30ページでループする。そして君を死の運命から救う。

序章 ②

 八年もの年月をついやし様々な方法で〝あの子〟を捜したが有力情報はほとんどつかめず、しかしだからといって捜索を打ち切るわけにはいかない。

 どうしても〝あの子〟に会いたい理由がある。

 だから俺は今日も〝あの子〟の情報を求めて名古屋中を歩き回る。人ウケがいいさわやかな笑みとノリのいい語り口が好印象の「どうけいすけ」を演じて、情報提供者たちのもとへ──


「ごめんなさいねぇ、けいすけちゃん。商店街の人たちから〝あの子〟を見かけたって話はまだ聞かないのよぉ。ほら、明日は夏祭りでしょう。みんな準備で忙しくて……」

「いえいえ、お気になさらずに! 会長や商店街のみなさんには普段から助けられてますから。あ、祭りのボランティアが必要なら気軽に俺に言ってくださいよ。手伝いますんで!」

「あらやだ、ホントいい子ねえ! こないだも町内のドブ掃除手伝ってくれたし! そうね、夏祭りが終わったらいま一度みんなに〝あの子〟を気に留めるよう声掛けておくわ!」


 おお商店街。その一角にある商店街連盟の事務所で、会長のうめさんは俺のづかいに心を打たれたように固く手をにぎってくれる。

 ──次の相手へ。


「トシさん、しゆはどう? 〝あの子〟について進展あった?」

「すまんのお、ぼう。こっちはしゆうかくなしじゃ。さかえにしきおお、人が集まるエリアをはいかいしとる路上仲間に聞いてみたが、だーれも見とらんと」

「あー、じゃあ別エリアの仲間にも協力頼んでもらっていいかな。これ、いつもの酒ね。飲んで飲んで。また景気付けに聞かせてよ、裏ばくの武勇伝。よっ、名古屋のギャンブル王!」


 名古屋高速の高架下。暑さを避けるべく日陰にじんっているダンボールハウスで、俺に持ち上げられたトシさんは上機嫌になって別の仲間にも捜させると約束してくれる。

 ──次の相手へ。

 移動中の時間も無駄にしない。SNSに〝あの子〟の新規情報が投稿されていないかチェックしつつ、小中学校時代の友人たちに電話をかけて聞き込みしていく。


「スマン! 成果ゼロ。でも引き続き調べるからまかせて!」「別のエリアを探ってみるよ。代わりにまた課題レポート手伝ってくれよな」「捜索の手伝い大変かって? 気にすんなって俺たちの仲だろブラザー。今度また女の子紹介してくれよ」


 ──次の相手へ。

 次、ドライバー間で独自の情報網を持つタクシー運転手。「いいっていいって、そんなに頭下げなくても。見かけたらちゃんと連絡するよ」


 次、はんがいにいるキャバクラのキャッチ。「いやー、けいすけさんに言われて注意して見てるんスけどねー。マジ見かけないっスねー」


 次、地域情報に詳しいタウン誌の記者。「僕のところには新しい情報入ってきてないな。しかし毎日毎日よくめげずに捜すねえ君も」


 ──次の相手へ。

 次の相手へ。次の相手へ。次の相手へ。次の相手へ。次の相手へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。次。

 ──結果、有力情報なし。

 ここまで情報提供者一〇〇人以上に聞き込みしてもすべて空振り。〝あの子〟につながる目ぼしい手がかりは得られなかった。

 ふと、唇を舐めると塩の味がした。汗だった。一心不乱に捜索していたせいで気づくのが遅れたが、頭頂からダラダラと汗がしたたりシャツのえりもとにはあせみが広がっていた。ネクタイをゆるめて顔を上げると、夏空が燃えるような赤一色に染められていた。

 時刻はもう夕暮れ時。体力的にも時間的にも本日の捜索は次に会う人物で最後。ここでその人物から有力情報を得られなければ骨折り損のくたびれもうけだ。

 まあいつもの事と言えばいつもの事だが。


「よお、調査屋!」


 しらかわ公園。名古屋の都心部にありながら緑豊かなそこを訪れると、かげのベンチに待ち合わせ相手が先に腰掛けていた。金髪アロハシャツ姿にサングラス。見た目からして遊び人の若い男が陽気に手を振って俺をそう呼ぶ。


「昼頃に連絡よこしてきた迷子の一件、どうなったよ? カタついたか」

「おかげでな。無事一件落着だ」俺は片手を上げて応じ、隣に腰を下ろす。「へへっ、まさか魔法使いだなんて言える日がくるとはな。あんたが手早く情報をくれたおかげだ」

「ま、あんぐらい楽勝楽勝。母親の個人情報を特定するくらい朝飯前よ。こちとら名簿屋だぜ」


 名簿屋──同窓会名簿やスポーツジムの会員リストなど様々な名簿を買い取って、氏名、年齢、現住所、電話番号、所属先などの個人情報をデータベースに一括管理してクライアントにさばく。それをぎようとしているのがこの男だ。


「で、だ。かんじんの情報料だが、飛び込みの依頼にもかかわらずこっちはじんそくかつ正確に応えたわけで、そこはたーんとはずんでもらうぜ調査屋」


 名簿屋が指で円を作ってニマニマと笑う。ちょっと吹っかけてやろうってこんたんが見え見えだ。

 俺は頭の中にある名簿屋についての人物情報を開く──とうとものり。二二歳。趣味はクラブ通い。教師を殴って高校中退。名簿屋としては新参。


「というわけで調査屋、今回の情報料は──」

「というわけで名簿屋、俺にいくらくれる?」


 すかさず俺が台詞せりふかぶせる。

 へ? と名簿屋が理解に苦しむ顔をみせた。


「おい待て待て。いくらくれるだって? オレが調査屋に金払う? いや違うだろ。調査屋がオレに金払うんだろ。逆だ、逆」

「いやいや違わないな。トータルでは名簿屋がするから合ってるぞ」

「はあ? 得しねえだろ。母親の情報渡したオレがなんで金まで渡さなきゃいけねえんだよ」

「ボスにくちきする、と言ったらどうだ」


 名簿屋のかたまゆがぴくりと反応した。


「俺がうちのボスに掛け合うよ。数ある名簿業者の中からあんたのところをメインに取引すべきだと。く話が進めば結構な金が入るぞ。迷子の母親の情報料なんてちっぽけだと思うほどにな。で、トータルの収益分と母親の情報料の差し引きで俺にいくらくれるのかなーって話。ま、くちき料ってことで」

くちき料……だからオレが貰う側じゃなくて払う側、なのか? 調査屋の言い分が正しい、のか? いや、いやいやっ、そんなのただの口約束だ! 確実に金が入る保証はねえだろ!」

「んじゃ、タダでいい。くちき料なしで」

「た、タダ……!」

「いやー正直さ、俺みたいな新米がボスに意見するのって結構大変なんだぜ。けど俺、口には自信あるから説き伏せてみせるよ。なんでそこまでがんばるかって? そりゃあんたの味方だからよ。新米と新参、お互い若手同士仲良くしようぜ! なっ! まあそれでも、いま情報料を払えって言うなら仕方ないなー。俺の話に乗ったほうが得だと思うけどなー」


 スラックスのポケットに入った財布に触れる。いくらでも支払う余裕はあるという顔で。

 実際、財布の中には貧乏学生が持つ程度の金しか入ってないけど。


「俺にまかせてくれれば全部くいかせるが? さあどうする」


 実は情報料を支払う金は最初から持ち合わせていないのだが、そんなことじんも感じさせない自信満々の笑みで名簿屋の肩をたたく。