天嬢天華生徒会プリフェイズ
1 その④
「お逢いできて嬉しいです、お迎えが遅くなってほんとうに申し訳ありませんでした!」
ぼくは目を白黒させて腰を浮かせる。ぼくを挟んでいた警備員二人も面食らって壁際まで後ずさる。
「天祿院凰華です。先生をこれからお世話させていただきます」
お世話?
なるほど、エージェントさんが「行けばわかる」などと言っていたのは、この娘が出迎えてくれる手筈だったからか。地獄に仏だったけれど、彼女はどう見ても未成年だ。テロリストだと疑われて捕まっているなんていうこの窮状までどうにかできるとはとても思えなかった。
ところが彼女は警備員たちを見回して毅然と言う。
「この方はわたしがお呼びした当学舎専属の先生です。そして!」
ブレザーの胸を手のひらでぱあんと叩いた。
「このわたしが一生涯添い遂げ、尽くす方ですので!」
ぼくは唖然として彼女の横顔を凝視した。
「即刻解放していただきます!」
なに言ってるのですかこの娘は? 初対面ですよ?
輪をかけて驚いたのは、警備員たちが全然驚いていないことだった。やれやれ、はいはい、みたいな顔で警備長が答える。
「いや、会長、この先生の身元を保証していただけるのはわかりました。しかし実際この先生の荷物から爆発物らしきものが見つかったわけで、それは身元とは別問題です。駅の警備を任された者としては」
「わかっています。学園の安全を護ってくださっているみなさんにはいつも感謝しています。職務上の規程も理解しています。ですから」
気力を両眼にみなぎらせて彼女は告げた。
「わたしが本件を解決いたします」
ぼくは目を見張るばかりだった。解決? 女子高生が爆弾テロ事件を?
「先生に対する事情聴取と、駅構内防犯カメラ映像のアクセスを一時許可してください。生徒会長権限です」
彼女はそう言ってスマホを取り出した。生徒会長だからってそんな権限があるわけ――と思いきや、警備長もうなずいてスマホを取り出し、なにか操作する。
「会長にお任せできるんなら、その方がありがたいですよ」
ぼくの頭はもう混乱の極みだった。彼女の手にあるスマホには、たしかに先ほどの駅構内のものとおぼしき白黒映像が大量の分割画面で表示されている。なんで女子高生がこんな保安上めちゃくちゃ重要なものに口頭確認ひとつで簡単にアクセスできるの?
「では先生、あらためて」
彼女はぼくの隣の椅子に、二の腕をほとんど密着させるようにして座った。
「列車内と駅構内でのことを詳しく聞かせてください。なるべく前の時点から」
「なるべく前って、ええと……どれくらい」
「そうですね、できれば――先生という素晴らしい存在がこの世に降誕した記念すべきその日からっ」
ほんとになに言ってるのですかこの娘は……?
さすがに自分でも反省したのか彼女は頬を赤らめて咳払いした。
「乗車したときから思い出して話してくだされば幸いです」
その後、丁寧ながらもぐいぐい来る口調で次々に問いただされ、ぼくは記憶を掘り返しながら答えていった。彼女がとくに興味を持ったのはパスポートを確認されたときの車掌との雑談と、検査ゲートでぼくのバッグが発煙しはじめたときに身を挺して爆発物を遠くに押しやってくれた男性のことだった。
「ほんとうはもっともっと先生のことを教えていただきたいのですけれど」
彼女は感じ入った口調で言った。
「今は事件のことが先ですね。すべてわかりました」
ぼくは目をしばたたいた。
「……すべて?」
「はい。すべてです。……あら」
そこで彼女は言葉を切って、手元のスマホに目を落とした。
駅構内の防犯カメラの映像がまだ表示されたままだ。人気がまったくないところを見るに、現時点のリアルタイム映像だろうか。
分割画面のひとつ――プラットフォームに続く階段を映しているカメラに、人影が差した。階段から何人もの物々しい防護服姿が上がってきたのだ。重たそうな盾やアームつきの長い竿みたいなものを携帯している。
「県警の爆発物処理ですな」とスマホを向かい側からのぞき込んだ警備長が言った。
「早いですね。県警から電話があったのはついさっきなんですが」
ドアのそばの警備員が言うと、少女の目がそちらに移される。
「電話? 処理班をよこす、と県警の方から言ってきたんですか?」と彼女は険しい口調で訊ねた。
「はい。客のだれかが通報したんだと思いますが……」
「それは急がないといけません」
彼女はスマホを取り上げてなにやら操作し、それから耳にあてた。
だれかと通話しているようだ。
「……はい。写真送りました。そう遠くへは行っていないかと。はい」
ぼくに対する距離感も温度感もおかしな物言いとはまるで別人みたいに冷ややかで厳しい口調だったので驚く。
「一班は網を張って写真の方を。はい。二班と三班は――」
けれど、ぼくがもっと驚いたのは彼女の次の言葉だった。
「駅に防護服の一団が来ているので全員捕まえてください」
駅ビルの中に戻ったぼくを待ち受けていたのは、異様な光景だった。
客や職員たちがすべて避難してしまって閑散とした広いホールの、検査ゲート手前あたりにいかめしい防護服の一団が固まって腰を下ろしていた。
全員が四肢を縛られ、両脚を投げ出して背中を寄せ合っているというみじめなかっこうだった。防護マスクは剥ぎ取られてそれぞれぶすっとした顔を晒している。
男たちを取り囲んでいるのは、制服姿の少女たちだった。



