【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ~すぐ真っ赤になる幼馴染の大好きアピールが止まらない~

第一章 【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ⑤

 ちなみに、蒼汰と乃愛が恋仲かどうかという問いについては、入学当初から数えきれないほど受けてきた。その全てを蒼汰が『ただのおさなじみ』と一貫して説明したことで、今となっては表立って疑う者も少なくなったわけだが。

 だからこそ、いまだにからかってくるやちよみたいな相手は少数派だったりするわけで、実はそこまで面倒でもなかったりする。

 ──と、そこでふと隣に視線を向けたら、またもや乃愛と目が合った。

 どうやら蒼汰とやちよが言い合っている間も、ずっと蒼汰のことを見ていたらしい。


「……どうかしたか?」

「べつに?」

「そうか」


 と言う割に、チラチラとこちらを見てくる。

 それは授業が始まってからも続き、蒼汰は集中することができずにいた。

 このままだと精神衛生上よろしくないので、気になったことを小声で尋ねてみる。


「(なあ、乃愛。いきなりメイクをしてきたこともそうだけど、今チラチラ見てきているのも、昨日話した『ギャップ』が関係しているのか? ほら、色気的な感じで)」


 教師にバレないよう声をひそめて尋ねてみると、乃愛はふいっと視線をらし、


「(今は授業中だから、話は後で)」

「(いや、授業中ならチラ見してくるのもなんとかならないか?)」

「(ならない)」

「(でも乃愛が俺にギャップを見せてくるってことは、やっぱり昨日の話は乃愛のことだったんじゃ──)」

「(あれはトモダチの話。今だって私は、トモダチの参考にするために行動しているだけ)」


 遮るように言い切られたことで、蒼汰は口をつぐむしかなくなる。

 そうして結局、授業中も休み時間もずっと、乃愛からチラチラ見つめられるのだった。


 ひと通りの授業が終わり、放課後を迎える。

 ずっと視線を向けられていたせいか、蒼汰はとても気疲れしていた。

 とはいえ、あとは乃愛と一緒に下校するだけだ。

 校舎を出て、蒼汰がホッと一息ついたのもつか、乃愛がこちらを気にしたかと思えば、


「えいっ」


 ──むぎゅっ。

 わいらしいかけ声とともに、いきなり乃愛が腕に抱きついてきたではないか。


「な、なんだよいきなり!?」


 ひたすら動揺する蒼汰。

 蒼汰の腕には今、とんでもなく柔らかい感触が伝わってきていた。

 ふにゅん、と柔らかなその感触は間違いなく乃愛のおっぱいで……蒼汰の頭はまともに働かなくなる。


「なんか、我慢できなくなって」


 そう告げた乃愛は言葉の割に、普段通りの淡々とした調子だ。

 これではまるで、元々こうすることを決めていたかのようなわざとらしさを感じてしまう。


「我慢ができなくなったって……。まだ学校の近くだし、他の生徒もいるんだぞ? さすがに目立っているというか……」


 まだ周囲には他の生徒の姿もあり、大声を出したことで注目を浴びてしまっていた。


「目立っているのは主に、蒼汰が大声を上げたせい」

「そ、そうかもしれないけど! でもそれは……」

「それは?」


 おっぱいが当たっているからだよ、とは公衆の面前で言えるはずもなく。

 仕方がないので腕を組んだまま早歩きして、せんじきの辺りまでやってきた。

 この辺りまで来れば、同じ学校の生徒の姿はほとんどなくなる。


「……さて、そろそろワケを説明してもらおうか」

「もう説明したけど? それに、これぐらいのスキンシップなら今までにもあったはず」

「そりゃあ、子供の頃にはな! でも、昔とはいろいろ違うだろ」

「おっぱいのサイズとか?」

「そうだよ! ちょっとお前デカくなりすぎなんだよッ! じつは今も俺の腕にめちゃくちゃ当たってるんだからな!?」

「フッ、大丈夫。わざと当てているから」

「全然大丈夫じゃないんだが!? 俺はおさなじみをそんな子に育てた覚えはねえ!?」


 乃愛にはしたり顔で言い切られたが、これには蒼汰もびっくりである。

