世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第1話 凶悪な弟子ども ⑨
「フレデリカ先生なら絶対にとれるよ!」
「こんのクソガキ……」
「……? 何か言った?」
「何でもありません。……そうそう、リアージュ先生、新しく弟子をとったんですって?」
ぎくっ。
フレデリカ先生、どこでそれを知ったんだろう……。
「……う、うん。初めての弟子だよ」
「あなたのような人間が指導する側に回るなんて、驚きですわね」
本当に驚きだ。いまでも悪い夢なんじゃないかと思っている。
頬をつねったら覚めないかな?
「そ、そういえば、フレデリカ先生は弟子がたくさんいるんだよね……?」
「ええ、マスターとして当然の責務ですもの。私には12人の弟子がいますが、みなさん将来有望な魔法使いですわ。特に今年弟子入りしたカミラ・ムーンライズさんは、ここ数年では屈指の才能ですわね」
「へえ……」
ん? ムーンライズ?
それって、イリアさんのファミリーネームと同じだったような……?
まあ、偶然ってこともあるか。
「ねえ、フレデリカ先生。どうやったら弟子と上手くやっていけるかな?」
「それくらい自分で考えられませんの?」
「そ、そうだよね」
「とはいえ、1つだけ忠告しておくなら」
フレデリカ先生は踵を返し、
「弟子を正しく教育してこそ一人前の魔法使いですわ。いくら魔法の腕前が優れていても、人間関係が終わっているようじゃ、話になりませんわよ?」
「うっ……」
正しい。フレデリカ先生の言っていることは圧倒的に正しい。
やっぱり、〝ダメマスターだと思われよう作戦〟はよくないのかな?
でもあの子たちはちょっと怖いし……。
「ではごきげんよう。せいぜい苦労しなさいな」
「ま、待って」
勇気を振り絞り、立ち去ろうとするフレデリカ先生を止めた。
「また相談してもいいかな……?」
「……は?」
「私に真剣なアドバイスをしてくれる人、フレデリカ先生しかいないの。私ってほら、魔法以外は全然ダメダメだから……迷惑じゃなければ、困った時に、頼ってもいい……?」
何故かフレデリカ先生の頬に痙攣が走った、気がした。
すぐさま私から視線を外し、
「……では、あとでお茶でもしましょうか。ちょうど新しい茶葉が入荷しましたので」
「ありがとうっ! フレデリカ先生、やっぱり優しいねっ」
「ふん……。今度こそごきげんよう、セレネ・リアージュ先生!」
そう言って、フレデリカ先生は大股で去っていった。
やった……! お茶する約束しちゃった!
もしかしたら、フレデリカ先生と友達になれるかもしれない。
私にあれだけ優しくしてくれるんだから、好感度はすでにマックスのはずだ。
いける……いけるぞ……!
初めての友達……えへへ……。
「あれ?」
スキップしながら研究室への帰路をたどっていた時。
渡り廊下のところで、気になる光景を発見してしまった。
2人の人間が向かい合い、何かを言い合っている。
片方は……黒髪ロングの、ちょっと気が強そうな女の子だ。
そしてもう片方は……。
「イリアさん……?」
◇
プラミさんによれば、セレネ先生はたぶん、マスターとしてそれなりの実力を持っている。
それを隠している理由は……私たちが、弟子として相応しくないから。
「説得しなくちゃ……」
カピバラの授業を受けている最中、私は何度も献金をしましたが、セレネ先生はお金になびく気配が一切ありませんでした。
「教えてくれないと宮廷魔法使いに任命しますよ!」という脅迫も、ぷるぷる震えながら拒否するのです。
……というか、本当にセレネ先生をクビにするわけにはいきません。私はアイネル魔法学院で成果を出さなければならないのですから。
いったいどうすればいいのでしょうか。
このままでは、私は王宮から追放されてしまうのです……。
「イリア! またまた会ったわねえ」
セレネ先生の研究室に突撃しようかと考えていると、突然カミラが現れました。
最悪です。いちばん会いたくない人でした。
「……用件があるなら手短にお願いできませんか。忙しいので」
「べつに用なんてないけどね。……聞いたわよ? あんた、とんでもないデクのボーの弟子になっちゃったそうじゃない」
カミラの高慢ちきな態度は、昔から全然変わっていません。
この人は、私のことを心の底から見下しているのです。
「セレネ先生は優秀なマスターですよ。あなたにとやかく言われる筋合いはありません」
「待ちなさいよ」
横を通り過ぎようとしましたが、腕をつかまれてしまいました。
振り返ると、意地悪な笑顔に出迎えられます。
「でも魔法は使えるようになってないんでしょ? この学院にいる意味あるの?」
「これから使えるようになります。ご心配なく」
「無理よ」
カミラは吐き捨てるように言いました。
「あんたの王位継承順位が暫定1位なのは、たまたま国王の長女だったからよ? 王になる素質なんて、ぜ~んぜんないの。だから陛下は、あんたじゃなくて私のほうが後継者に相応しいってお考えなのよ」
お父様は実力至上主義です。私みたいに魔法の才能がない人間には、たとえ娘であっても玉座を譲るつもりはないとおっしゃっていました。
「ねえ、陛下と交わした約束は覚えてるわよね?」
「もちろんです……」
「『アイネル魔法学院在籍中の4年間でシルバーランクの魔法使いに到達すること』。……それができなければ、あんたは王家の恥として追放されることになる」
魔法使いのランクは5つ。
上からマスター、ゴールド、シルバー、ブロンズ、ノーマルです。
私はまったく魔法を使えないため、ノーマルランクですらない一般人でした。
ちなみに卒業時にシルバーランクに到達できる魔法使いは、だいたい10パーセントくらいの割合だと聞いています。
「大丈夫です。私は必ず成し遂げます」
「だから無理だって」
「カミラ、私よりも自分の心配をしたらどうですか? あなたは確かノーマルランクでしたよね? そんなの、私がすぐに追い抜いてあげますよ」
カミラの眉がぴくりと動きました。
「……言うじゃない。イリアのくせに」
「私が次の王ですから」
「あっそ……じゃあ、思い知らせてあげるわ!」
カミラがそう叫んだ瞬間。
視界にバチリと火花が散りました。
「あ、がっ……」
全身が痙攣するような感覚がしました。
私はひとたまりもなくその場に膝をついてしまいます。
がくがくと震え、立ち上がることができません。
これは……魔法でしょうか? いったい何が……。
「あははは! ドミンゴス先生に教えてもらった、痺れ魔法【パラライズ】よ! これであんたはしばらく身動きがとれないわ!」
「か、カミラ……あなたという人は……!」
「ふふ、そうだわ……【サンダー】も試してみようかしら? 習ったことを復習するのは大事だからね」
カミラは動けない私に手をかざしました。
その指先が、きらきらとした光を発しています。
魔法を発動しようとしているのでしょう。
「や……めてください……! こんな争いをしても意味はありませんっ……」
「意味ならあるわ、あんたに思い知らせてあげるのよ! 魔法もろくに使えない無能じゃ、ルナディア王国の王様は務まらないってことをね……!」
私は目を見開いたまま、固まることしかできませんでした。
王宮を追放されるわけにはいきません。
しかし、私にはカミラの暴挙を止めるだけの力もないのです。
ああ、悔しい。
何もできない自分が悔しい――
「――何やってるのっ!」
絶望のために、目を閉じようとした寸前。
私とカミラの間に割り込むようにして、誰かが突っ込んできました。
びっくりして顔を上げます。
風になびく金色の髪。
その後ろ姿は……セレネ先生に間違いありません。
カミラが手をかざしたままうろたえます。



