【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ~すぐ真っ赤になる幼馴染の大好きアピールが止まらない~

第一章 【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ②

 相手は数多あまたのイケメンの告白を振っている乃愛だ。恋愛に積極的とは思えないし、蒼汰がいくら親しいと言ってもそれは家族的な意味合いで、脈があるとは到底思えなかった。

 それにもしも告白すれば、二人の関係は変わるだろう。振られるようなことがあれば、なおさら今までの関係ではいられなくなるはず。

 そうなることは避けたかった。乃愛のそばにいることが、蒼汰にとっては一番大切なことだったからだ。

 所詮はたかの花。変に勘繰られないうちに蒼汰が視線を外そうとしたところで、


「……華のセブンティーン」


 唐突に、ぼそりと乃愛がつぶやいた。


「へ?」


 似つかわしくない単語に蒼汰が困惑していると、乃愛はハッとしてから向き直ってくる。


「その、さっき口にしていた人がいて」

「ああ、十七歳は楽しいことがある──みたいな意味だっけ。まあ高二は大人目前というか、節目の年ではあるよな。話の流れ的には、恋愛方面の意味合いだったんだろうけど……もしかして、乃愛も恋愛に興味が湧いたとか?」

「最近読んだ漫画に同じような単語が出ていたから、少し気になっただけ」


 乃愛はこう見えても漫画やアニメ、ゲームなどのインドアな趣味をたしなむことが多い。

 ただ、理由を説明する乃愛が少しそわそわしているように見えたのは気のせいだろうか。


「まあ、いきなり乃愛が恋愛に興味を持つはずもないか」

「その言い方は私に失礼。有象無象には興味がないだけ」

「あはは、悪かったよ。乃愛だって年頃の女の子だもんな」

「その言い方はちょっとおじさんくさい」

「じゃあどう言えばいいんだよ! ったく、ああ言えばこう言うんだから」

「ともかく、私だって──まあいい」


 担任が教室に入ってきたことで、会話が中断されてしまう。

 続きが気になってモヤモヤする蒼汰を見てか、乃愛はほほみながら声をひそめて言う。


「──今日の放課後、話があるから教室で待ってて」

「え、ああ、わかった」


 気の抜けた反応をする蒼汰に構わず、乃愛は前方に向き直る。

 この流れでそんなことを言われると、つい都合のい解釈をしそうになるわけで。

 とはいえ、蒼汰が面を食らったのも一瞬のこと。乃愛の気まぐれや思いつきに振り回されるのは、何もこれが初めてじゃない。きっと先生に呼び出しを受けて困っているだとか、掃除を手伝ってほしいだとか、そういった手合いの用件に違いない。

 でも、一つだけ気がかりなことがあった。

 それは、乃愛が恥じらうように顔を赤くしていたことである。


(……まさか、な)


 頭に一瞬浮かんだ雑念をすぐさま振り払い、蒼汰も前方に向き直る。

 きっとなんてことはない、いつもの日常の延長だろう。

 そう考えて、蒼汰は自分を納得させるのだった。


 こうやってずっと、蒼汰さえ気持ちに蓋をしていれば、乃愛との関係は変わらないものだと思っていた。

 ──このときは、まだ。



 放課後を迎えた。

 蒼汰は呼び出しの件が気になって、授業中も休み時間もずっと落ち着かずに過ごしていたので、ようやくといった気持ちである。

 掃除が終わると大半の生徒はいなくなり、数分もすれば誰もが教室を後にした。

 おかげで現在、夕日差し込む教室の中には蒼汰と乃愛の二人きり。

 ぼんやりと窓の外を眺めていた乃愛が、ちらりと視線を向けてくる。


「やっと二人きりになれた」

「えっと、そうだな」


 淡々とした口調はいつもと変わらないが、乃愛の頰に朱が差しているのがわかる。どことなく表情もこわっているし、これは夕焼けのせいだけじゃないだろう。

 そのことに気づいて、蒼汰は喉の渇きを覚えるほどに緊張する。

 乃愛がふぅと一息ついてから席を立ったことで、蒼汰もつられて立ち上がる。

 二人の間には妙な緊張感が漂っていた。

 夕日に照らされて、乃愛のつややかな髪が淡いオレンジ色に光る。その髪を片耳にかけると、乃愛は頰をかすかに赤らめたまま、視線を向けてきて言う。


「実は蒼汰に相談というか、聞いてほしいことがあって」


 いつになく真剣なその表情に、声のトーンに、蒼汰はうなずくことしかできなかった。

 それを確認した乃愛は意を決したように口を開く。


「これは、トモダチの話なんだけど……」




 躊躇ためらい交じりに視線を泳がせながらそう切り出した。


(そ、それって……)


