かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。
第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ⑦
「だけど……、うん……、水を差すつもりはないんだけど、その金額だとちょっと
彼女は、真剣な表情で大きくうなずく。
「うん。その点は、十分考えています。たとえば、費用に関しては、ボイス収録費はこれとは別ですし、ゲームに実装するイラストやシナリオも全部自分たちで作っていますので、かなり安く抑えられると考えているんです。そして、少ないお金で作っても、面白いものが出来れば、絶対にヒットすると思っているので!」
一方の蒼真はうーん、と腕組みをしてしまう。彼女のやる気を否定する気は無いが、これが「挑戦」なのか、はたまた「無謀」なのかはわからない。
「そーまさんのご心配は当然だと思います! 他の人からも無理だ、とか結構言われています。でも、みんなが無理だと思うことに挑戦するからこそ、やる価値があるとあたしは思っているんです! それに……」
そう言って、彼女は再びテーブル越しにぐっと身を乗り出し、蒼真に顔を近づけながら、
「成功する確率をあげるためにも、そーまさんをずっと探していたんです! 『風の砂漠と飛行機乗りの少女』を作ったそーまさんに、あたしたちのチームに入っていただけたなら、成功は間違いなしですし!!」
「は、はあ……」
少女の熱気に押されて、蒼真はどう言葉を返せばいいかわからなくなった。
正直に言えば、そんなにうまくいくとはとても思えない。リリース後にヒットするアプリなんてそんなに多くはないのだ。
自分も開発の現場で散々苦労してきたからわかる。どんなにお金を投じて、知恵を絞り、頑張って作っても、ほとんどダウンロードされないアプリなんて腐るほどある。
いや、それ以前に、ちゃんと無事にリリース出来るかどうかも、あやしいような……。
刹那、蒼真の脳裏に再び、よみがえってくる苦い記憶。
『風の砂漠と飛行機乗りの少女』の体験版は、実はそこそこ注目を集めていたと思う。
体験版のストーリーが『泣ける』ということで、一部で話題になっていたのだ。
舞台は人類がほとんどの動力源を失った滅び行く世界。
物語冒頭で、生きる意味を見失った元・飛行機乗りの少女と、生きる意味を探していた寿命間近の人造人間の少年兵が出会う。やがて、少年兵は、自分の機械の
本編では、この飛行機乗りの少女の冒険を描くことを予定していた。
だけど、制作が進むにつれて、チームメンバーの絵師とライターがストーリーラインを巡って対立するようになり、ディレクター兼プログラマーである蒼真はうまく仲裁出来ず、サークルは空中分解状態になり……。
と、そこまで思い出したところで、慌てて、それを記憶の奥底に押し戻す。
「そーまさん、これ、見て下さいっ……!!」
と、突然、光莉がA4の書類の束を、ずい、と差し出してきた。数十枚はあるだろうか。
表紙には、近未来の破壊されたビルの上でライフルを掲げた
「ええと、なに、これ……?」
「今、あたしたちが作っている作品の企画書! 読んでほしいです!」
猫を思わせるアーモンド型の瞳に必死な色を浮かべ、見上げてくる。
その眼力に
──息を
強大な力で破壊された近未来都市を背景に、十数人の少年少女
ライフルを構えた制服姿の少女に、ダガーナイフを構えた褐色肌のアサシン少女、呪符を手にした
彼らが
イラストにはフレーバーテキストが添えられている。
──世界は、神々の怒りに触れた。
────全ての生きとし生けるものを無に帰すべく、
──────神々は、火と、水と、土と、風を、世界から奪いはじめた。
──だが、未来を信じ、「神殺し」の力を得た少年少女
────武器を手に立ち上がり、神々への反逆を開始する。
──────これは、希望と悲しみに満ちた、神殺しの物語。
────────そして、彼らが生きる意味を見つけるまでの物語。
「生きる意味を見つける」という言葉に、胸をつかれた。かつて、自分が作っていたゲーム、『風の砂漠と飛行機乗りの少女』と同じテーマだった。
蒼真は、企画書のページを繰る。
イラストレーター「影宮夜宵」と、作家「
個性豊かなキャラクター
次のページには、プロローグシーンの一つだろうか、真ん中から折れた超高層ビルの残骸の上で、腕に入れ墨がある遊牧民の少女が
そのページ以降には、既に完成した
蒼真は、自分の心拍数があがっていくのに気づき、困惑する。
全身を巡る血が熱を帯びたかのような錯覚を感じ、ページを繰る手がなぜか震える。
このキャラクターたちが動く物語を、見てみたいかもしれない、と思う。
いや、もし、この物語をゲームとして、己の手で動かすことが出来たら……?
──自分が、創り手に回れれば……?
……気づくと、蒼真は、五十ページ近くある企画書を一気に読み終えていた。
だけど、その欠点を忘れさせるほどの熱量がそこにはあった。
企画書から、顔を上げると、目の前に、光莉の必死な顔があった。
「お願いっ! 蒼真さんの力を貸してほしいの……!」
不安げに揺れる瞳。
見つめられ、蒼真は思わず目をそらしてしまう。
──ダメだ。絶対に、ダメだ。このままだと、魅入られてしまう。
すんでのところで理性を取り戻す。
彼女の
だけど、そもそも自分は、彼女のチームに入る気は無い。
今の会社に残って頑張るか、あるいは転職活動を始めるかはまだわからない。だけど、自分のエンジニアとしてのキャリア形成を真剣に考えて、今後の進路を決めないと、あっという間に路頭に迷ってしまう。それに、ゲーム業界なんて、論外だ。一度、ゲーム制作から逃げ出した人間が、行く資格はない。
とはいえ、ここまで熱心に懇願されてしまうと、
蒼真は小さくため息をついて言った。
「ごめん。一週間、時間をくれないかな。必ず返事をするから」
光莉は一瞬、なにかを言いたそうにしかけたものの、ぐっ、とそれをこらえ、作り笑いを浮かべて言った。



