青春2周目の俺がやり直す、ぼっちな彼女との陽キャな夏

第二話『安芸宮羽純』 ④

「テニス部だっけ? がんばって」

「うん、ありがとー」


 そう笑顔で口にして、えきさんは教室を出ていった。


「さて、俺もっと……」


 そんなえきさんを見送ってから、荷物をカバンに手早くまとめる。

 この二度目の夏に戻ってきてからの、俺の放課後の過ごし方は決まっていた。


ふじ、またなー」

「明日言ってた漫画、持ってくるから」

「あ、ばいばーい、ふじくん」


 声をかけてきてくれるクラスメイトたちに挨拶をしながら教室を出ると、まっすぐに校舎裏へと向かう。

 昇降口を出て校舎を左に曲がったところで、すぐ見えてくる一面の向日葵ひまわりの海。

 五十メートル先からでもわかる鮮やかな黄色が目にまぶしい。

 だけど近づいてよく見てみると、それ以外にも色があることがわかる。

 向日葵ひまわりほどは目立ってはいないけれど、名前を知らない紫色の花や赤色の花、見慣れたトマトやキュウリなどの、たくさんの花や植物がそこには植えられている。

 もちろんこれには理由があった。


『園芸部』


 ここはその、活動場所だ。

 校内でもその存在を知る者がほとんどいないその部活に、俺は入っていた。

 ちなみに部員は他には一人しかいない。

 部長である……みやだ。


「あ、ふじくん!」


 俺の姿を目に留めると、みやは雑草を抜いていた手を止めて身体からだを起こした。

 そのままうれしそうな顔で小走りに駆け寄ってくる。


「今日も来てくれたんだ、ありがとう!」

「それは、いちおう部員だし」

「えー、やっぱりわたしに会いたいんじゃない?」

「あ、え」

「なーんて。でもほんと、別に毎日は来なくてもいいんだよ? もちろんふじくんが来てくれるのはうれしいけど、大変だと思うし」

「や、それはそうかもだけど」


 だけど図らずも彼女が自分で言った通り、俺は毎日みやに会いたいんだ……という言葉は当然飲みこむ。


「別に俺は大変とかは思ってない。その、ここの雰囲気はけっこう好きだし」

「そうなんだ。そう言ってくれるとうれしい。向日葵ひまわりみたいに素敵! ありがとね!」


 そう太陽のように笑って、ぺこりと頭を下げてくる。

 後ろで一つにまとめられていた髪が、重力に従ってするりと下に流れた。


「……それで、今日は何をやればいい?」

「うん、そうだね。雑草を抜くのを手伝ってほしいのと、その後に水まきをするからそれもいっしょにやってほしいかな」

「ん、わかった」


 うなずき返して、さっそく作業を開始していく。

 とはいえ雑草取りはなかなかに厳しい。

 まえかがみにならなければいけないので腰に負担がかかるし、遮るもののない屋外では七月の太陽の光が容赦なくジリジリと降り注ぐ。

 控えめに言って、なかなかに過酷な環境だ。

 みやはこれをほぼ毎日欠かさずやっているというのだから、頭が下がる。

 とはいえそんな俺でも何とか作業を続けられているということに、十代の身体からだは体力があり余っているのだということを思い知らされる。


(酒を飲んでないからか、身体からだが軽いし……)


 もしかしたらそれが一番大きいのかもしれない。

 もしも未来に戻ることができたら、酒量は少し減らそうと心に誓った。

 やがて三十分ほどが経過し、ほぼ全ての雑草を抜き終わる。その頃には、すっかり汗だくになってしまっていた。


「ありがとう。それじゃあ水をまくね」


 みやが蛇口につながれたホースを手にそう言う。

 れないように待避しようと花壇から一歩出た、その時だった。


「──えいっ♪」


「え?」


 最初は何が起きたのかわからなかった。

 冷たい感触が顔にかかって、視界が一瞬遮られた。

 同時に涼しげな空気が広がって、全身を包んでいた暑さがスッと引いていく。

 水をかけられたのだと気づいたのは、前髪から流れ落ちる水滴が頰に触れたからだ。


「あ、みや……?」

「ふふ、だってふじくん、すごく暑そうだったから」


 そう言ってぺろりと舌を出す。

 そうだった。

 こんなに女子らしくせいそうな外見をしているのに、みやには意外と行動力があるというか、親しくなった相手にはイタズラ好きなところがあったのだ。

 とはいえやられたままでいるのはあれなので、きっちりリベンジはすることにする。


「やったな……!」


 ホースはもう一本あったので、それを使ってみやに向けて水を放った。


「きゃ……っ……」


 上がる小さな悲鳴。

 だけどもちろんイヤがっているわけじゃないことは、その楽しげな表情から見て取れた。


「くらえっ」

「甘いよ、ふじくん……足下が空いてる」

「うわっ、それは反則だって」

「ふふ、決闘には反則なんて言葉は存在しないんだよ」


 ホースの水がキラキラと宙を舞い、辺りに小さな虹を作る。

 どれくらいそうしていただろう。

 やがて疲れてその場に座りこむ頃には、二人とも頭からズブれになっていた。


「はぁ、引き分けかな……」

「だな……」

「ふふ、二人ともびっしょびしょだね。プールにでも飛びこんだみたい」

「それは、みやが子どもみたいに水をかけてきたから……」

「えー、それを言うならふじくんだって。最後の方はムキになってホースを二本持ちとかしてたよね?」

「う、それは……」

「あはは、二人とも新ジャガイモと同じくらい子どもってことだね」


 そう言って笑い合う。

 心地よい疲れだった。

 全身水にれたため少し冷えているのかもしれないけれど、すぐに追いかけてくる暑さがそれを感じさせない。


「……ありがと、ね」

「え?」


 と、隣でのんびりと日光浴をしているように見えたみやが、つぶやくように言った。


「えっと、昼休み。花瓶が落ちるの受け止めてくれてた……よね?」

「あ……」


 見てたのか。

 みやが教室に戻ってきたのはあの騒ぎの少し後だったから、てっきり気づいてはいないと思っていたんだけれど……


「おかげで向日葵ひまわりが無事だったよ。へへ、うれしかったんだ。なんだかふじくんが守ってくれたみたいで。花はみんな大切で、子どもみたいなものだから」

「いや、そんな大げさなことじゃ……」

「いーの。わたしが勝手にそう思ってるだけなんだから」


 そう言って再び笑いながら太陽の方に身体からだを向ける。

 その笑顔は隣で咲き誇る向日葵ひまわりに負けないほど魅力的なもので……今さらだけど、あの時にあの選択ができて本当によかったと思った。

 少しだけ満ち足りた心地で、気持ちよさそうに日光浴をするみやの方に目をやっていて。


「……って、あ」

「……?」


 気づいてしまった。

 さっきまではみやとの会話に意識がいっていて、目に入っていなかったこと。

 ……言っておくと、これは決してワザとじゃない。

 ……そうしようと思って、やったことじゃない。

 ただ俺同様に全身くまなくれたことによって……みやの、その、白いシャツの一部が透けてしまっていた。


「……っ……」


 遅れて彼女も気づいたのか、慌てたように胸元を両手で覆い隠した。


「わ、悪い! そういうつもりじゃなかったんだ……!」

「……」

「その、つい夢中になって、気づかなくて……」

「だ、だいじょうぶ……」

「え……?」