エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ①

 暗闇の中、強い光がともっていた。

 光源は、部屋の隅に置かれた液晶モニター。

 モニターの前には、小学生ぐらいに見える二人の少女が椅子を並べて座っている。

 キーボードを打つ音が部屋に響き、時おりマウスのクリック音も聞こえる。

 一人の少女は長い髪を後ろで結んでおり、右手にはマウスを握っている。左手はせわしなくキーボードを操作しており、画面はその少女の操作に従って動いているようだった。


「ねえお姉ちゃん、次は?」


 画面を操作する少女がそう言うと、隣に座って画面をじっと見ている少女、西にしかわが口を開く。


「次は右から来ると思う。りん、ポジション少し変えた方がいいよ」


 りんと呼ばれた少女はこくりとうなずき、マウスとキーボードを素早く操作する。

 画面には、現実と見分けがつかないほどのバーチャルな戦場が広がっていた。

 中央にはアサルトライフルの銃身が、その上には小さな照準器が光っている。左下には残弾数や残り体力が示され、左上には地形が一目でわかるミニマップが表示されている。

 りんは部屋の中にある高台へと移動し、照準を複数ある入り口のうち右側に合わせた。

 そこで画面がピタリと止まった。

 は、りんの右手をチラリと見る。

 その右手は、まるで時間が止まったかのようにぴくりとも動かない。

 数秒後、りんが照準を置いているまさにその入り口に、人影が現れた。

 瞬間、画面上のライフルから弾丸が吐き出された。

 二人がいる部屋に、銃声と、敵を倒した時の効果音が鳴り響く。

 ──相変わらず、りんは絶対に外さないな。

 が心の中で、自身の妹であるりんの技術を賞賛していると、横から、


「この次はどうしよう?」


 とりんが話しかけてきた。その顔は、相変わらず画面をじっと見ている。


「えっと……次は少しタイミングを外してくると思う。こっちから攻めれば勝てるよ」


 の言葉に対し、りんは再びうなずいて応える。

 画面上の視点が動くスピードが一気に加速する。

 極めて正確な操作によって、壁スレスレの位置を高速で移動していく。

 すると、急に人影が現れた。その銃口はこちらに向いている。だが、相手の銃が火を噴くことはなかった。人影が現れたとほぼ同時に、りんがライフルを発射していた。

 画面上には、勝利のメッセージが大きく表示されている。

 画面を見ていたりんが、の方を振り向く。

 その顔は無表情に見えるが、はそこから高揚を読み取った。


「相手の人、最後びっくりしてたね」

「うん。前に出てくると思ってなかったと思う」

「どうしていつもお姉ちゃんが言う通りになるの? ほんと、魔法みたい」

「これまでずっと最速で詰めてたから。警戒してなかったの丸わかりでしょ」

「わかんないよそんなの。最速って、秒数数えてたの?」

りんも自分でやらないとダメだよ。こんなのズルじゃん」

「そんなことしてるのお姉ちゃんぐらいだよ」

「私だけじゃないよ。お父さんだってやってる」

「本当かなあ。あ、そうだ! お姉ちゃんもプレイする?」

「私は見てるだけでいいよ」

「なんか私ちょっと疲れちゃった。マウスとかキーボードが家のと違うからやりにくい」


 そこで、二人がいる部屋が急に明るくなった。

 りんが後ろを振り返ると、そこにはあきれた顔をしている女性と、その横でニコニコしている男性。

 二人の両親が、部屋に帰ってきていた。


「まだやってるの? 寝てると思ってた」


 あきれている母に、父は笑って応える。


「まあまあ、せっかくの海外なんだからいいじゃないか」

「部屋でゲームするなんて、それこそ日本でもできるじゃない」


 りんが「えー、まだ途中だったのに」と非難するように言う。


りん、もう疲れたって言ってたじゃん。もう終わりね」


 がパソコンの電源を切る様子を、りんは恨めしげに見ている。だが流石さすがにもう眠いのか、大きなあくびをしている。


「お父さん、練習どうだった?」


 が尋ねると父は「ああ、かなり調子いぞ」と答えた。「そうだ、さっきすごいプレイが出たんだよ。録画もあるし見るか?」


 父の声に、眠そうに目をこすっていたりんがぴくりと反応し、


「見たい」


 と言って父に近寄っていく。


「そんなこと言ってないで、もういいから寝なさい。あなたも明日早いんだからもう寝てよね」


 母にそう言われて洗面所へと向かう父の背中を見ながら、りんと歯をみがいている。

 たち一家は、アメリカに来ていた。

 ただの海外旅行ではない。


「お父さん、明日勝てるかな」


 母がつぶやくのが聞こえた。


「うん、勝てると思う」


 の言葉に母は「だといいけど」と苦笑し、「でも、世界大会ってあんなに大きい会場で開かれるのねえ」と思い出したかのようにつぶやいた。


 翌日、父は朝早くにホテルを出て一人で会場に向かった。

 りん、そして母の三人は少し遅れて、ホテルの近くにある会場へと歩いていた。


「ねえお姉ちゃん、今日のお父さんの相手ってどんな人?」

「どんなって、アメリカ代表だから強いよ」

「試合見たの?」

「ちょっとだけね」

「本当? どんな感じか教えて」


 そう言ってきようしんしんりんを見てくるが、はヒヤヒヤだ。


りん、ちゃんと前見て歩いてよ」

「大丈夫だよ、ちゃんと見てるから」

「見てないでしょ。さっきもつまずいてたし」


 アメリカの道路は日本に比べて道があまり舗装されていないし、車の運転も荒い。

 普段は母もりんに注意するのだが、今日はあまり余裕がないようだ。


「けど私、お父さんがしてるゲームよりも、いつも家でやってるゲームの方が好きだな」


 そうつぶやくりんは相変わらず前を見ていなかった。仕方ないからが手をつなぐと、りんはその手をぎゅっと握り返してきた。その力は、日本で普段手をつなぐ時よりも強い気がした。

 他人からは、りんはほとんど表情を変えず、感情がわからない子だとよく言われる。

 ただ、にはなぜか、りんの考えていることがよくわかった。


りんは英語しやべれないんだから、チームプレイのゲームは無理でしょ」


 はため息をつきながら言った。


「相手がいる場所だけしやべっておけばいいもん」

「まあ、確かにりんはあっちのゲームの方がうまいけどさ」

「それに、あっちだったらお姉ちゃんとも一緒にできるし」

「私と一緒にプレイしても、りんいつも文句言ってばっかりじゃん」

「文句じゃないよ。お願いしてるだけ」

「あれはお願いって言わない。りん、私よりうまいんだからもっとうまい人とやればいいのに」


 実際、りんのゲームの実力は歴然としていた。


「それはやだ」

「え?」


 突然の強い否定に、は思わずりんを振り向く。

 りんは下を向きながら歩いている。道路の線に沿って歩こうとしているようだった。


「お姉ちゃんと一緒にゲームやってる時が、生きてて一番楽しいもん」

「……生きててって、おおなこと言わないでよ」