かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。
第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ⑨
打ち合わせも無事終わった上に、先日、「出前アプリ」もサービス統合ではなく、廃止という方針が決まったことにより、乱暴に言えばデータを全部消せばいいだけになってしまい、システム担当としてはほとんどやることがなくなってしまった、というのが率直な状況だ。
「そうか。それなら、どこか店に入って、今後について簡単に打ち合わせしよう」
言うなり、足早に歩き始めた。
泉チーフが外で打ち合わせなんて珍しいな、と思いながらついて行く。
品川の高層ビル街から大崎方面に歩きながら、蒼真はスマホのスケジュール帳を見つつ、光莉のことを思い出す。
回答期限は明日なのに、まだ断りのメッセージを送れていなかった。
文面は出来上がっているものの、送信ボタンを押す直前になるとどうしても指が止まってしまうのだ。
光莉の悲しむ顔が思い浮かんでしまい、後で送ろう、と考えているうちに、ずるずる今日になってしまっていた。
とはいえ、もうリミット直前だ。
彼女からも催促のメッセージが来ているし、いい加減、返した方がいいだろう。
そんなことを考えているうちに、ふと気づくと、いつの間にか品川駅前を通り過ぎていた。
打ち合わせでコーヒーショップに入るには、ちょっと歩きすぎじゃないか、と
そして、一本路地裏に入り、のれんの掛かった小さな店の前で立ち止まった。
「この店にしよう」
「……えっと、ここって……」
どう見ても居酒屋というか、小料理屋というか。
蒼真の戸惑いをよそに、彼女がのれんをくぐると、奥から
通されたのは個室の
テーブルを挟んだ向かい側に座った泉は、ちらりと腕時計に目をやり、
「五時をまわったね。業務時間は終了だ」
そう言って、
ますます彼女の意図がわからなくなる。
今回の買収劇について、気を遣ってくれるということはわかるのだけど、なんで居酒屋なんだろうか。機微な話をするときは、いつもの彼女だったら、会社の会議室を使うのに。
やがて
苦い液体が喉を通り過ぎていく。
と、唐突に泉の顔が
居住まいを正し、蒼真の顔を正面から見ると、いきなり深々と頭を下げた。
「今回の件は、本当に申し訳ない。私の力不足だ。どう謝ったらいいか、言葉も見つからない」
「……い、いえ! やめてくださいよ! チーフが謝ることじゃないですから!」
こんなの、経営レベルの話だ。事業部長や部長から言われるならまだしも、チーフには関係がない。
慌てて立ち上がろうとした蒼真を制して、彼女は首を横に振る。
「いや、自分もこの会社で七年以上働き、管理職の末席にいる以上、今回の事態を招いた責任の一端はある。前途有望な君のような若手社員にいらぬ不安を与えてしまった」
蒼真は言葉を返せず、部屋の中に沈黙が落ちる。
心なしか苦みの増したビールを飲みながら、蒼真は泉がこの部署にやってきたときのことを思い出す。
泉は一年半前に、営業部から異動してきた。営業にいたとはいえ、彼女の技術力はエンジニアリング部の中でも断トツであり、当時、炎上しかけていた複数のプロジェクトを
それに加え、社内外との調整力も抜群だった。はっきり物を言うタイプではあるが、なにかを主張するときにも、相手のメンツを潰さない言い方が
当時、入社三年目で、現場のことを考えない管理職とこの会社に失望しかけていた蒼真は、そんな彼女の仕事ぶりに感銘を受け、彼女を目標にもう少しこの職場で頑張ってみようと思うようになったのだ。そして、彼女もまた、蒼真を目にかけて色々なことを教えてくれた。
と、泉が、料理を運んできた
お刺身にはやっぱり辛口の日本酒があうな、などということを考えながら、お
「さて、我々は、これからどうするのか、だ」
彼女がぽつりと言った。
思わず
「こんなことを管理職である私が言うのは気が引けるが、事実は直視する必要があるだろう。我々は、今後、このままこの会社に居残るか、あるいは外に出て行くかの選択を迫られることになる。そして、経営に近い層は、事実上、選択権がない状況になる」
一気に酔いが冷めていくような気がした。
サービス終了のことばかり考えていたが、蒼真もそろそろ身の振り方を考えないといけない。隣のチームの同期である安田も既に転職活動を始めている。
「その一方で、若手で、かつスキルもある君なら、どちらを選んでもやっていけると思う。ただ……」
珍しく言いよどむ泉。
ややあって、意を決したように続ける。
「……ただ、日本における
同期の安田が言っていたことを思い出す。
彼は、買収されて『子会社』になったところの社員は、
「だから、私としては、もし君になにかやりたいことがあるのなら、君自身のキャリアアップを考え、新しい職場に移った方がいいと考えている。……もちろん、私の立場でこんなことを言うと、退職勧奨のように聞こえるかもしれないが、そういう意図は全く無いことは信じて欲しい」
「いえ、それはもちろん、大丈夫ですが……」
彼女は小さくうなずいて続けた。
「私としては、君くらいの力があれば、外資やベンチャーといった実力主義の環境でもやっていけると考えている。確かにリスクはあるかもしれないが、その代わりに得られるものも多いだろう。そういうところから声がかかったら、真面目に検討してもいいと思うがな」
「………………はあ」
蒼真は困惑する。
実際、声はかかっている。だが、あれはベンチャーとかいうレベルですらない。そもそも法人化もしていない以上、学生サークルとほとんど変わらない。そんなところに入るのは、リスクが大きいとかいう話以前に、無謀すぎる、というものだろう。
と、泉が
「なあ、君は、今、ちゃんと自分がやりたい仕事はやれているのか?」
「…………え?」
「もちろん、仕事である以上、やりたいことだけやれるというものではない。だが逆に、仕事だから、やりたいことをやれなくても仕方ない、と最初から諦めるのもまた違うと思う。もし、今、君の目の前に本当に自分がやりたいことがあって、ただ、リスクが大きいというだけで手を出さないというのなら、その考えはすぐに改めた方がいい」
「……本当にやりたい、こと……」
蒼真の頭に、光莉からもらった企画書が思い浮かぶ。
企画書に書かれた彼女の絵がどうしても頭から離れず、暇を見つけてはシステム構成図やデータベースの設計図を書いてしまっていた。ただ、それはあくまで頭の体操をしているに過ぎないのだ、と自分に言い聞かせていた。



