【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ~すぐ真っ赤になる幼馴染の大好きアピールが止まらない~

第一章 【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ④

 きっと今は、自分も乃愛と同じように赤面していることだろう──と蒼汰は思いながらも、照れ笑いを浮かべて歩き出す。


「蒼汰」


 少し歩いたところで背中に声をかけられたので、ゆっくりと振り返る。

 すると、やっぱりまだ顔を赤くしたままの乃愛が、勇気を振り絞るように両手を握り込み、


「……ありがと。話を聞いてくれてうれしかった」


 そうささやくように告げてから、乃愛は背中を向けた。

 普段の乃愛はクールで淡々としていて、ツンとした態度も多いが、こういうところではりちだったりするのだ。そのつかみどころのなさに、わいげを感じるのはおさなじみひいだろうか。

 乃愛と別れてから、蒼汰は夕焼け空の下を一人で歩く。


「……まあ、なるようになるか」


 先行きを思いながら、ともすれば投げやりな風に独り言をこぼす。

 ドクン、ドクン……。

 でも実は、いまだに胸の鼓動が高鳴ったままである。

 おさなじみとの関係が変わるかもしれない──これは見方を変えれば、チャンスだ。

 少なくとも、蒼汰にとっては大きな分岐点となるはずで。

 だからこそ、選択を間違いないようにしたいと思う。

 これからの日々に期待と不安を感じながら、蒼汰は帰路に就いた。



 翌日。

 蒼汰は始業の三分前に登校したにもかかわらず、まだ乃愛の姿はなかった。

 結局、乃愛がやってきたのは始業のチャイムが鳴るのとほぼ同時であり、乃愛が席に着いたところで担任が教室に入ってきた。


「お、おはよう、乃愛」

「おはよう」


 蒼汰なりにいつも通りを意識して挨拶したものの、少々ぎこちなくなった自覚がある。

 と、何やら違和感を抱く。具体的には、乃愛の血色がいつもよりい気がした。


「ん? なんか、いつもと違うような……」

「そう? 気のせいじゃない?」


 などと言いつつ、乃愛はどことなくうれしそうだ。

 乃愛はかばんから手鏡を取り出したかと思えば、前髪を整え始める。その集中力ときたら起立の号令がかかっても反応しないほどで、そのまま日直が「礼」と「着席」を口にしたので流されたが、担任が苦笑いを浮かべているのが遠目にもわかった。


「おい、乃愛?」

「話しかけないで」

「お、おう……」


 どういう心境の変化かはわからないが、今は蒼汰相手にも取り合うつもりはないらしい。

 朝のHRが始まってからも、乃愛は手鏡とにらめっこの状態を続けていた。その横顔をなんとなく蒼汰は眺めていたのだが、なぜだかとても新鮮な気持ちになった。

 長いまつ、整ったりよう、薄く形のい唇──見慣れているはずのおさなじみの横顔を見ているだけなのに、どうしてだか蒼汰は目が離せなくなってしまう。

 極めつきは、リップクリームを塗る仕草だ。普段の彼女からは感じたことのない『色気』がある気がして、思わず生唾を飲み込んだ。


(ああ、だめだ。これは完全に昨日のことを意識しちゃってるな……)


