かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。

第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ②

 蒼真は意を決して、相手に告げた。


「サーバーの再起動を、かけていただけますか」

『わかりました』


 しばらくして、画面上のプロセスが立ち上がってくるのを確認しながら、小声で保守担当と連絡をとり続ける。

 時にはチャットツールで手順書にないコマンドを保守担当に指示するなどして、なんとか仮復旧に成功。

 そこでようやく、羽田空港に降り立った開発チーフの泉がチャットに入ってきて、後の対応を引き継ぐことが出来た。

 時刻は二十二時十分。障害時間は、約二時間四十五分。

 長時間障害となった上、データベースの不整合が生じ、障害発生時に利用していた一部のデータもおかしくなってしまった。今頃、サポートセンターにはユーザーからのクレームが殺到していることだろう。明日、朝一での、関係部門を集めたアクション会議は大荒れ必至だ。


「…………ふう」


 蒼真はとりあえずどう中のステータスを表示するパソコン画面をぼんやりと眺めつつ、深いため息をつくと、顔を上げ──

 真向かいの席に座った女子学生が、黒目がちな大きな瞳を輝かせて言った。


「お疲れ様でしたっ!」

「…………うわっ!?」


 蒼真は驚きに思わずり、壁に後頭部をしたたかにぶつける。作業に集中するあまり、今の今まで、真向かいの席に女子学生が座っていたことを、すっかり失念していた。

 というか、最初は確かに相席だったけど、途中で帰ったものだとばかり思っていた。まさか、そのまま残っていたなんて。

 彼女は、テーブル越しに、ずい、と身を乗り出してきて、


「あのっっっ! おにーさん、とっても、とーっても、かっこよかったです!!」

「ええと……、その……、あの……」

「ばーっ、とキーボードをたたいたかと思ったら、とってもクールな声で、『皆殺しだ!』とか、『子供も容赦するな!』とか、ザ・戦場の司令! って感じで、あたし、すっごくしびれちゃって!」

「はあ…………」


 身振り手振りを交えた、テンションの高さに思わずされる。

 彼女は白磁のような頰を紅潮させて、顔をぐっ、と近づけてくる。ふわりと香り立つ香水の甘い匂いに、蒼真は目一杯あと退ずさる。


「ちょ、ちょっと待って……! なんか、すごく褒めてくれるのはうれしいけど、とりあえず落ち着かない……?」

「あっ……、すみません!」


 彼女は舌をぺろりと出し、右手で自分の頭を軽く小突くと、すとんと椅子に座り直す。

 この子、一体、なに……?

