世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第6話 休み時間のリア充談義 ③

 最初は激ヤバ犯罪者だと思っていたのに、いまでは3人のことが頼もしく思えて仕方がなかった。ああ、涙があふれてくる。これなら友達ができる日も近いんじゃないだろうか。

 そこでイリアさんが思い出したように、


「そうだ。先生にプレゼントを買ってきたんですよ」

「え?」

「日頃の感謝の印として、みんなで選びました。ぜひ受け取ってください」

「おいイリア、いま渡すのか?」

「はい。ちょうどいい機会ですから」


 イリアさんはごそごそとカバンを漁り、ラッピングされた袋を取り出した。それを私に向かって「どうぞ」と差し出してくる。


「い、いいの……?」

「もちろんです。開けてみてください」


 私は戦々恐々としながら受け取った。

 それにしても……プレゼント? プレゼントって何だっけ……? 今までそんなのもらったことないよ……? 未知の物体すぎて手が震えてきたんだけど……?


「中に入ってるのは3つの品物です。本当は1つに絞りたかったのですが、3人の意見が合わずに結局1人1個になっちゃいました」

「こいつら、センスが全然ねーからなあ」

「誰がどれを選んだか分かる? あ、わたしのはちゃんと場をわきまえたから大丈夫だよ」


 紐を解いて中を確認してみた。

 そこに入っていたのは――お洒落な意匠のディフューザー。アイネル屋で大人気のクッキー缶。ガブリンの巨大なぬいぐるみ。

 感激のあまり泣きそうになってしまった。

 どれも私が大好きなものばかりである。

 それに、なんというか……弟子たちが私のために選んでくれたという事実が、何よりも嬉しかったのだ。


「どうですか? このディフューザーは王室御用達の逸品で――」

「う、う、ううううううう~~~~~~~~~」

「どうしたんですか!? もしかしてお気に召さなかったとか……!?」

「ううん、違うのっ……ありがどねえ。ありがどねえ。みんな、ありがどねえ……!」

「な、泣かないでください先生!」

「ほら、涙を拭けよ! それでもあんたマスターか!」

「セレネ先生、よしよし」


 私は弟子たちに囲まれ、しばらく号泣するのだった。

 なんて青春っぽいのだろうか。

 私がリア充になれる日も近いかもしれない……。

  

  


          ◇


 ゴーン、ゴーンと鐘が鳴っている。

 日は西に沈むにつれ、アイネル魔法学院は茜色に染め上げられていった。

 すでに秘書や弟子たちは帰宅したため、研究室に残されたのは私1人となっている。

 ふと、テーブルの上に置かれたプレゼントを見つめた。

 ……にやけちゃうよね。初めて誰かからプレゼントをもらったんだもん。

 こういうのって、お返しとかしたほうがいいよね?

 それぞれの誕生日に何かプレゼントしようかな?

 あ。でもあの3人の誕生日、全然知らない……。聞いたら教えてくれるだろうか。

 そこでふと気づいてしまった。

 プレゼントを贈り合うなんて、まるで友達みたいじゃないか。


「い、いやいや。そんなはずはない……」


 変な気を起こしちゃダメだ。

 あの3人は、予想していたよりもはるかにマトモな子たちだったとはいえ、私の〝理想の友達〟とはかけ離れているのだ。

 不良、金持ち、恋愛強者(変態ともいう)……いずれも私にとっては危険極まりない。

 マスターと弟子くらいの距離感がいちばんいいに決まっていた。


「セレネ先生? いらっしゃいますか?」

「あれ? どうしたの?」


 扉がノックされたので開けてみれば、イリアさんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。白雪のような色の髪が、西日を受けてきらきらと輝いていた。


「ミルテさんから借りた本が見つからなくて。たぶん研究室に忘れたんじゃないかと……」

「ミルテに借りたの?」

「はい。推理小説です。もうすぐ犯人が分かるところだったんですが……」


 本の貸し借りなんて、めちゃくちゃ友達っぽいじゃん……。

 きみたち、いつの間に仲良くなったの……?

