かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。
第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ⑧
「わかった……! あたし、待ってるから!」
どこか悲痛を感じさせる、言葉。
「一週間後、いい返事をもらえると思っていいよね?
「……いや、それは勘弁してほしい……」
それから夕方まで、光莉は勝手に蒼真の家を掃除した後、「じゃあ、期待して待ってる!」と言って、帰って行った。
水を飲もうと冷蔵庫を開けたとき、中に夕食用に作られた親子丼が入っていることに気づいた。光莉が朝食といっしょに作ってくれたのだろう。
ラップの上には、丸文字で書かれた『一緒にすっごいゲーム、作りましょう!!』というメモが、ネコミミ少女のイラストとともに添えられていた。
蒼真はため息とともに、冷蔵庫の脇にあった胃薬の錠剤を手に取り、水で喉の奥に流し込む。
しくしくとしたこの痛みは、きっと、二日酔いのせいではない。
4
月曜日、オフィスに向かう足取りは重かった。
新宿駅の改札を出て、高層ビル街に向かう地下道を歩きながら、もしかしたら先週のあれは『ドッキリ』の類いで、部屋に足を踏み入れるなり、だれかが大成功のプレートを持ってやってくるのでは、などというほぼあり得ない期待を抱いたりもする。
「おはようごさいます……」
やがて、システムエンジニアリング部の朝礼が始まった。心なしか、いつもより空席が目立つ。
事業部長は臨時会議ということで席におらず、代わりに部長が訓示を行ったが、買収やサービスの統廃合の件には不自然に触れず、健康診断の受診申し込みや、経理への書類提出締め切り日などの事務的な連絡に終始した。
それがかえって不気味で、朝礼が終わったあとも、フロア内は妙に静まりかえり、キーボードを
営業部門の同期から聞いた話だと、顧客には、今日の朝一から順次、経営統合に関して説明をすべく、アポを取り始めているということだった。
蒼真もパソコンに向かい、心を無にしてサービス統廃合に関するToDoを作り始める。
やるべきことは二つ。
一つ目は、自分が進めていた新サービスの開発中止について。まだサービス化されていないものだから、協業ベンダーに対して開発中止を説明するドキュメントを作ればいいだけだ。
問題は二つ目。自社アプリ「もぐもぐ出前屋さん」のクローズだ。終了といっても、そのままアプリを閉じるのか、他のサービスに売却、統合するのとでは、全然作業工数が違うし、それによって、パートナー企業や、配達員に登録しているスタッフに説明する内容も異なってくる。
ここの進め方はチーフの泉と話をして、今後の方針を決める必要があるが、彼女は、まさにこの件で、関係部署と打ち合わせ中だ。戻ってくるまで待つしかない。
やがて昼休みになり、蒼真は、ときどき一緒に昼を食べる隣のチームの同期である
「ああ、わりぃ。今日はちょっと無理……」
安田は顔の前で片手を掲げてごめんのポーズを取りつつ、そっとスマホの画面を見せてきた。
そこにあったのは、転職エージェントからのメールで、昼休みに簡単に三十分、電話面談したいというものだった。
「まあ、こうなった以上、いろいろ情報交換しようや」
「だな……」
となると仕方がない。
蒼真は一人で、オフィスビルを出て、ランチ営業中の居酒屋へ入る。
このお店は大通りから一本奥に入ったところで、かつ、地下にあることから客もそれほど多くなく、ゆっくり一人で過ごすには快適だ。このご時世には珍しく、六百円の定食ランチというところも、お財布にやさしくて気に入っている。
ディスプレイに映し出されたのは、光莉からファイルでもらった、ゲームの企画書。指でページを送り、光莉のイラストを眺めながら、蒼真は何気なく考える。
『絶望と救済のアクションRPG』と銘打たれているところから、このゲームは、イベントストーリーを読み進めながら、途中で発生するコマンドバトル方式の戦闘でより多くのポイントを稼ぎ、それでガチャを回してレアキャラを獲得するというオーソドックスな仕組みのようだ。
これを低コストで実現するにはどのようなアーキテクチャとシステム構成が最適だろうか。
業務用アプリとゲームアプリのシステム構成は、基本的なところはほとんど同じだから、慣れているアーキテクチャを転用出来るはずだ。
蒼真は、ディスプレイにホワイトボードを呼び出し、ペンを手に取る。
クラウドを意味する雲を描き、その中にシステム
「……って……」
蒼真はそこで手を止めた。
一体、自分はなんの資料を作っているんだ?
どうして、参加する気もないゲーム制作のシステム構成図を描いている?
数日以内に、タイミングを見て、お断りのメッセージを送る予定はかわらないのに。
「どうかしてるよな……」
苦笑いをして、タブレットをしまう。
これはあれだ、エンジニアの
そう自分に言い聞かせたところで、ちょうど、目の前に
さて、午後も資料作りに精を出さなければ、と、蒼真は割り箸を手に、
土曜日に光莉が作ってくれたしじみの
5
二月二十五日、金曜日の午後。
蒼真は、開発チーフの泉由佳やフィーエンス社の営業担当者とともに、品川にある大口取引先である、大手空調設備会社・帝国エアーエッジ社に訪れていた。目的は、蒼真が面倒を見ていた生産管理システムの終了と、フィーエンス社が提供する同様のサービスへの切り替えに関する説明。
二月の頭に障害を発生させ、蒼真が謝罪訪問をしたばかりということもあり、顧客の担当者からはきつい言葉が飛んでくるかと覚悟していたが、その反応は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
こうなった以上は仕方がない、むしろ、担当者である蒼真には今までだいぶきついことを言ったと思うが、都度、誠実にきちんと対応してくれていたので感謝している。あとはフィーエンス社が責任を持って移行作業をしてくれれば、会社としてはなにも言うことはない、ということで、一切紛糾することもなく、打ち合わせは一時間ほどで終わった。
エアーエッジ社のオフィスビルを出たところで、時刻は午後四時半を過ぎていた。
次のクライアントのところに向かうというフィーエンスの営業担当者と別れたところで、泉は腕時計にちらりと目をやりつつ尋ねてきた。
「天海くん、この後、なにか予定はあるかい?」
「いえ……。特に……」



