世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第1話 凶悪な弟子ども ⑪
「な、なに!? みんなどうしたの!? この拘束は……!?」
「3人がかりで縛ったんだよ。感謝しろ」
腕を組んで立っているメローナさんが言った。
「意味分かんないよ、ほ、解いてよっ……!」
「ダメだ。これからあんたを拷問するんだからな」
「ごうもん? 何それ……?」
「動けないセレネ先生……かわいい……♡ 色々なところを触ってもいい?」
「きゃあああああ!」
プラミさんが顔を真っ赤にしてベッドに腰かけた。まずい、このままでは色々とまずい――そこでふと気がついた。魔法を使えば簡単に逃げられるじゃん。
ところが、私は身体の異変に気がついた。
「……あれ? な、何で? 魔法が使えないんだけど……」
「ごめんなさいセレネ先生。ちょっとした仕掛けをさせていただきました」
「仕掛け……?」
「セレネ先生はセロリが苦手なんですよね? 近くにあると魔法のキレが悪くなると聞きました。周りを見てみてください」
言われた通りに視線を走らせてみれば、私のベッドの周りには等間隔でセロリの山が配置されていた。言うなればセロリ結界である。うっ、このにおいは苦手だ……!
「セレネ先生、あ~ん♡」
「や、やめて! 生はやめてっ!」
プラミさんがセロリを私の口に突っ込もうとした。魔力がどんどん吸い取られていくような気分。私は半泣きになって絶叫する。
「何でセロリが苦手ってこと知ってるの!? 誰にも言ってなかったのに……」
「私が教えて差し上げました!」
ひょっこりと現れた4人目は、スーツ姿の女の子……ミルテだった。
しばらく旅行に行っていたはずだけど、帰ってきたらしい。
その手に握られているのは、なんだか怖い顔をした……人形?
「はいこれ、南国土産の『ブチギレ埴輪』です! どぞっ!」
「わあ、ありがとう! ……じゃなくって! ミルテ、どういうこと……?」
「それがですね、弟子の皆様方がセレネ様を拷問したいとのことでしたので、弱点とかの情報を共有したんです。……あ、研究室の鍵を開けてあげたのも私ですよ?」
ダメだこの人……。
秘書として全然機能してない……。
ていうか、やっぱり拷問って言ったよね? 何考えてるの? 犯罪者だったの?
「……セレネ先生。私たちの言いたいこと、分かりますよね?」
イリアさんが聞いた。私はすっとぼけることにした。
「な、なに? カピバラ語の極意を教えてほしいとか?」
「とぼけんじゃねーよ。根性焼きすっぞ」
「ひいいっ。不良怖いっ!」
「じゃあ私がちゅーしてあげるね♡」
「ひいいっ。変態怖いっ!」
「2人とも、先生を脅かさないでください。話が進みません」
イリアさんはメローナさんとプラミさんを手で押しのけ、
「はっきり言いますけど、私たちはカピバラじゃなくて基礎魔法の講義をしてほしいんです。このままでは4年間が無駄になってしまいますから」
「でもでも……私にも事情があってえ……」
「その事情を教えてください」
無理だ。
この期に及んで何をという感じではあるけれど、私にだって見栄というものがあった。
友達ゼロのぼっちだってことを知られたくない。キラキラした青春に憧れてるってことを知られたくない。だって恥ずかしいから……!
「セレネ様はキラキラした青春に憧れてるんですよ」
「ぴやっ……」
さらりとバラさないでくれる?
