【恋バナ】これはトモダチの話なんだけど ~すぐ真っ赤になる幼馴染の大好きアピールが止まらない~

第二章 【デート】可愛いあの子と急接近してドキドキ大作戦 ①


 翌朝は、平和なものだった。

 乃愛が過度なスキンシップやアプローチをしてこなかったからだ。

 蒼汰からすれば少々物足りないような気もしたが、元の距離感に戻ったと思えば、居心地は良かった。

 ちなみに現在、下校時のイチャイチャのせいで一部の間では『とうとうあのおさなじみコンビがくっついたか?』と話題になっていたが、付き合っていないことを知るやちよなどによってそのうわさは否定され、周囲からは様子見をされているような状態である。

 つまりはいつも通りの状況で、乃愛が次に動き出すのを待つような形になっていた。

 嵐の前の静けさ、とでも言えばいいのだろうか。

 ──事態が動いたのは、そんなときだった。


「ん? なんだこれ?」


 四限の体育で持久走をこなした後、校庭から戻ってきた蒼汰が靴を履き替えようと箱を開けたところで、何かが入っていることに気づく。

 それは手紙だった。ハートのシールで封をされていて、差出人の名前は書かれていない。


「…………」


 ごくり、と思わず生唾を飲み込む。緊張に手が震えるのがわかった。

 何せ、どう見てもラブレターだ。漫画やアニメの中では見たことがあったが、まさか自分が受け取ることになるとは夢にも思っていなかったわけで。

 周囲に他の生徒がいなくなるのを待ってから、おそるおそる中身を確認してみると、ピンク色の便箋にわいらしい丸文字がつづられていた。


『大事な話があるので、昼休みに体育館裏まで来てください。待ってます』


 ……やはり間違いない、これはラブレターである。


「は、はは……」


 蒼汰は変な笑いをこぼしてしまう。周りに誰もいなかったのは幸いである。

 差出人の名前は、やはり便箋にもつづられていない。

 だがしかし、蒼汰の中では相手の目星がついていた。

 ──藤白乃愛。

 おさなじみである彼女こそが、このラブレターの差出人だろうと確信してしまったのだ。


(──ついにこのときが来たか!)


 内心でそう思うなり、自然とガッツポーズを決める。

 だが、こういうときこそ冷静になるべきだ。冷静に、冷静に……──


「って、なれるかぁ~~~~ッ!」


 つい大声で叫んでしまった。

 乃愛に告白をされると思っただけで、心が打ち震えていたからだ。

 けれど、叫んだことで少しだけ冷静さを取り戻した。

 同時に、二人の関係性が変わることを予感する。

 どちらかが告白すれば、結果がどうであれ、今の関係ではいられない。──ここ数日の間に幾度となく考えさせられてきたが、今がもっとも強く実感していた。

 不安がないと言えばうそになる。だが、それと同じくらいにたかぶってもいた。

 ──キーンコーンカーンコーン……。

 と、ここで昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴る。

 相手を待たせるのは悪いし、臆してばかりもいられない。

 まずは更衣室に向かって着替えを済ませた後、教室には戻らずに体育館裏へと直行する。もしも教室で乃愛と顔を合わせたら気まずいし、あちらだってそれは同じはずだからだ。

 女子の方も体育の後だから着替えに時間がかかるだろうし、おそらくはこちらが待つことになるだろうと思いつつ、自然と早足になる。

 期待と緊張を胸に、蒼汰は約束の体育館裏へと到着し──


「っ!?」


 まず驚いた。先客がいたのだ。

 しかも、そこにいたのは乃愛じゃなかった。

 くりいろの髪をサイドテールにした派手めな女子生徒。リボンの色からして一年生のようだ。

 彼女と面識はない……と思う。新入生なわけだし、初対面のはずである。

 もしや、手紙とは無関係の相手とたまたまバッティングしたのでは──と思ったが、こちらに気づいた彼女がパァッと顔を華やがせたのを見て、その可能性は消え去った。


「瀬高センパイッ、どうもです!」


 彼女は元気に手を振りながら近づいてくる。

 名前を知られていることに蒼汰が驚いていると、相手の女子生徒は改まって言う。


「一年のなつあかねといいますっ。今日はいきなりお呼び立てしてすみません!」


 やはり手紙の差出人は彼女──茜で間違いないようだ。

 蒼汰自身、こういう派手なタイプの女子と話す機会は少ないので、後輩相手とわかっていても緊張してしまう。


「えっと、どうも初めまして。二年の瀬高蒼汰です」

「あ、はいっ、知ってます!」


 あちらも緊張しているのが伝わってくる。

 この状況に軽くパニックを起こした蒼汰は、『告白を日和った乃愛が代役を寄こしたのか?』なんて考えたが、ひとまず雑念を振り払う。全ては、どうせこれからわかることだからだ。

