楽聖少女
序幕 ③
僕は真っ暗で長大なトンネルの中を引きずられながら、自分が
†
やがて、僕を押し包んでいたその
背中に硬い感触が生まれる。
次に、
こみ上げてきた頭痛は、
「──先生!」
「ゲーテ先生!」
「おいヴォルフィ、しっかりしろ!」
「ヨハン様、お気をたしかに!」
それは僕の名前じゃないよ、と、僕は
悪夢から
目を開こうとすると、まるでかさぶたをはがすときみたいな痛ましい感触があった。ぼやけた視界に、周囲からいくつもの人影が食い込んでいた。彼らの顔が、泣き
腐った
†
こうして物語は始まるのだけれど、申し訳ないことに、これはゲーテの自伝でもなければ、名前も思い出せない図書室好きの高校二年生の異界漂流記でもない。僕は著述家であり、傍観者だ。川辺にじっと座って流れを眺め続けてはいるけれど、自分が泳ぐわけではない。
これは、ある一人の音楽家の物語だ。
音楽にすべてをかけ、戦い抜いた少女の、生の記録だ。
あなたはおそらくそれが読みたくてこの本を手に取ったのだろうし、僕もそれを伝えたくてペンを取ったのだ。それにしては長い前振りだとお思いでしょうか? そんなあなたに、僕はさらに心苦しい真実を告げなきゃいけない。この物語自体が、何百ページを費やすのか
なんの?
僕自身の物語の、だ。
ゲーテでもなんとかユキでもない僕の物語への前奏曲なのだ。
どういう意味なのかは語り終えたときにわかってもらえると思う。……たぶん。わかってもらえることを祈りたい。今ここでその意味をくどくど説明するわけにはいかない。なぜなら、あの少女の物語を
それじゃあ、第一幕を開けよう。
物語は、僕とあの少女の



