世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第1話 凶悪な弟子ども ⑧
「そ、そんなこと言われても仕方ないの! これが私のやり方だからっ! ……と、とにかく講義を始めるよ。まずはパトリシアと仲良くなることが大切だね……! カピバラ語で『こんにちは』は『ムポポンドゥッ』っていうの! さあみんなもご一緒に――」
怒り心頭の私をよそに、セレネ先生は強引に話を進めてしまいました。
そうして魔法の「ま」の字もない講義が始まります。
今日やったことといえば、カピバラを撫でたり、エサをやったり……『ムポポンドゥッ』と連呼したり。まるでふれあい動物園のような1日でした。
もしかして……言葉を選ばずに言うなら、セレネ先生ってポンコツなのでは……?
見たところ、私たち以外に弟子の気配はありません。
つまり、これまで学生たちから避けられてきたマスターである可能性が高いのです。
そしてその推測は、あっという間に証明されてしまいました。
この1週間、人生の無駄遣いとしか思えない講義が延々と続けられたのでした。
2日目はカピバラ語の文法。
3日目はカピバラ語の会話講座。
4日目はカピバラとお散歩。
5日目はカピバラとお昼寝。
6日目は自習。
7日目も自習。
堪忍袋の緒が切れてしまいました。
7日目の講義が終わって研究室を出た瞬間――
「あああああああああああああ!! 何なんですかこのゼミは!!」
「落ち着けよ。近所迷惑だろ」
「メローナさん、あなたは何とも思わないのですか!? このままだと4年間をカピバラに捧げることになってしまうんですよ!」
「まあ、それは確かに困るけどさ……」
弟子3人、並んで廊下を歩きます。セレネ先生の部屋は研究棟の奥の奥にあるため、周りにほとんど人の気配がありません。
「私は何としてでも魔法を習得しなければいけないんです。カピバラじゃなくて、攻撃系の魔法とか回復系の魔法とか……」
「じゃあ、何でセレネ先生に弟子入りしたんだよ」
「他のマスターたちに弟子入りを断られたからです」
「なんだ、お前も犯罪者だったのか?」
「一緒にしないでもらえますか……?」
ちなみにメローナさんには暴力沙汰を起こした前科があるそうです。何故そのような方がアイネル魔法学院の入試を突破できたのか不思議でなりません。
私は「はあ」と溜息を吐き、
「……しかし、本当に困りました。セレネ先生、どうして真面目に講義をしてくれないのでしょうか」
「実はポンコツなんじゃねーか? リア充魔法しか使えないって言ってたし」
「そんなはずは……いえ、でも否定する要素がないような……」
「まあ、なんかの賞をもらったらしいから、すごいはすごいんだろーけどさ。教えるほうはてんでダメってこともあるだろーな」
「で、でもマスターなんですよ? 世界最高峰の魔法使いなんですよ?」
「マスターって、この学院だけでも130人いるんだろ? 1人くらいポンコツが混じっててもおかしくねーと思うけどなあ」
「ううん。ポンコツじゃないと思うよ」
それまで黙っていたプラミさんが口を開きました。
「セレネ先生からは膨大な魔力が感じられる。メロちゃんの勘違いだよ」
「そうなんですか……?」
「とってもきれいで膨大な魔力だよ……見ているだけでどきどきしちゃう……♡」
うっとりするプラミさん。
メローナさんが「なんだこいつ……」と引いていました。
「このゼミにはやべーやつしかいねーのか……?」
「あなただって十分危険な人だと思いますが……いったい何をやらかしたんですか?」
「大したことねーよ。ムカつくやつがいたから全治12年の怪我を負わせただけだ」
「もうそれ死んでませんか……?」
王宮育ちの私には刺激の強すぎる話でした。その話題を深掘りするのはやめたほうがいいですね。
それはさておき、プラミさんの発言には傾聴する価値がありました。