 羨ましい……。


「……そ、そっか。入って入って」

「すみません、ありがとうございます」


 イリアさんは一礼してから入室した。

 きょろきょろと視線を走らせ、「あっ」と小さく声をあげる。

 テーブルの上に、ミルテが以前読んでいた推理小説が置かれていた。


「ありました。すみません、お手数をおかけして」

「ううん、大丈夫だよ。それじゃ、また明日。ばいばい」

「はい。さようなら」


 本を回収し、すたすたと廊下に出て行こうとする。

 ところが、何故かイリアさんは思い出したように立ち止まった。


「あの……先生。つかぬことをお尋ねしますが」

「なに?」

「ルナディア王国に行ったことがあるとおっしゃっていましたよね。もしかして……それって5年くらい前じゃないですか?」


 イリアさんの表情には、不安と期待が入り混じった感情が見え隠れしている。フレデリカ先生を撃破したあとの話の続きだろうか。


「えーっと……たぶん、それくらいじゃないかな?」

「そ、そうですか。その時、テロリストと戦ったりは……?」

「テロリスト……」


 記憶を掘り起こしてみる。

 私は5年くらい前、学校の遠足でルナディア王国まで行ったのだ。

 ところが何かの手違いで山に置き去りにされ、あてどなく彷徨っていた覚えがある(思い返してみればめちゃくちゃひどい話だ……)。

 確か、私は偶然山の中にたたずんでいる倉庫か何かを見つけて――


「ああ、思い出した。女の子が捕まっているのを見つけたんだよね。さすがに放っておけなかったから、作りたてのリア充魔法でテロリストっぽい人たちを追い払ったの」

「それからどうなりました……?」

「女の子に話しかけようと思ったんだけど、私その頃から陰キャなので……結局、恥ずかしくなって逃げちゃったの。……で、でも大丈夫だよ? 木陰に隠れて様子見してたんだけど、ちゃんとお迎えが来てたから……」

「…………」


 何故かイリアさんは目を丸くして固まっていた。そういう反応は陰キャの私に効くからやめてほしい……何か変なこと言っちゃったんじゃないかって不安になる……。


「わ、私は……」

「ん?」


 何かを言いかけてから口を噤んでしまった。

 どうしたんだろう?

 まさか、今のがイキリエピソードに聞こえてイラついたとか……!? 1人で悪いテロリストをやっつけるなんて、確かにイタイ妄想みたいだもんね……!? 本当なんだけど!

 不安に思っていると、急にイリアさんが1歩近づいてきた。


「そ……」


 大きく息を吸い、


「尊敬してますっ!」

「……へ?」


 私はきょとんとしてしまった。

 イリアさんは畳みかけるように言葉を続ける。


「セレネ先生のこと、尊敬してますっ! 前からそうでしたけど、いっそう尊敬の念が強くなりました! だ、大好きですっ!」

「だ、だだ、大好きっ……?」

「あっ……」


 イリアさんの顔が真っ赤に染まった。

 あたふたと手を動かして、


「いえ、その、違くて! プラミさんみたいな意味じゃないですからっ! と、とにかくセレネ先生のゼミで勉強できることが嬉しいんですっ」

「そうなの……?」

「は、はい! 明日からまた頑張りますっ! 今後ともよろしくお願いしますねっ! それでは!」

「あ、ちょっと……」


 止めようとしたけれど、イリアさんは脱兎のごとく走り去ってしまった。

 ばたん、と扉が閉められ、痛いほどの静寂が押し寄せる。

 突然あんなこと言われても、むず痒いというか何というか……。


「リア充の考えてることは難しいな……」


 途方に暮れて溜息を吐いてしまった。

 燃えるような西日に包まれた研究室で、私はしばらく頭を悩ませていた。