30ページでループする。そして君を死の運命から救う。
序章 ①
SOSだと思った。
ハッとして俺は足を止め振り返る。
名古屋の公園通りに
「よっ、どうした少年」
俺は得意の
「こんなところでなにしてんだ? ひょっとして迷子か。お母さんとはぐれちゃったのか」
まだ五歳ぐらいの男の子で、ひとりぼっちで号泣している様子からそう尋ねると、男の子はしゃくり上げながら
「やっぱ迷子か。よし、じゃあ俺が交番まで案内してやるよ。おまわりさんならお母さんを見つけてくれる。だからもう泣くな。大丈夫だ、大丈夫!」
明るい声を作って案内するぞと手を差し伸べ、だが迷子はぶんぶんと顔を横に振る。しらないひと、ついていくの、だめだって……う、わああぁぁぁん。と子ども安全教室で学んだような教えを口にして再び大泣きをぶり返す。
「ああ落ち着け! わかったわかった。まあそうだな。用心深いのは確かに大事だ。しかし困ったな。それじゃあどうすっか……」
迷子はその場から動く気配がない。
迷子ひとり橋の上に放置して俺だけ離れるわけにもいかない。
迷子に名前やはぐれた場所を尋ねようにも
「……よし! じゃあこうしよう。俺がいまから君のお母さんを見つけてやろう。パパッとな。それで万事解決だ」
まかせてくれとドンと胸を
「まあまあ俺にまかせとけって。実はな、これは本当はだれにも言っちゃいけない秘密なんだけど──」
周囲に人がいないか見回してから、二人だけの隠し事のように迷子に
「──俺、
瞬間。秘密めいて告げたそのワードに迷子の耳がぴくっと反応する。一瞬
「いや、でもお兄さんネクタイ姿だけど? 魔法使いっていうかサラリーマンっぽいけど? なんて思ったか? 実はな、この格好は世間を
さあさあご注目と右手を掲げて、迷子の視線を誘導する。
「俺の魔法はな、まじないをかけて指を鳴らすんだ。パチン、パチン、ってな。するとあーら不思議。どこからともなく妖精さんが現れて俺の知りたいことを教えてくれる。お、さっそく妖精がやって来たぞ! ほらそこ、後ろ後ろ! 後ろ向いて! 見えるだろ? ……え、見えない? あー、そうだ妖精は魔法使い以外には見えないんだった。うっかりしてた悪い悪い。……え、本当にいるのかって? いやいやそこにいるぜ。本当本当。信じられない? よーし、だったらいま試しに君の名前を妖精に聞いて言い当ててやろう」
ペラペラと
「『ひこやまゆうた』って名前だな。ゆうたか。へえ、かっこいい名前じゃないか」
えっ、と迷子は目を丸くした。本当に言い当てられたと驚いた様子で。
「通っている幼稚園はここから少し離れた大学
迷子は泣き
「へへっ。どうだ、少しは頼りになると思ってくれたか。こんな風に魔法を使えばなんでも知れる。少年の名前だって、少年の所属だって──」
自信満々にそう口にしていたそのとき、真夏の
時刻は昼過ぎ。名古屋の街はいよいよ本格的な猛暑に襲われる。
そこでなるべく早く迷子と母親を再会させたいという思いに駆られるが、そのために警察をこの橋まで呼ぶのは確かに一つの手ではあるが対応してくれるまでのタイムラグが惜しいし、幼稚園に連絡して
「魔法を使えばなんでも知れる。少年のお母さんの連絡先だって」
だから俺は──また指を鳴らして魔法を使った。
結果、母親の携帯番号を手に入れるのに五分もかからなかった。
「見つけたぞ、君のお母さん」
そこから先はとんとん
「無事再会できてよかったな、少年。なっ、俺にまかせとけって言ったろ」俺は男の子の頭を
すっかり笑顔となった男の子にありがとう優しいお兄さんと感謝され、俺は
「なにが魔法使いだ
もちろん魔法なんてものは迷子を泣き止ませるためのデタラメで、一連のトリックはQ&Aで種を明かせば実につまらないものになる。
Q.なぜ迷子の名前が知れたのか? A.妖精がいると後ろを向かせた
Q.なぜ迷子の通っている幼稚園が知れたのか? A.上品なチェック
Q.なぜ迷子の母親の携帯番号を知れたのか? A.顔が広いから。魔法を使う芝居で
俺は足先を当初向かっていた目的地に戻しながら、本当に魔法使いだったらよかったのにと心から思った。
──もし魔法が使えたなら、〝あの子〟だってすぐ見つけ出せるのに。
そう、迷子が母親を捜していたように、俺もいまとある人物を捜している最中だった。
その人物を見つけるための手がかりとなる特徴は三つ。「
それだけだ。
捜し当てるヒントはたったそれだけ。三つの特徴とざっくりとした居場所のみで、後はとにかく不明な点だらけ。
どんな名前なのか不明。
どこに所属しているのか不明。
どういう顔立ちをしているのかいまは不明。
ほぼ何者かわからない謎だらけのシルエット状態で、俺は捜しているその人物を
迷子の母親を捜すのとは難度が違った。人口二〇〇万人以上の名古屋で、手がかりにしてはあまりに
八年。気づけば捜しはじめてから八年が経っていた。