 まず聞いたときに蒼汰が思ったのは、『これって乃愛自身の話なんじゃ?』ということ。

 なぜならこの『トモダチの話』という前置きは、自分の相談話を持ちかける際に使う照れ隠しだったり、遠慮なく自分語りをする目的で使われる、いわばテンプレ的な文言だからだ。

 ゆえに、蒼汰はこの場の緊張感をほぐすつもりで、軽口をたたくように言う。


「そんなこと言って、乃愛の話なんじゃないのか?」

「ち、ちがっ……私じゃなくて、トモダチの話だから! ちゃんと話を聞いて」


 慌てながらも、乃愛は必死な様子だ。

 蒼汰は少し悪いことをしたなと思いつつ、再びうなずいてみせる。

 すると、乃愛は大きく深呼吸をしてから口を開く。


「──これはトモダチの話なんだけど、蒼汰のことが好きみたいなの」


「えっ」


 蒼汰は間抜けな声を漏らしてから、口をあんぐりと開けて固まってしまう。

 あまりにも予想外のことを言われたせいで、頭の中で理解が追いつかないでいる。

 目の前にたたずむ乃愛は、心なしか先ほどよりも顔が赤くなっている気がした。

 状況を整理すると、乃愛の話に出た『トモダチ』とやらは蒼汰のことが好きらしくて、でもこの話には『トモダチの話』という前置きがあったわけで、つまりは──


「お、おまっ、俺のことが好きだったのか!?」

「なんでそうなるの!? トモダチの話! 誰がいつ私の話って言った!?」


 乃愛は顔を真っ赤にしながら言い張るが、蒼汰の方だって思うところがある。


「それなら、トモダチって誰だよ? 乃愛が誰かに恋愛相談をされるイメージなんかないぞ」

「ノーコメント、言えるわけない。トモダチは裏切れないし」


 まあ、そう答えることは予想できた。相手の名前を言えるなら、初めから『トモダチ』だなんて濁した言い方はしないだろう。

 こうなれば、次に蒼汰が言うことはただ一つ。


「何よりも、自慢じゃないが、俺は自分に好意を持ってくれるような女の子にはじんも心当たりがないんだ! でも唯一、身近にいる乃愛が消去法で残るって話なら納得はいく!」

「うわ……ほんとに自慢ができない主張を堂々としてくるとか、痛々しくて聞くに堪えない」

「事実なんだからしょうがないだろ! 今さらおさなじみを張るつもりもないしな!」


 引きぎみに辛辣な意見をいただいたが、説得力は十分のはずだ。

 だというのに、乃愛は不満そうに見つめてくる。


「とにかく蒼汰がどう思おうと、これはトモダチの話。その上で、蒼汰は相談を聞くつもりがあるのかどうか答えて」


 昔から乃愛は変なところで頑固だった。今回も、折れるつもりはないのだろう。

 こう言われた以上、蒼汰は静かにうなずくほかなかった。


「わかったよ、ひとまずはトモダチの話ってことで相談に乗る」

「ありがと。……って、どうしてニヤニヤしてるの? 気味が悪いんだけど」


 おっと、うれしさが顔に出てしまっていたらしい。

 ひとまずはトモダチの話という前提で話を聞くことにしたが、蒼汰の中ではすでに『トモダチ=乃愛』という線でまとまっているのだ。これが喜ばずにいられるはずもない。

 何せ、乃愛は蒼汰を好きということになる。今まで乃愛はそんな素振りを見せなかった気がするが、素直になれなかったと考えれば乃愛らしいとも言えるのだ。

 ゆえに、蒼汰は浮かれていた。気持ちが高揚し、顔がニヤつくのも無理はなかった。


「そーうーたー?」

「ハッ!? 悪い悪い、俺を好きな女の子がいるって聞いたからつい舞い上がっちゃって」