30ページでループする。そして君を死の運命から救う。

第一ループ ②

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教えがよみがえる。まずてめえの目で見ろ。そしててめえの頭で考えろ。

 ──そう、まずは観察オブザベーシヨン。分析の基本。見る、よく見る。

 機械造形は威圧するようなサイズ感だが敵意ある挙動は感じられず、的な武装も見当たらない。代わりに上段・中段・下段のそれぞれにけいすけでも想像がつきそうな三つの特徴的な機械が構成されていた。

 上段に位置するのは、時計。いや、一般的な一二の数字が並ぶデザインと違って、アラビア数字で〇から九まで全部で一〇個の数字が円形に並んでいる。時計というより数字ばんと呼ぶべきか。針は二つ。いま短針は『0』を、長針は『6』を指している。

 中段に位置するのは、本だ。イーゼルのような無骨な鉄筋で組み上げられた支持体に固定され、見開きの状態で置かれている。そしてその支持体のりようわきからカマキリの腕のようなかいわんが二本伸びている。片方はペンを持ち本になにやら書き込む動作をしていて、もう一方は書き込みに合わせてページをめくろうとしている。本になにを書き込んでいるのか気になるが、地上からでは読むことができない。

 下段に位置するのは、てんびん。左の皿にはれんに咲き誇る花々があふれるほどっていて、右の皿には不気味ながいこつが大量に積み重なっていた。花とむくろ。質量は同じなのかきんこう状態が保たれている。

 ──数字盤、本と機械腕、天秤。機械造形を構成するそれらがただのデザインには思えない



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が、では一体なにを表しているというのか?

 えんてん、各機械構成の動作を観察する。五分……一〇分……二〇分……。

 噴き出す汗を拭いながらしばらくその場で注視していたが、どれも目立った変化はなかった。

 てんびんの両皿はきんこう状態のまま、新たに花や骸が積み重なってどちらかに傾くといった気配はない。

 機械腕は初見のときこそ本の白紙を埋めるようにガシャガシャと作動していたが、けいすけがその場から動かなくなって記述速度が極端に落ちた。

 そして数字盤も……いや、いましがた長針が『7』を指した。短針は変わらず『0』。『7』『0』で『70』……というより『0』『7』で『7』か。さっきが『6』だとしたら順にカウントしていて後者のほうが正しい気がした。しかし、なにを示しているんだ? それまで針は二〇分経っても動かず、数字の配列からも単に〝時〟を刻んでいるとは思えないが……。


「……サッパリだ。ここから観察しているだけじゃ全容はつかめないな……」


 次に携帯を手にして調べた。だが、ニュースサイトを複数チェックしてもそれらしき記事は載っていない。あせった。SNSも確認するが反応なし。なぜといらちすら覚えた。突如空中に出現した謎のオブジェなんて話題になってもおかしくないのに。


「どういうことだ? なんでネットでだれも騒いでいない?」


 嫌な予感がして慌てて通りに出た。ネットの反応がかいなら周囲の人たちは機械造形にどん



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なリアクションを……。

 気づいていなかった。エコバッグをげた主婦は平然とした顔つきでけいすけの横を通り過ぎ、小学生たちは夏休みをおうするように自転車を飛ばしてまるで無関心。


「おいおいなに素通りしてんだよ……見上げれば明らかに異常があるのに……」


 そこで携帯のアドレス帳を開く。四ケタに達しているぼうだいな登録件数。〝あの子〟を見つけ出すためにつながった多くの人々。けど浮遊するオブジェという怪奇現象に詳しい知り合いなどいるわけもなく、ひとまず知人に電話をかけてみるが──


「空を見ろ? 見てるけど別におかしな点はなんもねえけど?」「機械造形? けいすけの新しいトークネタか?」「君の話はおもしろくて好きだけどさー、それはナイでしょー」


 知り合いたちも機械造形を認知していなかった。けいすけが懸命に説明してもネタや冗談だと受け流され、だれもまともに取り合ってくれない。


「いやいや、調査屋が話上手なのは知ってるが、さすがにそれは脚色がすぎんだろ」


 電話をかけ続けて一八人目。名簿屋が冷めた感じで笑った。


「脚色じゃねえよ! 空に浮かんでるだろ、巨大な機械のオブジェがっ! 数字盤と、本と、天秤のっ!」

「おい、朝からいい加減にしろよオマエ。〝あの子〟捜しすぎて頭イカれちまったのか。それ以上騒ぐと今後の付き合い考えるぞマジで」



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「あ、いや、それは……ネタ、だよ。そう、ただのネタネタ! やだなー、マジな声出しちゃって。まさか本気にしちゃった? あははは」


 名簿屋が本気でいぶかしんでいるのを感じ取り、とつにいつもの軽口でごまかす。

 その後もかたぱしから電話をかけてみたが、結果は全滅だった。

 ──みんな本当に機械造形が見えていないのか? なんで、なんで、なんで……。

 ひたいきながら思考を切り替える。一件一件電話して当たるより、もっと大勢の人が集まる場所で機械造形に気づいた人物を探すほうがいい。

 けいすけは一度自宅に戻って仕事着に着替え、すぐさま引き返す。都会の下町然とした街並みを駆け足で抜け、徐々に目立ちはじめた近代ビル群の間を突き進み、名古屋駅に続く賑やかな通りを渡る。そこでようやく目的地が見えた。巨大マネキン『ナナちゃん人形』。待ち合わせ場所として利用され、いまも活発に人々が行き交っている。

 ──これだけの数がいればひとりぐらいいるはずだ。俺と同じように空を見上げて驚くような反応をしている人物が……。

 だが、いない。

 中空に浮遊する機械造形を見上げている者などだれひとりとして。

 けいすけの期待はあっさりと打ちくだかれた。だがすぐに現実を受け入れられず、通りすがりの若い女性を引き止めて尋ねた。あの機械造形が見えていますかと。女性は首をかしげた。同じ空を



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見ているはずなのに、けいすけの瞳に映るものが彼女の瞳には映っていない。

 あきらめなかった。女子高生、サラリーマン、老夫婦、手当たり次第に声を掛けた。大抵は無視され、話を聞いてくれたとしてもまゆをひそめられ、ときに異常者を見るような険しい視線をぶつけられた。

 ──なんでだれも機械造形に気づかないんだ……この世界はおかしいぞ!

 けいすけがゆさを感じながらナナちゃん人形周辺で尋ね続けた。突如出現した機械造形に困惑している、そんな感情を共有できる人物を探して。

 だが、そんな人物どこにもいない。

 だれもがいつもの日常からはみ出していなかった。

 明らかに異常な物体が頭上に存在しているのに、一切感じ取れていない様子でスタスタと過ぎ去っていく。

 けいすけだけが非日常にはみ出していた。

 道行く人々に尋ねても尋ねても話が通じない。〝こちら側〟だった日常は〝あちら側〟に、〝あちら側〟だった非日常は〝こちら側〟に。〝あの子〟捜しで歩き慣れた名古屋の街並みなのに未知の惑星を彷徨さまよっている気分にさせられる。

 気づいたら太陽は空の頂点に達しかけ、放射状の光線を放っていた。

 結果、すべて空振りに終わった。ネットも、電話も、そして直接の声掛けも。