターもいると聞きますが……セレネ先生もそういうタイプの方なのでしょうか。


「それに、リア充魔法は魔力消費が少ないの。どれも基礎魔法の10分の1くらいかな。習っておいて損はないと思うけど」

「だ、だからって、4年間も【カピバラと話せるようになる魔法】に費やすのは馬鹿げています! プラミさん、あなたも何か言ってやってください!」

「カピバラと戯れてるセレネ先生、かわいい……♡」


 プラミさんは両手を頬に添えてとろけていました。この人は何。

 私は再びセレネ先生を見つめ、


「……お父様に言いつけてもいいですか?」

「ひうっ」


 セレネ先生は一瞬だけ怯みました。しかしすぐに立ち直り、