30ページでループする。そして君を死の運命から救う。

序章 ③

「……わかった、ああわかったよ」名簿屋は少々考え込んだ末にうなずいた。「まあく乗せられてる感じはすっけど、大口の仕事が入るならこっちも助かる」

「へへっ、じゃ決まりだな」


 交渉成立だ、と名簿屋と握手を交わす。


「ったく、オマエの自信満々なツラ見てるとまあこいつと組めばくいくかーって思えるから不思議だよ。こないだおお商店街の連中もオマエのこと持ち上げてたぜ」

「あ、俺のパーフェクトさが世間に広まってる感じ?」

「けっ、軽口たたきやがって。まあその感じが気に入ってる連中も多いんだろうけどよ。切れ長の目はえた感じがありながらもほほむと優しそうな好青年、年長には礼儀正しく同年代には気さくな受け答えでコミュ力抜群、有名な調査事務所に所属してて期待のホープ、かなりかせいでてまだ二〇代なのに高層マンションを購入したとかなんとか、連中はいろいろうわさしてたぜ。このハイスペック男子め」

「いやー参っちゃうな。爪隠して生きてるつもりだけど爪隠し切れてないかー」

「言ってろ。んなことよりも──ほらよ、今日の本題。オマエに頼まれてたもんだ」


 名簿屋が持参した紙袋から取り出したもの──それは卒業アルバムだ。

 その卒アルを見せてもらうことこそ、俺が名簿屋と待ち合わせた目的だった。

 聞き込みは全滅だったが、まだ〝あの子〟に近づけるいちの希望が残っているとしたら卒アルの中に眠っている。


「調査屋のご要望通り、昭和区にある小学校の卒アルな。卒業年度も指定された通り八年前だ。だけど期待はすんなよ。一応前もって〝あの子〟が写っているかどうかチェックしたんだ。けどその結果は……」

「俺は可能な限り直接この目で情報を見て納得したいんだ。たとえハズレクジだとしてもな」


 卒アルを開くとあどけない卒業生の顔写真が並んでいた。この中にすいきんすずのかんざしをしている子が写っていたらビンゴ。くりいろの髪というだけでも後で連絡先を調べ上げコンタクトを取る。

 はしから順に〝あの子〟の特徴をそなえている卒業生がいるか注意深く見分けていく。はにかむ黒髪の少女、違う。花の髪留めの少女、違う……。


「で、ぶっちゃけどう思ってるわけよ」

「ん、なにが」


 視線を卒アルに固定しながら、言葉だけ名簿屋に返す。


「〝あの子〟を見つける勝算はあんのかって話。現実問題、主な手がかりは三つの特徴しかねえんだろ? 無理ゲーじゃね。人口の少ないド田舎いなかで捜すならまだしもここは名古屋だぞ。三大都市の一角だ」

「へっ。三大都市の一角のくせに、名古屋だけアーティストのコンサートやらアニメ放送やらスルーされる『名古屋飛ばし』って言葉でネタにされてるけどな」

「茶化すなって。ひまさえあれば聞き込みして回ってるみてえだが、どうせ今日も一日中汗水流して成果なしだろ。そもそも三つの特徴が手がかりになってんのか怪しいよな。『くりいろの髪』なんて髪染めたらわかんねえし、『すいきんすずのかんざし』だって毎日してる保証はない、『一〇代後半ぐらいの少女』なんて当てはまる人物が多すぎて特徴って呼べるほどでもねえ。あと名古屋に居るって話だが、すでに他県に引っ越してる可能性もあんだろ」

「だからこうして卒アルをチェックしてる。仮に中学高校と進学のタイミングで〝あの子〟が引っ越したとしても、在籍していた学校さえ割れれば関係者から追跡しやすいからな」

「いや、でもそれ地道すぎるっつーか、もっと捜すヒントがないと厳しいっつーか、なんかねえのかよ? 例えば似顔絵を依頼するとかよ」

「やったやった。過去にな。ただ俺が〝あの子〟と会ったのはむかし一度きりで、しかもそのとき顔をちゃんと見てなくてな。うろ覚えで作成した似顔絵だと逆効果だと諦めたんだ。成長とともに顔立ちだって変わるし」

