エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ②

 りんは、こういう恥ずかしいことを平気で言える子だ。その率直さが学校では良くも悪くも出てしまい、同級生とよくトラブルになっていることをは知っている。

 そうこうしているうちに、三人は会場まで到着した。

 たちは、広い会場に圧倒されながら、母の後ろに付いて関係者席へと向かう。

 関係者席に着くと、先に来ていた日本人男性がたちに話しかけてきた。父と同じくゲームプレイヤーで、たちの家にも何度か遊びに来たことがあった。


「さすが西にしかわさんですね、これまでの試合と観客の数が全然違う」


 母は「あの人にそんな人気があるんですか……」と言うが、実感が湧いていないようだった。

 しばらく待っていると英語でのアナウンスが始まり、会場がざわつく。

 ひときわ大きな歓声が起こったその時、父が対戦相手と思われる大柄な外国人と一緒に入場してきた。ステージ中央に着いた二人は手を合わせて、向かい合って用意されたパソコンの前にそれぞれ座った。

 は会場の上部に備え付けられてある巨大ディスプレイに目をやる。

 昨夜、りんがプレイしていたゲームと同じ画面が映し出されており、今はウォームアップをしている様子だった。ディスプレイは真ん中で分割され、一方に父の画面が、もう一方にはアメリカ代表選手の画面が映っている。

 ウォームアップはすぐに終わり、あっという間に試合が始まった。

 試合が始まるまではを質問攻めにしていたりんは、試合が始まると一切のおしゃべりをせず、じっと画面を見ていた。周囲にいる日本人も、同じように画面に集中している。

 巨大モニターでは、両プレイヤーの視点が目まぐるしく動いていた。


「お父さん勝った!」


 突然隣でりんが叫び、母の肩がびくりと揺れる。

 ステージ上では、父がヘッドフォンを外して相手選手と握手をしている。

 たちの隣に座っている男が話しかけてきた。


「すごい……世界ランク上位のプレイヤー相手に圧勝ですよ!」


 興奮している男から声をかけられ、母は戸惑っている。


「え、えっと……そんなにすごいんですか?」

「ええ、この調子でいけばあのポルシェを持ち帰れますよ」


 男は、副賞として会場に展示してあるポルシェを指差して笑う。

 父は、前に詰めかけている観客にサインをしていたが、しばらくするとステージ裏へと戻って行った。たちも控え室へと移動した。

 控え室のドアを開けて入ってきたたちに、父は笑顔を見せた。

 だが、その後に腕を組んで首をかしげる。


「全然ダメだったな。もっと楽に勝てたよ」


 母は「もう、勝ったんだからいいじゃない」とあきれる。

 試合に勝った時の父はいつもこうだった。

 負けた時の方がよほどさっぱりした顔をしているような気がする。


「相手の人、最後に少し動き方を変えてきてた」


 がつぶやくと、父が笑顔で振り向く。


「そうなんだよ、油断して追い上げをくらった。はよくわかってるな」


 父に褒められ、も思わず笑顔になる、

 父の近くにいたりんが、の方にやってきて「どういうこと? ねえお姉ちゃん、どういうこと?」と尋ねてくる。

 母が「あと何試合すれば優勝なの?」と父に尋ねる。


「勝ち続けたらあと五試合かな。負けたらそこで終わりだ」

「お父さんなら絶対勝てる!」


 にくっつきながら叫ぶりんの頭を、父はほほみながらなでている。

 は、そんな父の姿を複雑な気持ちで眺めていた。

 アメリカ滞在の日程は変わらないのだから、早く終わってもらったほうが旅行の期間が多くなる。にとっては、初めての海外旅行で、しかも普段滅多にしない家族旅行でもあった。

 もちろんそんなことは口に出さない。

 父が、ゲームの世界大会出場を目指して会社を辞めた時は驚いた。母は最後まで反対したが、最終的には父に押し切られる形で納得したようだった。

 幸い、普段の生活に困窮するということはなかった。

 ただ、父の職業を知った時の友人たちの反応はさまざまだった。ゲームを仕事にしている両親など、どこにもいなかったからだ。

 男子から「遊んでるだけじゃん」と笑われた日の夜は悔しくて眠れなかった。

 遊んでるだけと言われたことが悔しかったのではない。

 言い返せない自分が悔しかったのだ。

 翌朝、父に男子から学校で言われたことを伝えると、父は笑いながら、


「確かに、楽しく遊んでるだけだな」


 と言った。父の答えはには不満だったが、父はこう続けた。


「それを仕事にしているんだ。めちゃくちゃすごいだろ?」


 の悔しさを晴らすには、その言葉だけで十分だった。

 今日も、父はステージ上で楽しそうにゲームをしていた。

 だからも、観光をせずに、もう少しここにいてもいいかと思えた。


 翌日も午前中から父の試合があった。

 父は朝早くから起きて、体調も上々のようだった。会場に別々に向かった昨日とは異なり、りんも父と一緒に会場まで行くこととなった。母はやることがあるからと、後から付いてくることになった。

 父とりんの三人が会場に到着してすぐ、父は見知らぬ外国人に声をかけられた。

 父は軽く話してすぐに立ち去ろうとした。試合前に余計なことが起きるのは避けたかったのだろう。男はノートパソコンを持っており、なにか手伝いを求めている様子だった。

 父が立ち去ろうとすると、外国人の男はりんに近寄ってきた。

 見慣れぬ大柄な男に外国語で声をかけられ、たちは身体からだを硬くした。

 たちの様子を見た父は、男に声をかけた。少ししやべった後、父と男は握手を交わした。その後、父はバッグから何かを取り出し、男のノートパソコンに接続して操作を始めた。

 操作自体はすぐに終わり、男は笑顔で去っていった。

 後ろ姿を見送りながら、が父に尋ねる。


「お父さん、あの人なんだったの?」

「ああ、俺の設定ファイルがほしいって頼まれてな。まあ、これぐらいいいよな」


 普段なら試合前には頼みに応じない父も、たちが話しかけられて不安そうなのを見て、快く対応してくれたのだろう。察した


「ごめんなさい」


 と謝ると、父は笑って「いいんだよ」と言っての頭をなでた。


 父の試合はお昼前に設定されており、まだ少し時間があった。

 控え室では、父がパソコンに向かってウォームアップをしている。たちはその間、静かに待機していた。そろそろ観客席へ移動しようと思っていたその時、控え室の扉がノックされ、複数の男たちが控え室に入ってきた。

 父は彼らと何やら深刻そうに言葉を交わしていたが、徐々に声の調子が荒くなっていった。


「ねえ、あれ何の話?」


 が尋ねると、


「わからないけど……がどうこうって」


 と母が心配そうに答えた。

 男たちが部屋を頻繁に出入りしている中で、部屋の中には次第に重苦しい空気が漂っていった。しばらくすると、リーダーのような人間が再び姿を現して、父と数分間言葉を交わした。その間、父の表情は硬いままだった。

 そのまま、男たちは部屋から出て行った。

 たちが観客席へと移動するために部屋を出た時、父はいつもの笑顔を取り戻していた。

 しかし、その笑顔にはどこか普段とは異なる影があったようにには見えた。