青春2周目の俺がやり直す、ぼっちな彼女との陽キャな夏

第二話『安芸宮羽純』 ①

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 七月第一週。

 この十年前の世界に戻ってきて──二度目の中学生活を送るようになって、一週間がとうとしていた。

 今のところ、この予想外に与えられたロスタイムが終わる気配はなかった。

 ただ淡々と、なぎのように続いている。

 これが夢にしろ、タイムリープにせよ、しばらくはこの状態が続いていくのだと、何となくだけれどそんな予感がした。そこには俺の願望も入っていたのかもしれないけれど。

 というわけで、今日も今日とて中身二十五歳の俺は……中学生として二度目の日々を送っていた。


「おー、おはよっ、ふじ

「ん、おはよう、えきさん」


 通学路を歩いていると、たまたまいっしょになったえきさんが声をかけてきてくれた。


「今日も暑いねー。もう朝からアイスが食べたいよー」

「わかる。今ガリガリ君が目の前にあったらすぐに飛びついてると思う」

「お、わかってくれるー? ちなみに基本のソーダ味と新しめの梨味、どっちが好き? あたしはねー」


 隣に並びながら、明るい笑みを浮かべて話しかけてきてくれる。

 あの日以来、えきさんとはよくしやべるようになった。

 教室での席も近かったし、一度目の記憶だと、もともと陽キャで友だちがたくさんいてクラスの中心にいるようなキャラだったので、人と関わるのが好きなのだろう。


「よう、ふじえき

「二人とも、おっはよー」

「あーあ、一時間目から英語ってだるいよねー」

ふじのそのレザーブレスいいな? どこで買ったんだ?」


 通学路を二人で歩いていると、他にもこの一週間で仲良くなった何人ものクラスメイトが、通り過ぎる際に挨拶をしていってくれる。

 もちろんえきさんがいっしょにいるということは大きいのだろうけれど、それでもそれはこの上なく新鮮なことだった。

 こんなのは、一度目には考えられなかったことだ。

 通学途中で会ったクラスメイトと話しながら並んで登校をして、さらにこんな何でもないやり取りをできるなんてことは。

 通学路には、セミの鳴き声が大きく響いていた。

 辺りには新緑の木々が葉を茂らせていて、七月の強い日差しが地面に濃い影を落としている。

 それだけ見れば一度目と何ら変わらない夏の光景だったけれど、俺の心の内は大きく違っていた。

 きっかけとなった出来事は、もちろん決まっている。


みや……)


 あの日……この十年前の中学時代に戻ってきた最初の日に、向日葵ひまわり畑でみやずみと再会した時のことを思い出す。


 ❁❁❁


「──ふじくん?」

みや……なんだよな……?」


 思わず口をついて出た言葉。

 疑問に疑問で返すという答えにくいリアクションをした俺に、みやはおかしそうに笑いながらうなずいた。


「うん、そうだよ。みやずみ、十四歳。趣味は植物全般を育てることで、一番好きな花は向日葵ひまわり。得意科目は英語と古文で、スリーサイズは秘密。どうしたの、わたしのこと、忘れちゃった? ミョウガを食べ過ぎでもしちゃったのかな?」

「いや、そんなこと」

「ふふ、冗談冗談。それよりそっちこそ、ふじくん、なんだよね? 何だかずいぶん見た目が違ってるから」

「あ……」


 そうだった。

 今の俺の外見は、十年前のそれとはぜんぜん様変わりしているのだった。

 だけどクラスメイトたちがすぐには俺だとわからなかったこの姿を、みやは一目で気づいてくれた。

 それが……飛び上がるほどうれしかったということに、自分自身驚いた。


「これは、その、ちょっと色々あって」

「そうなんだ? でも似合ってるよ。なんか前髪がふわってしてて、オジギソウみたいでかわいいかも」

「そ──そっか」


 その言葉に少しだけ声が上擦ってしまった。

 かわいい、と言われたことに、としもなく照れてしまったのだ。


「だけどどうしたの? ふじくんが朝からここに来ることって、あんまりなかったのに」

「あ、それは……」

「あ、もしかしてわたしに会いたかったとか?」

「え?」

「朝からわたし成分が足りなくなって補充しに来たとか、そういうのでしょ? わかってるんだから♪」


 イタズラっぽく笑いながらそう見上げてくる。

 ほとんどその通りというか、みやの名前を聞いて教室から反射的に飛び出してきてしまったわけだけど……

 だけどそんなことは言えない。

 言いたいけれど、言えない。

 考えた結果、口から出たのはひどく当たりさわりのない言葉だった。


「や、もうすぐホームルームが始まるのに、みやが来ないから。何かあったのかと思って」

「え! わ、そっか、もうそんな時間なんだ! ちょっと花壇の手入れをしてたの。ほら、昨日けっこう雨が降ってたから土が流れたりしてないかなって。でもそうしてたら夢中になっちゃってたみたい」


 それはとてもみやらしい理由だと感じた。


「そっか。花壇は大丈夫だった?」

「うん、ちょっと水がたまってたくらいだったから。手入れしたらすぐにだいじょうぶになったよ。問題なしなし」

「ならよかった」


 十年ぶりとなる会話。

 はたしてみやと再会した時にちゃんと話すことができるか不安だったけれど、そのブランクをほとんど感じさせないほど、滑らかにしやべることができていた。

 みやがそこにいる。

 みやと普通に会話ができている。

 その事実がただただうれしい。

 だけどそれはまだ……


「……」

ふじくん?」

「あ、や、何でもない」

「……?」


 みやが不思議そうに首を傾ける。

 あの事件が起きたのは夏休みの前日……今から三週間後だ。

 つまりはまだ、決定的な決裂は起きていない状態。

 ここからみやと過ごす最後の幸せな期間を経て、人生の岐路とも言うべきあの事件へと向かっていく。

 ……そうだ。

 まだあの事件は起きていない。

 だったらもしかしてまだ今なら……


「……そろそろ教室に戻ろう。遅刻になる」

「あ、うん、そうだね」


 小さくうなずき返してきたみやと二人で、教室へと戻った。

 その夜……みやずみと再会することができた夜に、考えたことがあった。

 今の状況がいつまで続くのかはわからない。

 一年かもしれないし、五年かもしれないし、あるいはある時に突然何の前触れもなく終わりを迎えてしまうのかもしれない。

 だけど……何であれ、これはチャンスだと思った。

 思い出したくもない黒歴史だった一度目の中学時代を、それ以降の人生を……取り戻すことができるまたとない機会。

 

 一度目の自分は、陰キャで、コミュ障で、友だちもほとんどいなかった。

 周囲と積極的に関わることができず、周りが何を考えているのかわかろうともせず、ただ流されるままに日々を過ごすだけだった。

 その怠惰が……きっとあの結果を引き起こした。

 それはある意味必然だったのかもしれない。

 でも、だったら、その道筋を変えればいいんじゃないか?

 過程が変われば、結果も変わる。