青春2周目の俺がやり直す、ぼっちな彼女との陽キャな夏

第二話『安芸宮羽純』 ②

 あの事件に至るまでのこの二度目の夏を変えることができれば、最悪だった過去を変えることもできるのではないだろうか。……いや、できるはずだ。

 じゃあそのためには具体的にどうすればいいのか。

 出てきた結論は一つだった。


「俺自身が……変わるんだ」


 見た目を整えて、コミュ障だったキャラを返上して、きちんと周りと向き合う。

 周囲とのつながりを作り、青春を取り戻して、真っ当な学校生活を送る。

 ただそれだけのことだ。

 それだけのことで、きっと過程は大きく変わる。

 あの時はたったそれだけのことが、何よりも難しく思えた。

 絶対にかなわない夢物語のように感じられた。

 だけど今は違う。

 二十五歳になるまでに得たプラス十年分の人生と、見た目やコミュニケーションについては、腐っても芸能界で生きていた身として得られた知識と経験がある。

 それらをかせば……きっと過去は変わるはずだ。


「……」


 そう。

 ……


 ❁❁❁


「ん、どしたの、コンテスト前のテンパったワンちゃんみたいな顔して?」


 決意が顔に出てしまっていたのか、隣を歩いていたえきさんが目をぱちぱちさせながらのぞきこんできた。


「え? あ、いや、何でも」

「そんな何でもって空気じゃなかったけど……ま、いいや。それよりふじ、数学の宿題はやってきた?」

「え? あ、やってないかも」

「やばくない? やま先生、席順で当てるから、今日当たるよ」

「え、マジか。あの、えきさん……」

「えー、どうしよっかなー。見せてあげてもいいけどふじのためにならないしなー」

「そこを何とか……」

「って、まあいいよ。ガリガリ君一本で手を打とう」

「う、わかった……」

「あはは、ガリガリ君げっとー!」


 えきさんの明るい声が心にみる。

 大丈夫、やれるはずだ。

 俺の決意を後押ししてくれるかのように、夏の日差しはいっそう強さを増していくのだった。



 2


 教室に入ると、クラスメイトたちが何人か挨拶をしてきてくれた。

 手を上げるだけの軽いものから、背中をたたいてくるような親しげなものまで、様々。

 これもまた初めての経験。


(いいな、こういうの)


 それらにえきさんといっしょに答えながら、自分の机へと向かう。


「ふう、よっこらせっと」


 そんなかけ声を上げながら、えきさんが椅子に腰を下ろす。

 ちなみにえきさんは隣の席だ。

 彼女が席に着くなり、仲の良い女子たちが集まってきた。


「おはよー、ひろ

「昨日の夜送ったメッセージ見た? あの動画おもしろかったっしょ」

「あ、ふじくんといっしょに来たんだ? いいなー」


 一度目でもそうだったけれど、明るくて人なつこい彼女の周りは、いつもたくさんの友だちでにぎわっている。

 まるでそこだけ背景がワントーン明るくなっているかのようだ。

 楽しげに話すえきさんたちの声を聞きながら一限の準備をしていると、やがて始業ギリギリになってみやが飛びこむように教室に入ってきた。


みや……)


 そのまま静かにドアを閉めると、ぐに教卓へと向かい。手にしていた向日葵ひまわりを花瓶に生ける。

 そう、だれに言われるでもなく、みやは毎朝教卓の花を替えていた。


「おはよう、みやさん」

「あ、うん、おはよう」

「今日もぎりぎりだねー。また花壇の手入れ?」

「毎日えらいよねー、ご苦労さま」

向日葵ひまわり、五本もあるんだ? うわ、すっごい鮮やかな黄色だ」

「ふふ、ありがとう。今日の子たちはひときわ美人さんだから、うれしいな」

「うん、ほんとにきれー」

「んー、でもお花が美人って、みやさん時々面白いこと言うよね」

「え、そ、そうかな……?」

「そうだよー。でもそういうところもみやさんらしいっていうか」

「うんうん、ちょっと不思議系な美人って感じ?」

「あたしは好きだなー」

「あはは……」


 そんな風に、クラスメイトたちとにこやかに会話を交わしながら自分の席へと向かう。

 俺も何か声をかけようかとも思ったけれど、直後に担任が入ってきてすぐにホームルームが始まってしまったため、諦めた。

 一時間目は英語だった。


「ここの〝to〟は名詞的用法の不定詞であるため、ここでは主語となって……」


 適当に教科書をめくりながら、教師の話を上の空に耳に流していく。

 英語はそこまで得意ではなかったけれど、さすがに中二程度の内容だったら流し聞きでも十分だった。

 ふと視線をまどぎわに送ると、みやの横顔が目に入った。

 黒板にまっすぐ目を向けて、しっかりとノートを取っている。

 色素の薄いきれいな髪が、窓からの日光を受けてまるで粒子でもまとっているかのようにキラキラと輝いていた。

 そういえば……と思い出す。

 一度目の時も、こうして授業中によくみやのことを眺めていた。

 窓の外の景色を見るふりをしながら、隙を見てはみやの横顔をのぞき見していたのだ。

 今から考えればその行為は色々とどうかと思うけれど、それは俺にとって学校にいる間での最も幸せな時間の一つだった。居心地の悪い日常から脱却することができるつかの間の休息で……


「……?」


 と、そこでふいにみやがこっちを見た。


「!」


 当たり前だがまだ俺はみやのことを見続けていたため、目が合ってしまう。


「……っ……」


 思わずらしてしまった。

 ほとんど条件反射的なリアクション。

 いや我ながらこれはないだろう……

 あまりにも挙動不審すぎる。

 おそるおそる顔を上げて、もう一度チラリと確認をすると、みやはまだこっちを見ていた。

 彼女は意外なものを見つけてしまったかのような表情を浮かべていたが、やがて小さく笑って、ひらひらと手を振ってきてくれる。

 顔が熱くなるのを感じながら、何とかそれにリアクションを返した。


(うう、何だこれ……)


 まるで中学生みたいだと思った。

 女子のことを必要以上に意識してしまう、思春期まっただ中の十四歳。

 いや、それはその通りなのかもしれない。

 みやの前では……今でも自分は、ただのヘタレで不器用な、中学生男子のままなのだ、きっと。



 昼休みになった。


「ねえねえふじ、いっしょにご飯食べようぜー!」


 と、教師が教室を出ていくなりえきさんがそんなことを言ってきた。


「あ、ええと」

「ほらー、なんかふじ、いっつも昼休みになるとどっか行っちゃっていないじゃん。隣の席のよしみなんだし、たまにはどうかと思ってさ」


 急な誘いだった。

 みやはどうしているだろうとまどぎわの席に視線を向けるも、すでに教室にその姿はなかった。

 そうか、確か今日は花壇のことで先生と話があると言っていたから、職員室にでも行っているんだろう。

 一瞬こっちを断って追いかけようとも考えたが、すぐに思い直した。

 みやには放課後も会える。