かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。

第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ①


 今日こそは、日付が変わる前に家に帰れるはずだった。

 天海あまみそうが、品川にある大口取引先の本社ビルから出たときには既に二十一時を回っていた。一週間前に発生したシステムトラブルの謝罪が今回の訪問の目的だったが、およそ二時間にわたる先方からのクレームを受け続け、精も根も尽き果ててしまっていた。

 二月の肌を刺すような風に吹かれつつ、コートに両手を突っ込んで、品川駅へ入る。コンコースの階段を降りたところで、ちょうど来た新宿方面のやまのてせんに乗る。車内は帰宅を急ぐ人で混み合い、座ることは出来ない。

 蒼真はつり革に摑まり、ため息をつく。

 本当は会社に一旦戻ってやらなければいけない残務もあったが、正直、もう気力は残っていない。蒼真は思い切って、チャットSlackの部署のチャンネル宛てにそのまま直帰することを宣言する。

 会社のある新宿駅で降りた後も、改札の外に出ることはなく、反対ホームの中央線に乗り換える。家に帰ったらとりあえず発泡酒でも飲みながら、先週リリースされたばかりのゲームでもやろうかな、などと考えていたそのとき、コートのポケットに入れたスマホが震えた。

 通知画面に表示されたのは、同僚から自分宛てのメッセージ。


 @soma:天海さん、すみません。出前アプリ、エラー吐いています。起動不可。


「…………え?」


 心臓が一回、大きく脈打った。

 続けざまにスクリーンショットが送られてくる。


「もぐもぐ出前屋さん」というロゴにおおかぶさって表示された、


『通信エラーが発生しました。時間がってから再度お試し下さい』


 というメッセージと、十三桁のエラーコード。

 自分のスマホに入っているテスト用アカウントで試しても全く同様の症状だ。

 蒼真の顔から血の気がひき、喉が一気に干上がった。


「もぐもぐ出前屋さん」は、自社で運用しているフードデリバリーアプリだ。後発とはいえ、ここのところ利用ユーザーが順調に増えていて、現在の加盟店は約一万店、アクティブユーザー数は約七十万人。影響範囲はまだわからないが、最悪の場合、これだけの人数からの出前依頼が全て止まっているということだ。

 どうしてこう次々とトラブルが起こるんだろうか。今日、謝罪訪問したクライアントに提供しているのとは別のサービスであるだけ、まだましかもしれないが、心は折れそうになる。これだと、さい河原かわらで石を積んでいるのと同じだ。


 ──ログ見られますか?

 ──保守に依頼中です。


 思わず顔をしかめる。本番環境のログなんて、保守に依頼しなくとも、開発チームの端末から簡単に見られるだろうに。

 それに、元々、最初からちゃんとしたエンジニアが開発に入っていたら、こんなお粗末な状況にはなっていなかったはずだ。最初に作ったやつが、いわゆる「作り逃げ」をして、現在は、皆でその尻拭いというわけだ。

 自分が大学時代に作っていた同人ゲームだって、もう少しましな作りをしていたぞ。

 そうだ、開発チーフのいずみはいないのか? 彼女がいたら即座に対応出来るはずだ。


 ──泉さんは? つかまえて、ログを見てもらった方がいいです。

 ──飛行機の中みたいでつながりません。羽田に着くのは一時間後かと。


 蒼真は心の中で頭を抱える。

 泉チーフがつかまらないとなると、ここは自分が対応するしかない。


 ──了解です。僕の方でログを見ます。


 電車がゆるゆるとスピードを落とし、駅にまる。ちょうど、蒼真の自宅の最寄り駅だった。急いでホームに降り、改札の外へ。

 それから、道路を渡り、商業ビルの階段を駆け上がり、二階に入っているファミレスへと飛び込む。暖房がよくきいていて、暖かい。

 この店は、駅前とはいえ、一本奥まったところにあるせいか、いつも比較的空いており、今日みたいな障害対応時や、休みの日の持ち帰り仕事をこなす際にしょっちゅうお世話になっている。最近だと、今、自分が主体になって考えている新サービスの企画書を作るのによく使っている。


