エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す

エイム・タップ・シンデレラ 未熟な天才ゲーマーと会社を追われた秀才コーチは世界を目指す ⑩

 そんなに気づいていないのか、りんは下を見ながら、声のトーンを落として言葉を続けた。


「でも、もし、もし本当にお姉ちゃんが興味あるなら紹介はできるかもしれない」

「……紹介って、誰を何に?」

「私たちのチームで、見習いみたいな仕事とか」

「……見習い?」

「そこでゆっくりと知識をつけるっていう手はあると思う」


 ゲームの知識がない人。見習いなら紹介できる。

 そうか。りんに、今の私はそう見えているのか。

 ──いや違う、りんだけじゃない。

 じようが私に声をかけてくれたのだってそうだ。

 は頭に血が上ってくるのを感じる。

 手をグッと握り、机を見つめる。


「私だって、ずっと続けていた」

「え?」

「私だって、ずっとゲームを続けてたって言ってるの。お父さんと離れてからも、ずっとゲームは見てきた。もちろんりんやお父さんみたいにプレイはうまくないけど、ヴェインストライクだって、りんが出てる試合は全部見てるし、海外の試合だって見てる。私だって」


 ──お父さんの娘なんだ。

 が顔を上げると、りんが大きな瞳を広げてを見つめていた。


「お姉ちゃんが、ヴェインストライクを見てるの?」

「そうだよ」

「私の試合も?」


 はもうヤケクソだった。

 抑え込んでいた感情が、まるで噴火するかのようにあふれ出ていた。


「何よ、見ちゃ悪いの。りんのクセだって、りんのチームの他の選手のことだって全部知ってる。私だったら、りんに勝てるチームを作ることだってできる」

「お姉ちゃん、ちょっと待ってよ、なに言ってるの?」


 の言葉に困惑したりんが尋ねた時、机に置いてあるりんのスマホが鳴り始めた。


「ああ、ごめん、ユウキたちが近くに来てる。実はこのあと撮影が入ってて」


 バッグの中から財布を取り出しながら、りんは早口で言う。


「けど、お姉ちゃん……やっぱり、もう一度考えた方がいいと思う」


 りんは千円札を机に置くと、早足で出口へと向かっていった。

 りんの姿が見えなくなったと同時に、はテーブルに突っ伏した。

 言ってしまった。

 もう、後に引けないではないか。

 は頭を抱えながら、いつから有休を取るかを考え始めた。


 昼下がりの中目黒。

 がらんとしたオフィスの二階で、じようが向かい合って話をしていた。

 二階の半分は執務エリアになっており、ソファが設置されている休憩スペースもある。

 パーティションで仕切られた残り半分の空間はまだ何もなく、今後ゲーミングスペースになる予定だ。


「妹さんと話したらケンカして、その勢いでチームに勧誘した? しかも断られたって?」


 うなずく。


「あはは、さん意外と面白いね。そういうの好きだよ。ただ言い忘れていたけど、彼女には前に一度声をかけたことがあったんだ。その時はあっけなく断られたけどね」


 は「すみません、お役に立てず」と言いつつ、断られたことを言わなかったのは絶対にわざとだろうとも思った。


「いいよいいよ。ちなみに他にアテはある?」

「妹に頼めば誰か紹介してくれるかもしれませんけど」

「それはちょっと面倒そうだな。まあ、任せるよ。最高のチームを作ってくれればそれでいい。実力だけじゃなく、ルックス、キャラ、経歴にも気をつけてほしい。何か質問ある?」


 サラッと高い要求を並べられた。

 は、浮かんできた無数の質問の中で、一番どうでもいい質問を口にした。


「あの、チーム名は決まっていますか」

「ああ、確かにそれは重要だな。そうだ、かっこいいやつをAIに提案させてみるか」


 じようはスマホをいじり出し、すぐに「お! これいいじゃん」と画面をに見せてきた。


「エニグマ・ディヴィジョン、ですか」


 なぜ、暗号機? 中二病? ダサくない?

 思わずそんな言葉が口から出そうになる。


「シンプルだけど気に入った」


 の気持ちに気づかないじようは上機嫌だった。

 じようは次の用事があるからとそのままオフィスを出て行き、は一人取り残された。

 じようは、最高のメンバーを集めろと言っていた。

 もちろん、できるならばそうしたい。実際、予算は潤沢だ。

 しかし、問題はタイミングにあった。

 シーズン開幕はもう間近に迫っている。りんのような有名選手はチームが手放すはずがなく、フリーエージェントとなっていた有望な選手たちも既に新チームと契約済みだろう。

 は、思わずオフィスの天井を仰ぐ。

 がこの前まで勤めていた会社と似た、モダンな吹き抜けデザインだ。

 違うのは、その空間にいるのが自分だけということだった。


***


 ついこの前までは何もなかった、中目黒オフィスのゲーミングスペース。

 そこに今は、ゲーム用のデスク、チェア、PC、それにモニターがずらっと並んでいる。

 だが、その空間に座っているのは、相変わらず一人だけだ。

 はヘッドフォンをつけているものの、その右手に握っているのはマウスではなくボールペンだ。せわしなくノートにメモを書き込んでいる。

 の目の前のモニターには、激しく動くゲーム画面が映っていた。


頼む!」


 男性の声がのヘッドフォンから聞こえた瞬間、画面の端が明るく光った。その光に合わせて、の画面に映るプレイヤーは素早くポジションを変える。

 目の前に人影が現れた瞬間、手に持っていたライフルが頭を撃ち抜いた。敵を倒した時のエフェクトが画面上に表示されると同時に、ラウンド勝利の文字が大きく表示された。

 次のラウンドが始まるまでの準備時間。


「ナオト、フラッシュのタイミングもう少し早くしてほしい」


 先ほどの声が再び聞こえた。

 フラッシュとは、敵の視界を一時的に奪うサポートスキルのことだ。


「いや、あのタイミングがベストだろ」


 高い声で応えるのは、先ほどナオトと呼ばれたプレイヤーだった。

 議論を交わしている二人は、セジュンとナオト。

 セジュンは韓国系日本人で、本名もセジュン。

 ナオトはハンドルネームで、こちらは両親ともに日本人。

 二人とも十九歳の男性で、既にチームの選考を通過し、メンバーとして確定している。

 たちは現在、『スクリム』と呼ばれる練習試合をしていた。

 プロチームでは、毎日スクリムを数試合行い、その後に反省会や作戦会議をするのが一般的だ。今のスクリム相手は、韓国の中堅プロチームだった。

 次のラウンドが始まるまで続きそうなナオトとセジュンの議論に、別の声が割り込む。


「おい、そういうのは反省会でやれよ」


 と声をかけたのはテオだった。テオはセジュンの同級生で、韓国系の日本人男性。先にしやべっていた二人と同様に、テオも既にメンバーとして確定していた。

 次のラウンドが始まると、一瞬静寂が訪れたところで、指示が飛んだ。


「次はフェイクでいこう。テオとナオトがアクションを起こして、残りは逆サイドで待機」


 この指示を出したのはジンだ。

 ジンも既にチーム入りが確定している選手で、年齢は二十六歳の日本人男性。別ゲームでは日本代表をした経験も持つベテランだ。選手の中では最もキャリアが長いこともあって、自然にチームのをしている。オーダーとは、要するに司令塔のことだ。