【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ~すぐ真っ赤になる幼馴染の大好きアピールが止まらない~

第一章 【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ③

「蒼汰も、やっぱりうれしいものなんだ」


 乃愛はつぶやきながら、複雑な表情をしていた。

 曇りがちなその顔を見ていられなくて、蒼汰は続きを促すことにする。


「でも、どうしてその話を俺本人に相談しようと思ったんだ?」

「えっと、私がトモダチに協力をする上で、蒼汰に聞きたいことがあって」

「なんだ?」

「──蒼汰は、どんな女の子がタイプ?」


 問いかけてきた乃愛は、見るからに緊張していた。

 彼女の緊張がでんした気がして、蒼汰も身体からだこわらせる。


(ここで馬鹿正直に乃愛が理想なんて、言えるはずないよな……)


 先ほどの威勢はどこへやら。こちらが答える番になれば、途端にある思考が脳裏をよぎる。

 ──もしも、違ったら?

 本当に『トモダチ』という存在がいて、乃愛が蒼汰のことを好きではない場合を想像してしまう。そんな弱腰の考えが頭に浮かんだことで、蒼汰の気持ちはすっかり萎縮していた。


「……優しい子、とか?」

「なにそれ。全く参考にならない」

「う、うるさいなっ、まさか乃愛から恋バナをされるとは思わなかったんだよ! だいたい、俺だって恋愛経験はないんだし、こっちにも心の準備というやつがだな……」


 話している間にも、乃愛のジト目が刺さってくる。

 確かに先ほどの答えはダメなやつだった。もう少し踏み込んだことを口にするべきだろう。


「あとは、その……一緒にいて、気を張らないで済む相手とか」

「ふむふむ」


 乃愛は興味深そうにスマホへメモをしている。

 これぐらいの答えであれば、よくある問答のはんちゆうだろう。

 そこで乃愛はため息交じりに言う。


「じつは今のところ、トモダチはこれっっっぽっちも蒼汰に恋愛対象として意識してもらえてなくて、だからまだ告白する勇気が出ないみたいなんだけど……そういう場合、どうしたらいいと思う? 蒼汰ならどんなことをされたら、そういう相手を女の子として意識する?」


 やけに「これっっっぽっち」の部分のタメが長かったが、それほどまでに蒼汰は唐変木だと思われているのか。


(まるで俺が悪いみたいな言い方だけど、そんなに乃愛はアピールしていたのか?)