「いらっしゃいませー、空いているお席へどうぞー」


 奥から飛んできた店員の言葉に、足早に店内の奥へ進む。

 とはいえ、今日の店内は、なぜか思った以上に混んでいて、会社帰りのサラリーマンや、勉強中の大学生、それに、おしゃべりに興じる若者たちで客席は全て埋まっていた。


「空いてない……」


 まさかの立ち往生。店員もうっかり気づかなかったのだろう。

 しまった。これは予定外だ。ここで数分待てば空くだろうか。いや、時間も無いし、ここは別の店に行った方がいいだろう。そんなことを考えながら出口へ歩き始めたときだった。

 突然、左腕がぐいと引っ張られた。


「あのっ! おにーさん、おにーさんってば!」


 振り向くと、目の前に女の子の笑顔があった。

 ウェーブのかかった長い黄金色の髪を背中に流し、耳にマリンブルーのピアスをした女子学生が、小さな八重歯をにっ、とむき出しにして、こちらを見上げている。

 蒼真はいきなりのことに思考が追いつかず、その場で固まってしまう。


「え、ええと……」

「さっきからずっと声をかけているのに、聞こえてないみたいなんで! 向かいの席が空いているので、良かったらどうぞ!」

「へっ!? ちょ、ちょっと……!」


 彼女の前には、二人がけのテーブルが一つ。

 えっと、これって、まさか、相席ってこと……?


「あ、あの……。でも、それじゃ、狭くないですか……?」

「あたしは、大丈夫ですよ! もう食べ終わっちゃったので!」


 八重歯の少女が、紙ナプキンでテーブルを拭きながら、蒼真に笑ってみせる。

 いやいや、さすがにそんなわけにはいかないし……。

 と、手にしたスマホが連続して震え、会社からメッセージが送られてくる。ログの場所がわかりません、パスを教えてください、という悲鳴にも似た内容だ。

 ……背に腹は代えられない。


「あ、ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えます」


 蒼真は少女に頭を下げて急いで席に着くと、ノートパソコンを立ち上げつつ、OSやバージョンの異なる検証用スマホ四台を並べていく。


「じゃ、とりあえず、ドリンクバーでいいですか?」

「ええ、お願いします……」


 タッチパネルで注文をしてくれている、向かいに座った女子学生の視線が一瞬、気になったが、今はそんなことにかまっている余裕はない。

 テザリングでPCをネットワークに接続し、クラウドサービスのコントロールパネルコンパネにログイン。ステータスチェックをしつつ、コマンドを入力。


「って……、まじか……」


 直後、画面を高速で流れ始める大量のエラーログを前に、口の中が乾いていくのがわかった。

 サーバーが待機系に切り替わっていない。

 異常を検知すると、待機系と呼ばれる予備のサーバーに自動的に切り替わる仕組みがく動いていないのだ。

 そして、ログの内容からして、おそらくデータベースまわりに問題が起こっている可能性が高い。トラブルが長期化するパターンだ。

 蒼真が保守部門の担当者に電話をかけると、スピーカーから今にも泣き出しそうな声が聞こえてきた。


『天海さん、手順書、全部試したんですけど、全然ダメで……』


 予想通りだ。

 周りに迷惑にならないように、小声で相手に伝える。


「そうですか。とりあえず、今、生きているプロセス、一旦、全部殺してくれますか。隠れている子プロセス子供も忘れずにお願いします。その後、再起動かけてください」


 少し間をおいて、祈るような気持ちで、ステータス確認のコマンドを打つが、画面には無情にもサービス停止を意味するメッセージが表示される。

 蒼真は天井を仰ぐ。

 これでもダメだとすると、最終手段しかない。これをやると、ほぼ確実に復旧は出来るが、データベースの整合性に問題が出るなど、後処理は面倒になる。とはいえ、チーフの泉も、蒼真の判断を尊重してくれるだろう。