世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第1話 凶悪な弟子ども ⑩

「はあ!? あんた誰よ……!?」

「ケンカはよくないよ! 人に向けて攻撃魔法を使っちゃダメって習わなかったの!?」

「いや、ちょっと驚かしてやるつもりなだけで……――あっ」


 時すでに遅し。

 勢いあまって、カミラの手から【サンダー】が放たれてしまいました。

 ばちばちと閃光を散らしながら突き進む魔力の奔流。

 このままではセレネ先生が黒焦げになってしまいます。

 しかし、そんな私の思いは杞憂に終わりました。

 何故なら――


「【くすぐりの魔法】」

「え? ちょっ――きゃああああああああ!?」


 セレネ先生に直撃した雷は、反転してカミラに襲いかかりました。

 あっという間に光に包まれるカミラ。

 そのまま丸焼きになってしまうのではないかと心配しましたが、何故かカミラは床に転げて大笑いをしていました。


「あっ、ひんっ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!? な、な、何よこれえ!? ぴりぴりするんだけど――あっはっはっはっはっはっはっは!!」

「私のリア充魔法だよ。雷系の魔法をぴりぴりの電気に変換して、対象の身体を刺激するの。どんな怖い人でも笑顔にするために作ったんだけど……」

「何じゃそりゃあああああ!! ちょっ、あっはははははははははは!!」


 カミラは奇声をあげてのたうち回っていました。

 髪は乱れ、目や口から大量の液体がぶちまけられます。

 なんて無残な……。


「ふ、ふひひ、ひいっ……!! も、もうやめなさいっ!! これ以上やったら過呼吸で死んじゃうわ!!」

「あ、えっと、じゃあ……反省する? もう人に向かって攻撃魔法を撃っちゃダメだよ?」

「撃たないわよ!! 神様に誓って!!」


 パチン。

 セレネ先生が指を鳴らすと、カミラが大人しくなりました。

 くすぐりの魔力が消えたのでしょう。

 カミラはぴくぴくと震えながら、しばらくその場に伏していました。涙でぐしゃぐしゃになった目で、恨めしそうにセレネ先生を見つめます。


「あんた……何者よ……? こんな魔法を使うなんて……」

「わ、私はセレネ・リアージュっていうマスターだけど」


 カミラは弾かれたように起き上がりました。


「マスター!? あんたが!? 嘘よ、どう見ても年下じゃない!」

「魔法使いのランクに年齢は関係ないから……」

「この変態魔法使いっ! 人をくすぐる魔法なんて破廉恥極まりないわ!」

「ぴやっ……」


 セレネ先生が涙目になってしまいました。マスターに対する暴言を看過するわけにはいきません。私は床に這いつくばりながらカミラを睨みます。


「……どうでもいいですが、脚が見えてますよ?」

「え? きゃあああっ」


 電気のせいで破けてしまったのか、カミラの黒タイツは穴だらけでした。

 カミラは顔を真っ赤にして隠そうとしましたが、破けている箇所が多すぎてカバーしきれません。

 セレネ先生が「うわあ!」と慌てました。


「ごめん、調整をミスっちゃった! あとで弁償するから私の研究室に来てよっ」

「いらないわ! 施しなんて受けてたまるか!」


 カミラは前屈みの体勢で私たちを指差して、


「お、覚えていなさい、イリアにセレネ・リアージュ! ドミンゴス先生に言いつけてやるんだから!」


 そのまま猛ダッシュで去っていきました。

 あ、転んだ。でもすぐに立ち上がったので大丈夫そうですね。

 それはさておき。

 私は胸がどきどきするのを感じながら、セレネ先生を見上げました。

 先生の横顔からは、カピバラ語の講義をしている時とは違い、魔法使いらしい凛々しさが感じられるから不思議でした。


「先生、助けに来てくれたんですか……?」

「え? あ……」


 困ったように笑い、


「まあ。ケンカはよくないからね。……大丈夫?」

「は、はい」


 セレネ先生が手を差し伸べてくださったので、私はそれを握って立ち上がります。