「じゃあネット掲示板とかは? 人捜し系のやつ」

「一応やってる。けどその手の掲示板はデマもあるから大して期待はできない」

「だったら名古屋市内の学校をしらみつぶしに調べていくっつーのは……さすがに無理か。かなりの学校数あるもんな」

「やり続けてるが? 何年も前からずっと。まだ全部は回り切れてないけどな」

「やってんの!? それも何年も前からってマジかよ……。かぁー、大変だな調査屋の仕事ってのは。似顔絵、ネット、学校巡り、そして今日はクソ暑い中で聞き込みってわけか」

「いや、仕事だから〝あの子〟を捜してるわけじゃないけどな。言ってなかったか?」

「え、仕事じゃねえの!? てっきり調査依頼で捜してるのかと思ってたが……なんで金にもならねえのにクソめんどうな人捜しなんかやってんだ? しつそうした知人とか? それともまさか単なる趣味? いやいやなんであれ不可能だろ、とぼしい手がかりで人口二〇〇万の中からたったひとりを見つけ出すなんて」

「へへっ、まあ普通そう思うよなー」

「なんでそこまでがんばって捜す? むかし一度会っただけの相手だろ? どうでもよくね? 捜すだけ無駄無駄。貴重な時間ドブに捨てるようなもんだ」

「ははっ、ドブってひでーなー。まあやりがいはあるけどなー」


 適当にあいづちを打ちながらへらへら笑ってページをめくる。しかし内心では卒アルのページが残り半分を切って失望感が強まっていく。

 見つからない。〝あの子〟らしい生徒すら見当たらない。この子も違う。この子も違う……。


「そうだ! イイこと思いついた! いまからオレが遊びに連れてってやるよ。人捜しよりよっぽど楽しい場所に。そうだそうしようぜ!」

「いや遊びって、俺のノリの良さから普段バリバリ遊んでる感じ伝わってない? へへっ」


 この子も違う。この子も違う。違う。違う。違う……。


「ガキの遊びじゃねえぞ。女だよ、女。行きつけのクラブがあるんだけどよ、結構レベル高い女がいんだよ。どいつも酔っ払ってるから高確率で持ち帰れんの。興味あんだろ」

「あー女関係は不自由してないんだよね、俺。あ、これ自慢になってる? あはは」


 違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う……。


「つれないこと言わないで付き合えよハイスペック男子。そんな卒アル見てちまちま人捜しても無意味だって。汗水流して何年やっても無駄だったんだろ。ほら女引っかけに行こうぜ! 酒飲んでいい女いたら〝あの子〟なんて忘れるって。クソどうでもいいってな」


 どうでもよくねえよ。


「えっ」


 きょとん、と名簿屋が目を丸めた。

 心の声が思わず口をいて出ていた。


「──どうでもいいなんて忘れるわけがない。俺にとってかけがえのない女性だぞ」


 顔を上げ、とうてつした瞳で告げた。

 名簿屋は意表をつかれてパチパチとまばたきを重ねていた。これまで軽いノリでへらへら笑っていた俺がいきなり真剣な表情でいち台詞せりふを口にして。

 場がしんと静まり返る。気まずい沈黙が流れ、そこで俺は我に返った。

 ……あ、やべ。下手打った。


「なーんちゃって! いまのふんマジだと思った? すっかりだまされちゃった? あはは! てかスマン! 今晩は先約があってこれから遊びに行くんだよ。ダーツバー、そう、友人にダーツバーに誘われちゃってさ。しかも再来週まで遊びの予定がびっしり! いやー人気者はつらいなー、こうしてさそいを断らなきゃいけないからつらいなー。あははははっ」


 その後、卒アルを三度見返したが、結局〝あの子〟は見つけられなかった。


 家賃二万五千円の風呂なしボロアパート。そんな自宅の照明スイッチを入れると、がらんとしたひとり部屋が広がった。