彼女はハーフサキュバスという話なので、魔力を感じ取る力には秀でているはずです。
セレネ先生は実力を隠している……。
もしそれが本当なら、大問題でした。
はやく魔法を教えていただかないと困るのです。
◇
魔法は3つの種類に分類できる。
もっとも基本的な基礎魔法(さらに初級、中級、上級の3段階に分かれる)。
基礎魔法から発展させた応用魔法(これも初級、中級、上級に分かれる)。
そして、マスターランクの魔法使いが開発・研究している系統魔法(誰でも使えるように一般化・普及すれば、応用魔法としてライブラリに登録される)。
このうち、1年生に教えるべきなのは、初級の基礎魔法である。
けれど今回、リア充魔法(系統魔法)のうち、学生たちがいちばん求めていない【カピバラと話せるようになる魔法】に重点を置いた講義をしてみた。
ようするに、〝ダメマスターだと思われよう作戦〟である。
私から弟子たちを破門することはできないので(怖いから)、弟子たちから愛想を尽かしてもらおうという計画だった。
結果、弟子たちは上手い具合に不満を抱いてくれたようである。
このまま進めば、1か月以内に私の研究室から出て行ってくれるだろう。
そうなったら、別の弟子を……具体的には、もっと穏やかで優しくて友達になってくれそうな子を見つければいい。
だけど……。
なんといいますか……。
「うう……良心の呵責がぁっ……!」
中庭の隅っこのベンチでマフィンを食べながら、私は苦悩していた。
学生たちはみんな、魔法の腕を磨くことを熱望してアイネルに入学してくる。
あの3人だって例外じゃないだろう。
特にイリアさんは別格だ……あの子は全然魔法を使えないみたいだけれど、どうしても魔法使いになりたいという熱意がひしひしと感じられる。
私は、そんな弟子たちの時間を無駄にしているんだ。
自分の欲望のために……。
でもあの3人と一緒にいたら、命が危ない気がするし……。
「どうしたらいいの~! もう分かんないよ~!」
「あら? セレネ・リアージュ先生ではありませんこと?」
背後から誰かが近づいてくる気配。
振り返れば、魔法使いっぽいローブに身を包んだ女性が立っていた。
私は慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「ふ、フレデリカ先生。こんにちは……」
「ごきげんよう。今日もお気楽そうな顔をしてますわね」
この人はフレデリカ・ドミンゴス先生。
アイネル魔法学院に勤務するマスターランクの魔法使いだ。
つまり……私の同僚ということになる。
だけど、私なんかとは全然違って、とっても素敵なマスターだった。
いつもニコニコ笑っているし、孤独な私にも優しく接してくれる。
こないだなんか、茶葉の差し入れをしてくれたしね。
「……ねえリアージュ先生。あなた、いつもこんな薄暗いジメジメしたところでランチを食べているの?」
「あはは……ちょっと研究室を換気してるからね……。飲むと気分が陽キャになれる魔法薬を作ろうとしたんだけど、材料を間違えて爆発しちゃって……」
「相変わらず面白いことをしているのねえ。去年のメイプルスター賞を受賞したお方とは思えないわ」
「あれは偶然だよ。フレデリカ先生の研究もすごかったから」
「ッ……、ええ、そうですわねっ。私の研究も高く評価していただきましたわ。1位ではなく2位でしたけれどっ」
去年、私は【思っていることを文字で表現する魔法】で受賞したのだ。ちなみに受賞に次ぐ2位だったのは、フレデリカ先生が研究している魔法だった。
そういえば、フレデリカ先生が私にたくさん話しかけてくれるようになったのって、あの授賞式以降のことだっけ。
なんて優しい人なんだろう? 私みたいな引っ込み思案にも構ってくれるなんて。
もっとフレデリカ先生と仲良くなりたいな。
あわよくば……、と、友達になりたいなあ……。
「……まあいいですわ。今年のメイプルスター賞は私がいただきますもの」