 互いに自己紹介を済ませたからか、茜は急に真剣な顔つきになる。


「それで、あの、さっそく本題なんですけど……」

「ああ、うん……」


 二人の間の緊張感が高まる。

 そこで茜はずいっと距離を詰めてきたかと思うと、


「──あなたのことが好きになっちゃいました! よければあたしと付き合ってください!」


 伝えてきたのは、そんな直球の告白。

 人生初の告白をされて、蒼汰は激しく動揺していた。

 なぜ俺を好きに? とか、初対面なのにきっかけは? といった疑問は多々浮かんだ。

 けれど、まず真っ先に思ったのは──



(──まさか乃愛のやつ、本当にトモダチの話だったのかよ!?)



 その一点だった。

 乃愛の話に出たトモダチの条件──それは、『蒼汰を好き』だということ。

 これほどな条件を満たす女子が乃愛以外に現れたのだから、『トモダチ=茜』で間違いないだろうと、このときの蒼汰は考えていた。

 パキッ。

 唐突に後方から枝の折れるような音がしたことで、考え込んでいた蒼汰は我に返る。

 ひとまず今はいろいろ考えるよりも、茜の告白に対して向き合うべきだろうと思い直した。

 自分のありのままの気持ちを込めて──


「ごめん、君とは付き合えない」


 蒼汰が返事を告げると、茜は「はい……」と消え入りそうな声で反応する。

 それから茜は視線をぐに向けてきて、


「理由を聞いてもいいですか?」


 そう尋ねられて、蒼汰は少し考えてから気持ちを伝える。


「大事にしたい相手がいるから、かな」

「……そうですか、わかりました。えっと、今日はありがとうございました!」


 最後はからげんきで笑顔を作ってから、茜は一礼をして去っていく。

 その背中を見送りながら、蒼汰は罪悪感にも似た感情が胸に生まれるのを感じていた。


「はぁ……最低だな、俺」


 後悔にも似た独り言をぐちる。せっかく茜がおもいを伝えてくれたというのに、頭の中は別の相手のことで占められていたからだ。

 こういうときには誠実に対応するべきだとわかっていても、どうしてもできなかった。

 蒼汰の頭の中は、今も『乃愛』のことでいっぱいである。


「トモダチ、ねぇ……」


 これまでトモダチなんてものは方便で、好意を伝えられない乃愛が作り出した架空の存在だと決めつけていたが、茜の告白によってその前提がかいしたわけだ。

 茜が乃愛と面識があるのかどうかはわからないが、最も重要なのはそこじゃなくて。

 蒼汰に対して好意を抱く相手が現れた。その相手は乃愛じゃない。

 つまりそれは、乃愛が蒼汰に好意を抱いているとは限らないことを意味する。

 よって、蒼汰と乃愛の関係は振り出しに戻ったようなものだった。


「あー、これからどうすっかなー」


 昼下がりの空を見上げながらぼやく。

 乃愛のことは好きだ。

 でも、乃愛が蒼汰を異性として好きではない以上、やはりこの気持ちを表に出そうとは思わない。乃愛と一緒にいることが、蒼汰にとっては重要なことだからだ。

 ここで考えていても仕方がないし、難しいことは二の次にして教室へ戻ろうと思ったとき、スマホが新着メッセを通知する。

 差出人は乃愛だった。


『またトモダチの話があるから聞いてほしい』


 一方的な短文を見て、蒼汰は苦笑してしまう。

 なんとなくだが、乃愛はまだトモダチが──茜が告白して振られたことを知らないんだろうなと、このとき蒼汰は思った。

 トモダチが──茜が振られたことを知ったとき、乃愛はどう行動するのか。

 はっきり言って未知数だ。

 多分、予想するだけ無駄なんだろう。


「ともあれ、腹が減ってはなんとやら。まずは昼飯だな」


 ひとまず乃愛宛てに『話を聞くだけならいくらでも。協力するかは聞いてから考えるよ』と返信して、蒼汰は歩き出す。

 乃愛とのやりとりがあったからか、不思議とその足取りは軽い気がした。