 まさかとは思うが、この乳当ても『トモダチのため』で『ギャップ』の一環なのだろうか。


「そんなに言うなら、ひとまず離れることにする」


 乃愛はむすっとしながら離れていき、蒼汰の腕にあったはずのぬくもりがなくなる。

 内心ではとても残念に思いながら、蒼汰は顔を引き締めて向き直った。


「あのな、これは俺の言ったギャップとは少し違うと思うんだ」

「どう違うの?」

「どう違うって……そりゃあ、さりげなさが足りないというか」

「ん?」


 乃愛がいぶかしむような目つきで見つめてくる。

 強い視線に耐えきれず、蒼汰は目をらしながらも説明を続ける。


「もうちょっと控えめでもいいというかだな、こう、時と場所はわきまえるべきだと思うんだよ」

「てっきり『えっちなことはダメ』って言うのかと思ったけど、違うの?」

「……完全にダメってわけじゃない」

「じぃーっ」

「そんな目で見るなよ! しょうがないだろ、多少はグッとくるものがあったんだから! 俺だって健全な男子高校生なんだよ……っ」


 誰に言い訳をしているのかわからなくなったが、蒼汰は嘆くように訴えかけた。

 すると、乃愛はニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせる。


「なるほど、言いたいことは理解した。つまり、直接的なスキンシップばかりでは芸がないということね」

「いや、ん? なんか違うような……」

「皆まで言わずともいい。趣向を凝らすのは必要だったかもしれない」

「だからそうじゃなくて! ……というか、どうして乃愛がここまでするんだよ? トモダチのためとか抜きにしても、ちょっと頑張りすぎだぞ?」


 このままではよからぬ方にエスカレートしそうなので尋ねると、乃愛はうつむきがちに答える。


「こうでもしないと、蒼汰は私のことを女の子として見てくれないから」

「えっ……」


 その言葉は、蒼汰にとって予想外のものだった。

 けれど、これは乃愛が長年抱え続けてきた悩みなのかもしれない。

 確かに蒼汰は乃愛を異性である前に、大切な『おさなじみ』として──もっと言えば家族同然の存在として扱うことを優先してきた。

 それが彼女にとってかせとなっていたのであれば、蒼汰にだって責任はあるだろう。

 加えて、わかってはいたつもりだが、ここまで言わせれば確信してしまう。


(やっぱり乃愛のやつ、俺のことが……)


 でも、ここで蒼汰が自身の気持ちを打ち明けるのは違う気がした。

 何よりも、蒼汰にはその覚悟がまだできていなかった。

 ゆえに、せめてもの気持ちで告げる。


「こ、ここまでしなくたって、乃愛が女の子だってことは十分わかっているつもりだ。でも、そのことで不満を感じさせていたなら謝るよ、悪かった。この際ちゃんと言っておくと、乃愛は俺にとってしっかり女の子だぞ! それだけは間違いない──って、俺はおさなじみ相手に何を言ってるんだ!?」


 言い切る前に恥ずかしくなって、自分でツッコミを入れてしまった。

 すると、乃愛はうれしそうにほほんで。


「うん、ならいい。私が女の子として見られないと、トモダチのために動いても効果がわかりづらかったから」

「お、おう」


 やはりこれまでの行動はトモダチのためだったようで、乃愛がそう言うのも納得である。

 でも理由はどうあれ、乃愛が蒼汰から異性として見られたいと思うその気持ちは、蒼汰にとってはうれしいものだった。

 互いの思いをぶつけ合ったからか、その後の帰り道はどこか和やかな雰囲気が漂っていて。

 いつもの分かれ道に着くと、蒼汰と乃愛は笑い合う。


「それじゃ、また明日」

「うん、また明日。──バイバイ」


 小さく手を振って、乃愛はひょこひょこと軽い足取りで帰っていく。

 その背を見送ってから、蒼汰も歩き出す。


(じつは、乃愛から告白されるのも秒読みだったりして……なんてな)


 などと蒼汰は浮かれ気分になりながら、夕焼け空を見上げる。

 もしも告白された場合、自分はどう答えるのか……その想像はできそうになくて。

 でもなんとなく、そのときが来れば自然と素直に答えられるような気がした。