さよならピアノソナタ

4 ストラトキャスター、紅茶 ②

 音楽準備室は通常の教室のちょうど半分の広さで、がくがぎっしり並んだ棚やアップライトピアノが置かれているせいでだいぶぜま


「じゃあポットにお湯入ってるから。ティバッグその引き出しね。あとカステラ切って」


 全部ぼくがやるのかよ。


「あ、カップは一つでいいよ。カステラは三つね」

「え? 先生飲まないんですか」

「なに言ってんの? 私だけ飲むの。だれもあなたのぶんがあるなんて言ってないよ」


 絶句。


「どうしてもっていうなららしのティバッグをしゃぶらせてあげよう」


 らないよ。帰ろうかな、もう……。

 先生はぼくの肩をどつき、じようだんだと言って笑った。二人ふたり分のおちやとお菓子の準備を済ませてぼくがようやくに腰を下ろしたところで先生はいきなり切り出した。


「音楽科棟のことでしょ?」


 ぼくは一口ふくんだ紅茶をき出しそうになった。


「な、なんで知って」

「あらあら。全部知ってるよ、あなたが二週間前から勝手に使ってることとかCDデッキ改造して外部入力取り付けたこととかラジオのアンテナ引いたこととかとんなかなか座り心地ごこちがいいとか」

「ああああああああああ」


 ぼくは机の下にかくれようかと思った。もうだめだ殺される。


「きれいに掃除してくれてるから、まあ、ほっといたんだけど。私しか気づいてないし」

「ごめんなさいごめんなさいもうしません」

「それにふゆちゃんがそのまま使うのにちょうどよかったからね」


 ぼくは頭を抱えていた両腕をほどいて先生の顔を見た。


「そのことで文句言いに来たんじゃないの?」と先生は笑う。


「いや……だって文句言える筋合いじゃ」

「べつに使ってもいいよ。ふゆちゃんに特例で認めちゃった以上、あなたにだけっていうわけにもいかないし。仲良くね」

「いや無理ですそれは」


 というか、事情がさっぱりわからない。


「ひょっとして先生と真冬って知り合いなんですか?」

「そう。おとうさんの教え子なの、私。それで昔は真冬ちゃんともよく遊んでて」


 先生の顔は、少しさびしそうになる。


「真冬ちゃん、ちょっといろいろあってね……うちに転校してくることになって、それでほうひとりで使えるがほしいっていうから。ぶっちゃけ理事の娘のわがままってことなんだけど、べつにだれかにめいわくかけるわけじゃないし」

「はあ」つまりしよくいんしつ公認なのか、あれは。


「だからあなたも、真冬ちゃんがいつしよならあそこ使ってOK」


 たたき出されるのがオチだろう。


「でも、なんでギターやってんですか? ピアノもうやめたってのはほんとう? だって音大付属に行く予定だったんですよね。なんでうちに」

「それは私からは言えない」先生は急にまじめな顔になった。「本人が知られたくないと思っている以上はね。ほんとは……あんなこと、やめた方がいいと思うんだけど、でもそれは真冬ちゃんが決めることだから」


 さっぱりわけがわからなかった。かといって真冬が話してくれるわけもないし。

 そんなことより、あの部屋をこれからどうするかの方が大問題だった。普通にばれて怒られて使用禁止を言い渡されたのならあきらめもつくんだけど。でも真冬がギターいてる横でCDくなんて、もういろんな理由で無理だよなあ。


「一緒に使おうって話してみたらいいじゃない」

「話しただけでギターで殴り殺されそうになるんですけど?」

「あなたってほんとにあきらめるの早いね。若い子がそんなことじゃだめだよ?」


 先生からわけのわからん説教をいっぱい浴びた後で、ぼくは準備室を出た。



刊行シリーズ

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