「どういうことですか? 詳しく教えてください」
「いいっ……! 教えなくていいっ……! ミルテ、業務命令っ……!」
「まだ始業前ですので。……えーっと、つまり、セレネ様は友達ゼロのコミュ障なんです」
「あああああああああああああああ!!」
「小さい頃から孤独な生活を送ってきましたので、みんなでワイワイやる感じの青春に恋焦がれているんですよ。最近は1人で妄想交換日記をしていましたねえ。あれにはさすがの私も涙がちょちょぎれてしまいました……」
「ああああああああ!! ああああああああああああああ!!」
「うるさいので黙ってください」
黙っていられないよ。プライバシーの侵害だよ。
しかしミルテは雇用主の切実な思いを無視して言葉を続けた。
「セレネ様はぼっち生活から抜け出すために魔法の研究をしてるんです。ようするに、リア充魔法は友達を作って青春を謳歌するための……、リア充になるための魔法なんですよ」
「「「は……?」」」
3人の声が重なった。穴があったら入りたいです。
「たとえば、皆さんが勉強させられた【カピバラと話せるようになる魔法】ですが……この魔法は、『人間と友達になれないなら動物と友達になっちゃおう!』という悲しい思想から生み出されました」
「そういえば……セレネ先生、習得すればカピバラと友達になれるって言ってました……」
「他にも、去年メイプルスター賞を受賞した【思っていることを文字で表現する魔法】なんかは、口下手なセレネ様が言葉を発さずにコミュニケーションをとるために開発したものです。それが障がい者のための魔法と勘違いされて評価されたわけですね」
「障がい者の方にも使ってほしかったのっ!!」
「はいはいそうですね。……さらに例を挙げるなら、【瞬時に場を和ませるギャグが思いつく魔法】とか、【恥じらいなく〝ウェーイ〟と言えるようになる魔法】とか、変なのがたくさんあるんですよ」
「ええ……」
しょうがないじゃん、友達がほしいんだから……。
「極めつけは、【友達を造る魔法】でしょうか」
「何だそりゃ? 洗脳でもするのか?」
メローナさんの問いに、ミルテは首を横に振った。
「いえいえ、物理的に造り出すんですよ。生命の創造ってわけです。もしこれを公表すれば、セレネ様は魔法史にその名を刻むことになるでしょうねえ」
「そんなすごい魔法の開発に成功したんですか……?」
「はい。私が成功例ですから」
あーあ。言っちゃった……。
歴史の恥部がどんどん暴かれてゆくぅぅ……。
「この私、ミルテは、セレネ様が友達ほしさに造り出した人造友達なんです。錬金魔法で生み出した肉体に、【友達を造る魔法】で創造した人格を植え付けてるって寸法ですね」
「そうなんですか……!?」
「まあ、ちょっと性格設定をミスっちゃったみたいで、私自身はこれっぽっちもセレネ様と友達になりたいとは思わないんですけどねえ」
「「「…………………………………………………………」」」
そうなのだ。
ミルテは私が友達にするために生み出した人間……。
でも何故かバグって全然懐いてくれない摩訶不思議な人間……。
「セレネ先生、悲しい人生を歩んできたのですね……」
「まあ、その、なんだ。元気出せよ……友達の1人や2人、そのうちできるって」
「セレネ先生、いいこいいこ」
プラミさんが私の頭を撫でてくれた。
気まずいものに接するかのような優しさがつらい。
私の涙腺は崩壊した。
「……ふ、ふぎゅうううっ……、だって……だって……だってええ……! だってえええええええええええええ!」
「落ち着いてくださいセレネ様、子供みたいですよ!」
「だってえ! 私もみんなと一緒に遊びたかったんだもん! 友達が欲しかったんだもん! 魔法の才能がありすぎたせいで……ずっとみんなから避けられてて……! 何もできないまま14歳になっちゃった……! このまま孤独に餓死するなんていやだよ……私だって……私だって普通の子みたいな青春を送りたい……うあ……うあああああああああああああ……」
「ちょっ、先生……!?」
「ああああああああああああああああああああああ!!」
これまでの人生が走馬灯のように反芻され、涙がとめどなくあふれてくる。
私はどこで間違ってしまったのだろうか。
リア充魔法も全然上手くいかないし……。
すると、急にイリアさんが声を張り上げた。
「分かりました! セレネ先生、私に任せてください!」
「ふぇ……?」