 自覚していても、やはり乃愛からは目が離せない。

 ──乃愛が自分を好きかもしれない。

 そう考えるだけで、今でも顔がニヤつきそうになってしまう。

 乃愛の横顔を眺めながら妄想をしているうちに朝のHRが終わり、ちょうど担任が教室を出ていったところで、乃愛は「よし」と掛け声を発する。どうやら整え終わったらしい。

 その辺りで、一人の女子生徒がこちらに近づいてきた。


「おっす。今日の瀬高は普通みたいね」


 声をかけてきた彼女の名前は、くらはしやちよ。

 黒髪ショートボブが似合う優等生気質で、クラス委員を務めている。コミュ力が高く、去年も蒼汰・乃愛の両方と同じクラスだったことから割と話しやすい相手だ。

 昨日の蒼汰は呼び出しの件を気にしてそわそわしていたので、心配してくれていたらしい。


「心配ありがとな、くらっしー。今日は平常運転だから安心してくれ」

「どういたしまして、ならよかったわ。──というか、その呼び方いい加減にやめなさいよ」


 やちよ本人からは全く気に入られていない、『くらっしー』というあだ名をつけたのは蒼汰だ。名字の倉橋をもじったものである。

 今のところ蒼汰以外は名前の方をもじって『やっちゃん』だとか、もしくは『倉橋さん』と普通に呼んでいるが、乃愛はやっちゃん呼びの方で定着していた。

 とはいえ、やちよは蒼汰たちと放課後に遊んだりはしない。あくまで『それなりに』仲がいクラスメイトといった間柄で、彼女が乃愛の『トモダチ』というのは違う気がした。

 ──と、そこでやちよが何かに気づいたようで、乃愛の顔をじっと見つめる。


「あれ? もしかしてだけど、藤白さんって今日メイクしてるよね? ナチュラルメイクって感じで、すっごく似合ってるよ!」

「あー、なんか違うと思ったらそれか。確かに自然な感じでいかもな」


 蒼汰もやちよの意見に同調したところで、乃愛はボッと顔を赤く染める。


「フッ、フフフ……もっと褒めるがいい」

「うわ、顔真っ赤じゃない。藤白さんは乙女でわいいなー。口調はまあ、残念なことになってるけど……。でも、一体どういう心境の変化? 瀬高となんかあったとか?」

「それは内緒」

「えー、教えなさいよー、気になるじゃなーい」

「う、やっちゃん近い」


 女子同士がイチャイチャしている間にも、蒼汰は思考を巡らせる。

 乃愛が普段はあまりしないメイクをいきなり頑張ってきたということは、何かしらの意図があってもおかしくない。

 もしかしたら、乃愛なりに『ギャップ』を意識してのことかもしれなかった。


(でも、どうして乃愛が俺にギャップを見せる必要があるんだ? 昨日の話はやっぱり、乃愛自身の話だったってことなのか?)


 意図をろうと視線を向けたところで、乃愛と目が合ってしまう。

 二人は数秒見つめ合った後、同時に視線をらした。


「へぇ~。二人でアツ~く見つめ合っちゃって、なんだか怪しいなぁ」


 からかうようにやちよから言われて、蒼汰は慌てて取り繕う。


「そんなんじゃないって。というか仮にそうだったとしてもからかうなよ、エセ優等生」

「誰がエセだ! 確かにわたしは成績も中の上で、あんたよりもテストの点数はよくないはん者な優等生かもだけど、そのぶん授業態度はうんでいがあるんだからね!」


 どうやらやちよの地雷を踏んでしまったらしく、ボルテージが急上昇している。

 自慢じゃないが、蒼汰はテストの成績がい。自称・優等生であるやちよより、いつも一回りくらいは上だ。とはいえ、それは蒼汰が部活もバイトもやっていないからだが。


「まあまあ、そう怒るなよ。くらっしーはバレーボール部とバイトの掛け持ち状態だし、暇人の俺とは勉強量が違うのも仕方ないんだからさ。俺がエセって言ったのは、クラス委員のくせに男女の仲を冷やかすのはどうかって思ったからだし」

「そりゃあ、わたしも悪かったけど……でも、女子たるもの気になるじゃん、そういうの」

「へー、優等生でも他人の恋バナは気になるものなんだな」

「優等生とか関係ないから。女子高生はこの世で二番目に他人の恋バナが好きな人種なのよ」

「一番は?」

「女子中学生。もしくはOL」

「幅広いな、女子の恋バナ好きは。でも巻き込まれる方は面倒この上ないんだぞ」

「だから悪かったって、ちょっとは反省してる。からかってごめんなさーい」

「いいさ、許してやろう。俺もエセって言ってごめんな」

「はいはい、おあいこってことね」


 そんな軽口をたたくようなやりとりが済むと、やちよは「そろそろ一限が始まるし、わたしは席に戻るわ~」と言って、自分の席に戻っていった。