天嬢天華生徒会プリフェイズ
1 その⑤
全部で――七人。
ぼくの隣にいる天祿院凰華が着ているのと同じ制服で、年の頃も同じくらいだ。拘束されている連中の物騒な見てくれとのギャップがすさまじくて目眩がしてくる。
全員が、左の二の腕に腕章を巻いている。
『風紀委員』、と刺繍されているのが読み取れる。
「会長、おつかれさまです!」
風紀委員たちがそろって胸に右の手のひらをあてて凰華に挨拶した。
「大儀でした。迅速な対応、感謝します」
凰華も典雅に応じる。
「会長、こりゃあ……」
いっしょについてきていた警備長が防護服の男たちを見回して声を震わせる。
「警察相手になんでこんな、やばいでしょう、いくら学園内だっつっても」
凰華はくすりと笑った。
「この方々は警察ではないですよ」
「え……?」
そのとき、背後のエントランスがにわかに騒がしくなった。
「おい、ふざけんな! 俺がなにしたってんだ、訴えるぞガキども!」
汚い怒声が聞こえ、振り向くと、またべつの風紀委員の少女二人に両脇からがっちりと腕をつかまれた一人の男がこちらに引きずられてくるところだった。ネルシャツにデニムというごく普通の服装で、顔には見憶えがある。
そうだ、思い出した。
白煙が噴出して騒ぎになったとき、勇敢にも爆発物に飛びついてカートに載せ、ゲートの向こうに蹴飛ばしてくれた人だ。
……勇敢にも?
ぼくはその男と、防護服の連中とを見比べる。
しぐさで察したのか、凰華がにんまりと笑ってうなずいた。
「そうです。この方たちは
目を移した先、防護服の一団のすぐそばには、荷物運搬用のカートがたたずんでいる。積まれた段ボール箱のいちばん上に載せられているのはぼくのボストンバッグだ。
凰華はそちらに歩み寄り、バッグの中に手を突っ込む。警備長があわてふためく。
「おい会長っ、危ねえぞ爆発――」
「大丈夫です。これはただの発煙筒ですから」
そう言って凰華はつかみ出した四本の筒を床に投げ捨てた。ぼくも思わず身をすくめるが、乾いた軽い音を立ててころがる筒からは、わずかに残った煙が漏れ出るだけだった。次に凰華はぼくのバッグを胸にかき抱くようにして持ち上げ、こちらを振り返る。
「先生のお召し物、煙で汚れてしまいましたし、わたしが洗濯してアイロンをおかけしてからお部屋にお持ちしますね」
「……え、いや、あの、自分で洗うから」
「いえ、先生にご奉仕するのが伴侶であるわたしの役目ですから」
前世でぼくとなにかあったのか? と疑いたくなる異様な接し方だった。反応に困る。
「会長、発情するのは後にしてもらってですね」
警備長があきれた様子で言うところを見ると、信じられないことにこの凰華という娘、これが平常運転のようだった。
「爆弾じゃないってのはわかりましたよ。じゃあ一体この騒ぎはなんだったんです」
「そう、そうでした。事件の解決が先でしたね」
わざとらしい咳払いをしてからバッグを風紀委員の一人に渡した凰華は、一同をぐるりと見回し、それからカートに積まれた段ボール箱の隅に手をかける。
「つまり、この事件は爆弾テロではなく――」
そのまま力任せに手を下に引いた。厚い紙が裂かれる痛々しくも心地よい音が響き、箱の側面に巨大な掻き傷のような裂け目ができる。中には、緑色のラベルを貼られた箱がぎっしり隙間無く並べて詰め込まれている。ラベルには化学式らしき文字や赤い菱形で囲まれた警告マークがいくつも印刷されていた。
「密輸出です」
凰華が言うと、ネルシャツの男は顔を真っ赤にし、保護服の連中はみんな歯噛みして視線をそらした。
駅前ロータリーに迎えにきた灰褐色の護送車は、車体側面に『天涯学園保安局』と大きく書かれていた。捕らえた男たちを収容した車が走り去るのを見送ると、凰華はぼくと警備長に説明してくれた。
「爆発物の疑いがあるものを素手でつかんでカートに載せている時点で、これはもう蛮勇でも献身でもないんです」
スマホで防犯カメラの動画を再生しながら言う。
「どれだけ勇敢な人間でも、今すぐ爆発するかもしれない物体への咄嗟の対処としてこんな行動は絶対にとりません。バッグをつかむ勇気までは出せたとしても、すぐにそのまま投げるのが自然です。カートを寄せてきて積んで蹴る、という迂遠な行動をあえてとったということは、爆発しないと知っていたとしか考えられません」
「ははあ、なるほど。たしかに」と警備長はうなずく。
「となるとカートに載せることに意味があった。しかもバッグを載せてから固定もせずに蹴っていますからバッグが落ちてもかまわない、つまりカートをゲートの向こうに蹴ること自体が目的だった、ということになります」
検査ゲートの向こう。
爆弾騒ぎの混乱に乗じて、無検査でラインを越えさせるのが目的。
「しかも爆発物処理の到着があまりにも早すぎました」
「ですなァ。県からとなると線路メンテナンス用の道路を通ってくるしかないわけだが、山ん中をかなり走りますからね」
「はい。前もって近くに潜伏していた偽警察官です。爆発物の回収を装ってカートを持っていこうとしたわけです」
「ものは一体なんだったんです?」
「確認中ですけれど、薬品のようでした。学園には新薬を研究している学舎がたくさんありますし、当然すべて持ち出し禁止ですから」
「私も禁止物持ち出しの現場は何度も経験ありますがね。さすがにこんな大がかりなのは初めてだな」と警備長はため息をつく。
「まあ、うちの学園の研究物ともなりゃ、持ち出せれば何億って儲けになるんでしょうが」
「おかげさまで損失を未然に防げました。ありがとうございます」
「いや、我々はいつも通りの仕事をしただけですよ。ほとんど会長がやっちまってたじゃないですか」
二人の会話の外で、ぼくは完全に置き去りだった。



