かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。

第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ⑩

 だけど、本当のところは蒼真自身もわかっていた。

 自分は、このゲームに魅せられつつある、と。

 ここ数日、光莉に何度も断りのメッセージを送ろうとしたものの、か送信ボタンを押すことが出来なかった。彼女の悲しむ顔が思い浮かんだというのもあったが、本当に断っていいのかという葛藤があったからだ。

 いや、だけどそれは破滅への道ではないか? そんな選択をするやつは、まともじゃない。


「おっしゃることはわかります。ただ、挑戦と無謀は違うのではないでしょうか? 日本に進出したばかりの外資や、ベンチャーの中には、明らかに無謀というものもあると思います」

「そうだろうか」


 泉が語気を強めて言った。


「もちろん、事業計画が甘いベンチャーや外資はある。だが、そこにある程度のビジネス経験がある君が入ればどうなる? 君が一からチームを作り、組織全体の採算を考え、プロダクトをリリースし、事業を成長させればいいだけじゃないか?」

「…………!」

「そして、それは君自身のためにもなる。普通では得がたい経験は、君の血肉となって、とんでもなく貴重なビジネススキルになるからだ。いつも言っているだろう? エンジニアは技術だけやっていればいいわけじゃない。エンジニアとして生き残るためには常に顧客の視点に立ち、ビジネススキル全般を磨け、と。結果、たとえ、この先なにが起ころうと、君は生きていくことが出来るだろう」


 彼女の真剣な目が、蒼真の目をく。

 目をそらすことが出来ない。


「それに、天海くん。この市場環境の変化が激しい世の中において、なにが一番のリスクか知っているか? それは──、なにもしないことだ」

「…………」


 蒼真は雷に打たれたかのように、その場から動けなかった。

 膝の上に置いた両の拳が、無意識に握られていく。

 ややあって、泉は表情をやわらげ、珍しく気恥ずかしそうな笑みを浮かべる。


「悪いね。君の人生なのに、好き勝手言い過ぎた。まあ、これは、あくまで私の個人的な意見だ。君は君自身のやりたいようにやればいい」

「…………はい」


 身体からだの奥が、熱を帯びている。

 心臓が早鐘のように鳴っている。

 熱は力強い血潮に乗り、蒼真の全身を駆け巡り始めている。


「さあ、真面目な話はここまでだ。折角だし、今日は飲んでほしいな。君には日頃、色々助けてもらっているからな」

「ありがとうございます……!」


 泉が傾けてきたとつくりの前に、おちよを差し出した。


 二人だけの「打ち合わせ」は、午後八時にはお開きとなった。とはいっても、五時から飲み始めたので、三時間は飲んでいたことになる。

 東海道線に乗る泉とは駅のコンコースで別れた。彼女にしては珍しくアルコールに顔を赤く染めていたものの、足取りも口調もしっかりしており、帰りは特に心配なさそうだった。

 泉の姿が改札の向こうに消えると、蒼真はスマホを取り出し、チャットアプリから、光莉の名前を呼び出した。

 少し酔っていたが、頭の中は驚くほど明瞭だった。

 そして、アプリのメッセージ欄に入力する。


『プロジェクト参加の件、熟慮いたしました。

 謹んで、おうけいたします。

 これからどうぞよろしくお願いいたします』


 いや……、固すぎるか。

 光莉相手だから、もう少し柔らかくするのがいいだろう。

 ちょっと考えて、メッセージを打ち直そうとしたとき、ぶるり、と端末が震え、彼女からのメッセージが届いた。


『そーまさん、やっぱり、あたし、どうしても、そーまさんに来て欲しいんです!

 明日、会えませんか?

 それと、新しいイラスト、今、描きましたのでお送りします』


 続いて送られてきたのは、光莉が描いた、ティザーイラスト。

 思わず笑みがこぼれた。

 それは、神々に立ち向かう少年少女たちの、休息。

 地下にもうけられた司令室に持ち込まれた、大きな木製のテーブルに、山のようなごそうと飲み物が並べられ、その周りで、くつろいだ表情の彼、彼女たちが思い思いに過ごしているパーティの場面だ。

 そんな中、制服姿の一人の少女が、こちらに向かって手をあげて、笑顔でなにか呼びかけている。

 その少女がなにを言わんとしているかは、すぐにわかった。

 蒼真はスマホにメッセージを打ち込む。


『あれから、色々考えました。

 是非、スカイワークスの一員に加えてください!!』


 自然と、笑みがこぼれた。

 蒼真は、大きく深呼吸をし、送信ボタンを押すと、やまのてせんに乗るべく、帰宅ラッシュで混み合う階段を下りていった。