青春2周目の俺がやり直す、ぼっちな彼女との陽キャな夏

第二話『安芸宮羽純』 ③

 いくらみやのことが気になるとはいえ、常にその後を追いかけてばかりいるのは、色々と逆効果な場合もある。

 意中の相手ほど追いかけてばかりではダメなのは男女関係の鉄則だということを、一度目の人生でよーく学んでいた。

 それにこうやってクラスメイトたちときちんとコミュニケーションを取ることも、この二度目の夏をうまくやり通すためには大切なことのはずだ。

 なので。


「ん、了解。じゃあいっしょさせてもらえれば」

「ほんと? やった! おーい、ふじ、いいってさー!」

「え?」


 と、満面の笑みを浮かべたえきさんが教室の反対側に向かって手を振る。


「こうやってお昼いっしょするのはじめてだね。よろー」

ふじくんと一回ちゃんとからんでみたかったんだよねー」

「あ、ねえ、ここ座っていい?」


 たちまち何人もの女子たちが集まってきた。

 てっきりえきさんと二人で食べるのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 でもそれもそうか。

 一度目の時も彼女はよくたくさんのクラスメイトたちといっしょに昼飯を食べていたような気がするし、陽キャは複数人で昼食をとるのが当たり前なのだ、たぶん。


「それじゃ食べよ食べよ。いただきまーす!」

「わ、ひろ早いって。まだあたし、お弁当箱も出してないのに」

「え、そう?」

「そうだよ。ふじくんだってまだパンの袋すら開けてないじゃん」

「あー、うん」

「そういえばふじくんって、いつもお昼はパンなの?」


 と、えきさんの友だちの一人──たちばなさんだったと思う──がそう尋ねてきた。


「ん、そうかな。親が共働きで忙しいから」

「えー、そうなんだ。でも毎日パンだと飽きない? ……あ、じゃ、じゃあさ」

「?」

「えっと……今度私、お弁当作ってきてあげようか?」

「え? いやそれはさすがに悪いって」

「大丈夫、別に一人分も二人分も大して手間は変わんないから。……あ、もちろんふじくんがよかったらだけど」

「あー、じゃあもし機会があったらお願いできれば」

「! おっけ! 楽しみにしててね」


 どうしてかものすごくうれしげにそう声を弾ませる。


「あ、ひろのその卵焼き、おいしそう」


 と、今度は別の友だち──いのうえさんだったと思う──がえきさんにそう言った。


「よかったら一個あげよっか?」

「ちょうだいちょうだい。ひろのおかず、味付けが絶妙だから好きなんだよねー」

「はい、どうぞ。あ、ふじもどう?」

「え、俺?」

「うん、育ち盛りなんだからパンだけじゃ足りないでしょ?」

「それは……あ、じゃあありがたくもらおうかな」

「どうぞどうぞ」


 差し出された卵焼きをパンに挟んでもらい、そのまま口にする。

 いい色合いに調理された卵焼きは、甘めの味付けで好みだった。


「え、なになに、みんなでメシ食ってんの?」

「おれたちもまぜろって」

ふじ一人だけハーレムなんてずるいだろー」


 それを見ていた男子たちも、次々と集まってくる。

 あっという間に、辺りには人だかりができあがってしまっていた。


「あ、ふじの焼きそばパン、いいな。いつも売り切れで買えないんだよ」

「だよねー、すっごい人気でさー」

「よかったら一個分けようか? 他のもあるから」

「え、マジで? サンキュー!」

「ありがとー! じゃあお返しにおにぎりあげる。具はシシャモがまるまる一匹!」

「いやそんな微妙なのもらってもふじも困るだろ……」

「えー、おいしいのに」

「それはおまえだけだって」


 巻き起こる笑い声。

 不思議な気分だった。

 あの時はただ教室の隅から見ているだけだったその光景の中に、今は自分がいる。

 それは何だか物語の中に自分が入りこんでしまったかのような、そんな感覚だった。


(こんな学校生活もあり得たのか……)


 にぎやかなクラスメイトたちの声に包まれながら、しばしの間一度目にはなかった空気に浸る。

 と、そこでふと思い出した。


(あれ、そういえばこの時って、何か起こらなかったっけか……?)


 記憶の隅で何かが引っかかった。

 自分が置かれている立場こそ違えど、この昼休みの光景には覚えがあるというか……

 えきさんを中心として盛り上がっていた昼休み。

 教室の中心で繰り広げられる一軍たちのパーティータイムが、途中まではこの上なく楽しげで当時は少なからず煩わしく思いながら、机に突っ伏して寝たフリをしながら横目で見ていたのを覚えている。

 だけど、確かそこで、ちょっとした事件が起こったような……


「なあなあ、その卵焼き、おれにもくれない?」


 と、男子生徒の一人がえきさんにそう言った。


「あー、だめだめ。残り一個しかないし、もうおしまい」

「んなこと言わないでさー、頼むって」

「だからだめだって……あ、こら、ちょっと──」


 男子が半ば強引にえきさんの弁当箱に向かって箸を伸ばす。


(あ……)


 それを見て、記憶がフラッシュバックするようによみがえった。

 そうだ、この後、卵焼きを取って逃げた男子がそのまま勢いあまって教卓にぶつかってしまい、置かれていた花瓶を落としてしまうのだ。

 割れた花瓶とこぼれた水。

 床に散らばった向日葵ひまわりの花。

 それらを前にして静まり返るクラスメイトたち。

 それで一気に空気は盛り下がって、教室はおのようになったのだった。

 その時は完全にごとだったけれど、それでも教室に戻ってきた時にそれを見たみやの悲しげな顔だけは覚えている。

 あんなみやの顔は、もう見たくない──


「……っ……」


 気がついたら、俺は立ち上がり教卓に向かって走っていた。

 その直後に男子の身体からだが教卓に当たり、花瓶が落下する。記憶通りの光景。それが床に落ちる寸前で……伸ばした手でかろうじてつかむことに成功していた。


「おー、ふじ! ナイスキャッチだー!」


 えきさんが拍手をしながら声を上げる。


「え、なになに今の!」

「タイミング、神じゃなかった?」

ふじくんすごい! なんか特撮のヒーローみたいだった!」


 他のクラスメイトたちからも歓声が上がる。

 ちなみにだけれど、俺は一度目の時にちょっとした経緯から特撮の番組に出演したこともあったため、最後のクラスメイトの言葉は言い得て妙だった。

 教卓にぶつかった男子も。


ふじ、ほんとサンキュな! おかげで大事にならないですんだ……!」


 両手を顔の前で合わせながらペコペコと謝ってくる。


「いいって。たまたま取れただけだから」


 みやの悲しげな顔も、おのような空気も、避けられるのならそうした方がいいに決まっている。

 それに。

 きっとこういう小さなことの積み重ねが……過去を変えていくような、そんな気がした。



 3


「起立……気をつけ……礼。さようなら」


 日直が号令とともに、帰りのホームルームの終わりを告げる。

 辺りの空気が一瞬にして放課後のそれに変わり、クラスメイトたちが流れるように次々と教室から出て行く。

 隣のえきさんが、うーんと大きく伸びをした。


「はー、やっと終わった。放課後放課後」

えきさんは部活?」

「うん、そだよ。暑いから大変だけどねー」