 冷静になってよくよく考えると、おかしくないか? ファミレスで見ず知らずの大人に相席を持ちかけ、しかもこっちの仕事中、ずっと待っているなんて。

 蒼真は顔を引きつらせながら、改めて目の前の少女を見る。

 すっと通った鼻筋に、派手ではないけどメイクの施された小顔。少し着崩した制服の襟元からは、年齢の割に大きなバストがのぞいている。

 思わず目をそらしてしまった。

 典型的な陽キャだ。今だと、クラスの一軍女子とでも呼ぶのだろうか。蒼真が高校生だったころは、最も縁遠かった人種。

 確かに助かったけど、気をつけるに越したことはない。相手は学生だし、変なことに巻き込まれたら大変だ。ここは早く退散する必要がある。

 蒼真はちらりと少女の顔を見ると、居住まいを正して深々と頭を下げる。


「ええと……、とにかく、本当に助かりました。おかげでトラブルもなんとか片付いたし」

「い、いえ! そんなことは気にしないでください! あたしもお役にたてて良かったです!」


 そして、蒼真はわざとらしく腕時計に目線をやり、テーブルの上に置かれた伝票の金額を確認すると、長財布から三千円を取り出す。


「それじゃ、そろそろ僕は行くので。お会計、ここに置いていきますね」


 周りから変な風に見られたらやだな、と思いつつお札を置き、テーブルの上の機材を片付け始める。

 と、彼女が慌てたように言った。


「あ、あの……! ちょっと待ってください! あたし、おにーさんに、お話ししたいことがあって、今まで待ってたんです!」

「…………え?」

「あたし、今、すごく興奮しているんです。おにーさんは、あたしがずっと、探していた人かもって!」

「………………はい?」

「おにーさんは、プログラミングとか、しているんですよね!?」

「え……と、一応……、そういう仕事はしている。今、やっているのは、主に業務系だけど」

「じゃあ、あと……、昔、ゲームを作っていたことありませんか!? 同人サークルとかで」

「……………………へ?」


 一瞬、頭が混乱する。今、この子、なんて言った? 同人サークル? いかにも、陽キャっていう見た目と、同人という言葉が結びつかない。


「ええと……、大学時代にちょっとだけは……。いろいろあって、体験版を出しただけで、完成はしなかったけど……」


 途端、花が開くかのように、ふわああ……、と彼女は顔を綻ばせた。


「やっぱり……! サークル『かざもりの民』をやっていた、『そーま』さんですよね……!?」

「…………!」


 一瞬、思考が止まった。

 それから半分かすれた声で尋ねる。


「……あの……、どうして、その名前を……」


 混乱に拍車がかかる。やっていたゲームサークルは、全くもって無名の弱小サークル。ノベルゲームを作ろうとしたけど、色んな事情が重なって、結局、リリース出来なかったのだ。

 なのに、どうして、この少女はサークルの名前を知っているんだ? それに、自分のことも……。


「四年くらい前、コミケに出てましたよね? あたし、そこで、そーまさんから体験版をもらったんです! 『風の砂漠と飛行機乗りの少女』!」

「あ、うん……、確かに出てたけど……」


 彼女は一回会っただけの自分の顔を覚えていたということなのか? こっちはもちろん、彼女の顔なんて覚えていない。


「序章だけでしたけど、あたし、とても感動しちゃって……! それで、サークル代表のそーまさんのSNSもフォローして、正式リリースをずっと待っていました。結局、開発中止になっちゃって残念でしたけど……」


 彼女は一瞬、そこで眉尻を下げてさみしげな表情をしたものの、すぐにうれしそうな表情に戻り、


「でもでも、あたし、ずっと、そーまさんのSNSを見続けていたんです。新しい発表とかないかなって! そしたら、そーまさんがこの辺に住んでいるってわかって、絶対見つけてやるぞって思ってたら、この前、初めて見覚えのある顔をこのお店で見かけたから、張り込んで……!」

「待って待って待って!」


 思わず右腕を前に伸ばして止めた。


「…………ん?」

「い、言ってること、めちゃくちゃこわいんだけど!」

「あはっ、確かに、ちょっとストーカーっぽいかも! でも、目的を達成するには、これくらいがっつり行動するのはとーぜん! って感じですし!」


 まじか……。これが陽キャの行動力というやつか。というか、今、『目的』って言わなかったか? なに、その目的って……?

 顔から血の気が引いた蒼真の前で、彼女は突然、ぱちんと両手を重ね合わせ、


「そんな、そーまさんに、お願いがあります!」


 真剣なまなざしを向け、


「あたしと一緒に、ゲームアプリを……、ソシャゲを作ってくれませんか!?」

「………………へ?」

「ゲームを大ヒットさせたいんです! 目標は、一千万ダウンロード!」

「………………」


 まじまじと相手の顔を見つめ返してしまった。


「ゲームアプリを……、作る……?」

「うん! そーまさんに、プログラムやシステム、そして、全体のディレクションをお願いしたいんです!」


 しばらく、間が空く。

 蒼真は心を落ち着けるために深呼吸をして言った。


「ちょっと待って。色々突っ込みどころはあるんだけど、まず一つ目」

「なに?」