【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ~すぐ真っ赤になる幼馴染の大好きアピールが止まらない~

第一章 【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ①

「ねぇ、知ってる? なんかまた告白されたらしいよ」


 ある春の朝、だかそうが教室の端でスマホをいじっていると、楽しげな声が耳に届いた。

 ちらと視線を向ければ、前方に数人の女子が集まって話している。これはいわゆる恋バナというやつだろう。


「えー、またー? これで何人目? どうせ今度も振ったんでしょー?」

「まあね。これまで玉砕した男の数は百を超えてるとか」

「いやいや、いくらなんでも盛りすぎだって~! 多くても五十人くらいでしょ」

「あはは、それでも多すぎ~」


 時に笑いながら、大声で盛り上がっている。こういう場合は、大抵が他人の恋愛話である。


(……なるほどな)


 この時点で、蒼汰は話題の人物に見当がついていた。

 都心から少し外れた位置にあるそれなりの進学校、ここ都立なみ高校で数多あまたの男子から告白され、それらを全て振り続けている女子といえば、一人しかいないからだ。

 しかもその女子といえば、蒼汰と同じ二年B組の所属で、それに──

 ──ガラーッ。

 そのとき、前方の扉が開いた。同時に室内は静まり返る。

 現れたのは、一人の女子生徒だった。

 つややかで長い黒髪に、ぱっちりとした大きな瞳。あどけなさを残しつつも、人目をく整った顔立ちに、新雪のように白い肌。小柄できやしやながらに出るところの出た抜群のスタイルを誇り、どこかしさを感じさせるその容姿と雰囲気から、学校一わいいと評判の美少女。

 ふじしろ

 それが彼女の名前だった。

 異様なほどにれんな彼女の姿に、誰もがれてしまう。

 だがそこで、先ほど恋バナをしていた連中の一人が近づいていく。


「おはよ、藤白さん! 今ちょうど藤白さんの話をしていたところだったんだよね~」


 しかも自ら話題に挙げていたことを暴露したではないか。これには他の女子も驚いている。


「おはよう。そうなの?」


 さっぱりとした表情で小首をかしげる乃愛。そこへ、さらに連中の一人が駆け寄っていく。


「ちょっと、本人に話すつもり?」

「いいからいいから。事の真相とやらをはっきりさせておきたかったし」


 その女子生徒はせきばらいをしてから、思いきって切り出す。


「あのさ、藤白さんってこの前サッカー部のやまうち先輩から告られたんだよね? しかもその場で振ったって聞いたけど、理由を聞いてもいいかな?」


 サッカー部の山内先輩といえば、部内のエースで相当なイケメンとも言われているザ・モテ男子のはずだ。それほどの人気者を即座に振った理由が気になるらしい。

 皆から人気のイケメン男子の名前が出たというのに、乃愛は無表情で淡々と答える。


「興味がなかったから。──というか、正直誰のことか覚えてない」


 ばっさり、と。

 どこまでも素っ気ない乃愛の言葉に、女子生徒たちは衝撃を受けた様子で固まった。


(ああ、やっぱりこうなったか……)


 その光景を遠目に眺めながら、蒼汰はあきれぎみに心の中でぼやいていた。

 これまでにも蒼汰は、何度か同じような光景を目撃している。

 乃愛は昔からこの手の話題を振られても素っ気なく答えるのみ。普通の女子が食いつくような恋愛の話には興味を示さずに、周囲を困惑させるのが常である。

 だが今回に限っては、周囲の反応が予想していたものとは大きく異なった。

 我に返った女子たちはそろって「おぉ~」と声を上げ、感心しながら拍手まで始めたのだ。


「やっぱり藤白さんって、すごいクールなんだね! そういうの憧れちゃうな~!」

「……どうも」


 質問した女子は目を輝かせていて、乃愛は少し驚いているようだった。

 どうやらこの一年で、『藤白乃愛はそういう人』という認識が学内に広まった影響らしい。

 乃愛が恋愛話に興味を持たないことも、学内のイケメンからの告白を問答無用で断ることも、クールで話し方が少し独特なことも、今や意外なことではないというわけだ。

 要するに、乃愛がちょっと変わった人だという認識が定着し、受け入れられたのだろう。

 この変化がいか悪いかはさておき、恋バナの盛り上がりはさらに過熱していく。


「けどさ、うちらも今年で高二だし、そろそろ彼氏作らないとやばいよね! 来年受験だし」

「あー、華のセブンティーンって言うもんね~!」

「あはは、イマドキその言い回しはどうなん? でもマジであせるわ~、今年こそは勝負しないとやばいっしょ! 乙女的に! 藤白さんもそう思わない?」

「…………」

「藤白さん? おーい」


 乃愛は黙っていたかと思えば、呼びかける声にも無反応のまま、会話の輪から外れる。

 そしてそのまま、蒼汰の隣であるまどぎわ最後列の席に座ったかと思えば、


「おはよう、蒼汰」

「ああ、おはよう乃愛」


 乃愛が名前呼びで挨拶をしてきて、蒼汰も親しげに返答する。

 その光景に女子たちは黄色い声を上げた。普段から乃愛は男子とろくに話もしないことで有名だが、一人だけ例外がいて──それを実際にたりにしたことで興奮したらしい。

 蒼汰はそれらの反応を鬱陶しく思いながらも、乃愛との会話を続ける。


「話の途中だったみたいだけど、抜けてきてよかったのか?」

「問題ない。元々、周囲の意見に左右されるつもりはないし」

「そうは言うけど、もうちょっとあいよくしてもいいんじゃないか?」

「必要ない。私は蒼汰にだけ理解してもらえれば十分だから」


 淡々と口にした乃愛の言葉に、周囲の熱気はさらに増す。

 騒がしい空気の中、蒼汰はわざと周りに聞こえるように告げた。


「そんなことを言うとまた勘違いされるだろ、俺たちはただの『おさなじみ』なのに」


 そう口にした通り、蒼汰と乃愛は『おさなじみ』である。

 二人の関係は十年以上も続いていて、いわゆる家族ぐるみの仲とも言えるほどに良好。それゆえに、乃愛は蒼汰にだけ親密に接してくるのだ。


「べつに、私は勘違いされようが構わないし」

「はいはい、周囲の意見に左右されない人は楽ですね~」

「相変わらずのつれない態度。照れ隠しもほどほどにしてほしい」

「反応しづらい言い方をしないでほしいんだが!? そりゃあ俺だって、時と場所を考えてくれればもう少し丁寧な対応をすると思うぞ!」

「蒼汰なんかもう知らないから」

「ここであからさまに突き放されると、それこそげんをした空気になるだろうが……」


 乃愛はむくれてそっぽを向いてしまう。

 せっかくなんでもない空気を作り出そうとした蒼汰の努力はむなしく、今や完全にげんの状態が生まれている。おかげで周囲は距離を置いてくれたわけだが。

 そうして二人だけの空間ができたことで、蒼汰はふと乃愛の横顔を眺めてみる。

 ぱっちりとした目元に長いまつ、整ったりようと薄い唇。静寂が様になるその理知的な顔立ちには、思わずれてしまうほどだった。


(やっぱりこいつ、黙っていればものすごくわいいよな)


 いくらおさなじみとはいえ、こんな美少女から慕われ、特別扱いをされて悪い気はしない。先ほど照れ隠しと言われたことも、あながち外れてはいないのだ。というか完全に図星であった。


 ──つまり蒼汰は、おさなじみである乃愛にれていた。


 きっかけはわからない。ただ、気づいたときには好きになっていたのだ。

 けれど、この気持ちを表に出すつもりはない。