 いつの間にか、痺れ魔法は解けていました。

 セレネ先生の手から、癒しのエネルギーのようなものが流れ込んだのです。


「あの、これは?」

「回復魔法だよ。どこかおかしなところはない?」

「あ、いえ。大丈夫そうです」


 セレネ先生は「よかった」と溜息を漏らしました。


「……あの子、イリアさんのことを目の敵にしてたね」

「カミラは昔からそうですよ。慣れてます」

「そっか。王位継承権を争ってるならしょうがないよね……」

「聞いていたんですか?」

「聞こえちゃったと言いますか」


 セレネ先生はもごもごしてそっぽを向きました。

 べつに隠しているわけではないため、知られるのは構わないのですが……。

 このチャンスを逃すわけにはいきません。


「……セレネ先生。私は魔法を使えるようになって、シルバーランクの魔法使いにならなければいけないんです」

「う、うん。そうみたいだね」

「だから……私にちゃんと魔法を教えてくれませんか? 私が頼れるマスターは、セレネ先生だけなんです。どうかお願いしますっ……!」

「ごめん。無理」


 ずっこけました。

 人がこんなにも熱心にお頼みしているのに!


「何でですか! これ以上拒否するなら権力を振りかざしますよ!?」

「わ、私はリア充魔法しか使えないのっ……! リア充魔法だけじゃ、たぶん、シルバーランクの試験には受からないから……」

「……先生、たったいま回復魔法を使いましたよね?」

「あ」


 セレネ先生は嘘がバレた詐欺師のような顔をしました。

 やっぱりこの人、マスターに相応しい実力を持っていたようです。

 私はセレネ先生の両肩をつかみ、がくがくと揺さぶりました。


「お願いですから変な嘘は吐かないでください! こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際で苦しんでるんですからね!?」

「だ、だって! 私にも事情があるといいますか……その……」

「何ですか、その事情って!」

「言えないよっ。だって恥ずかしいんだもん」

「言ってください! 実力を隠してまで私の相手をしたくない理由って何なんですか!?」

「それは……」

「それは?」

「や、やっぱり無理~!」


 セレネ先生は私の腕を振り払うと、全速力で逃げてしまいました。

 私は呆然とそれを見送りながら、どうしたものかと考えます。

 さっきの発言を考慮すると、セレネ先生にも何か事情があるようですが……。

 もう悠長に構えていられる状況ではありません。


「こうなったら、実力行使しかありませんね……」


          ◇


「……んぅ…………」


 鳥がちゅんちゅんと鳴いている。

 どうやら朝が訪れたようだ。

 昨晩はろくに眠れなかった。もちろん弟子たちのことを考えていたからだ。

 たとえばイリアさん。あの子はシルバーランクの魔法使いになれなければ、王宮を追放されて大変なことになっちゃうらしい。

 だけど、正直言って、そういう厄介ごとには巻き込まれたくなかった。

 私が求めているのは、たくさんの友達に囲まれた、キラキラとした青春……。

 イリアさんには悪いけれど、カピバラの授業は継続させてもらうつもりだ。

 そうしなければ、私の夢は叶わないから。


「くあー………………ん、あれ……?」


 あくびを1つ。そうしてふと、身体が妙に窮屈なことに気がついた。

 寝返りがうてない。金縛りだろうか?

 不思議に思って自分の身体に視線を走らせると――


「え? 何これ?」


 私の全身は、ロープでぐるぐる巻きにされてベッドに固定されていた。

 起き上がろうと思っても、がちがちに縛られているため身動きがとれない。

 いったい誰がこんなことを……。


「おはようございます、セレネ先生」

「うわあっ」


 びっくりして声をあげてしまった。

 いつの間にか、私のベッドを取り囲むようにして3人の人間が立っていた。

 イリアさん、メローナさん、プラミさんである。

 おかしい、講義が始まるまでまだ時間があるはずなのに……。