 そこばかりが引っかかるせいで、なかなか考えがまとまらない。


「そんなことをいきなり聞かれてもな……」

「じゃあ、普通の男子の場合でもいい。蒼汰が思いついたものを教えて」

「普通の男子だったらやっぱり……──ギャップ、とか? たとえば、普段大人しい子が女の子っぽいかつこうをしてきたりとか、そういうのを見せられたら意識するかもな」

「ギャップ、ね。なるほど、参考にさせてもらう」


 乃愛の反応からして、納得のいく答えが得られたらしい。

 スマホをかばんにしまって、すでに帰る準備を始めている。


「もう終わりなのか?」

「うん」

「マジか」

「マジ」


 てっきりこの流れなら、『好きな人はいるのか?』みたいな踏み込んだ質問をされてもおかしくないと思ったが、質問タイムは終了らしい。

 蒼汰もこの場でいきなり告白をしようなどとは思っていなかったが、どうにも肩透かしな気分になってしまう。

 だが、乃愛の方は満足そうに、照れぎみな笑顔を向けてきて、


「今日はありがと。ひとまず方向性はわかったし、とりあえずは大丈夫。それじゃ、帰ろ」

「お、おう」


 自分を好きな相手だと意識したせいだろうか。おさなじみがいつも見せている笑顔が、妙にわいく思えて仕方がない。

 蒼汰は心臓をドギマギさせながらもかばんかついで、教室を出ようとする。

 と、前方を歩いていた乃愛が唐突に振り返って──


「チラリ」


 そう言って、乃愛はスカートの裾をいきなりつまんでみせた。


「──ッ!?」


 僅かにめくられたスカートからは、白い太ももがのぞいている。

 言葉通り、チラ見えである。

 当然、蒼汰の視線はくぎけになり、奥の布地を想像してしまう。

 だが、そこでスカートの裾は元に戻ってしまった。


「…………なんのつもりだ」


 お預けを食らった蒼汰が恨めしい視線を向けると、乃愛はいたずらっぽくほほんでみせる。


「蒼汰の言う通り、確かに『ギャップ』は効果的みたい」

「おまっ、男子の純情を弄んだのか……っ!?」

「フッ、案外チョロい男だと言っておこう」

「くぅっ……こいつ、覚えてろよ」


 具体的な仕返し方法は思いついていないが、いつかやり返してやろうという気になる。

 でもまさか、乃愛がギャップをこんな風に解釈してくるとは。

 普段のれんな乃愛には似つかわしくない、ちょっぴりえっちな仕草との取り合わせ……。

 うん、確かにこれは素晴らしいギャップかもしれない。


「蒼汰、顔がやらしくなってる」


 自分から仕掛けてきたくせに、平然とジト目を向けてくる乃愛。


「仕方がないだろ、これでも年頃の男子高校生なんだから」

おさなじみが相手でも、そういう気持ちになるんだ?」


 尋ねてくる乃愛は、再びほほんでいて。

 その笑顔がうれしそうに見えたのは、きっと気のせいじゃないはずだ。


「いくらおさなじみとはいえ、異性同士には違いないんだからな……っ」

「ふ~ん、へ~」


 からかうような態度の乃愛に続いて、蒼汰はやれやれと嘆息しつつ教室を出た。


 夕暮れ時の下校道を並んで歩く。

 少し歩いたところでコンビニが見えてきて、それから五分ほど歩くと、今度はせんじきに差し掛かる。

 このせんじきは蒼汰と乃愛にとって、みのある場所だ。

 川の近くでは、小学生らしき少年少女が石を投げて遊んでいた。まだ初夏と言うには早い時季だというのに、半袖短パンの元気な姿が目につく。


「やっぱり元気だなぁ、小学生は」

「蒼汰もまぜてもらえば?」

「いや、べつにまざりたいわけじゃないって……。行ってもせいぜいオモチャにされるのがオチだろうしな」

「大丈夫、蒼汰ならきっと仲間として歓迎されるはず」

「乃愛の中で、俺がどういう扱いなのかはよくわかったよ」

「何事もしよしんは大事」


 ドヤ顔でいことを言ったとばかりに、乃愛が鼻を鳴らす。


(もういつも通りって感じだな)


 先ほど恋愛相談をされたときには、あの乃愛がついに大人になったのかと思ったが、こうして普段通りの姿を見るとホッとする。

 もしもどちらかが告白をしたら、二人の関係は変わるはずだ。蒼汰がわの好意は我慢をすれば済んだが、乃愛がわの気持ちまではどうしようもない。そうなった場合は、腹をくくるまでだ。


「蒼汰?」

「ん、なんだ──って、近っ!?」


 考えを巡らせていたら、乃愛がこちらをのぞき込んでいた。

 その距離が近くて、蒼汰は目をらしてしまう。

 これも、乃愛が自分を好きかもしれないと意識した弊害だった。端的に言って、直視ができそうにない。


「目をらした。恥ずかしいの?」

「近くて驚いただけだ。そっちこそ、顔が赤いじゃないか」

「じゃあ、お互い様ってことで」

「それでいいよ、もう」


 心臓に悪い。浮かれた気持ちのせいで、蒼汰の方が普段通りでいられる自信がなかった。

 それからは会話らしい会話も弾まないまま、Y字の分かれ道に到着する。

 街灯とカーブミラーが中央に設置されたこの分かれ道は、蒼汰と乃愛が別れる場所だ。

 朝が弱い乃愛に合わせて登校は別々だが、下校時にはいつもこのY字の分かれ道まで一緒に帰るというのが、二人の習慣になっていた。


「そ、それじゃあ、また明日な」

「う、うん、また明日」


 こちらに向かって小さく手を振る乃愛の頰は、相変わらずほんのり赤く染まっていて、それが蒼汰の鼓動をドギマギさせる。