かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。

第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ⑥

 気がつくと、あっという間に平らげてしまい、彼女がにこにこ笑いながら、食器を下げ、代わりに煎茶を目の前に置いてくれた。


「ふう……。ごそうさまでした。本当にしかった……」

「お粗末さまでした。そーまさんにそう言ってもらえて、あたしも頑張って作ったかいがありましたよー!」

「そういえば、気になっていたんだけど、もしかしてこれ全部、今朝、作ったの……? すごく大変だったんじゃ……?」

「はい! でも、あたし、毎朝のお弁当作りで慣れていますし!」

「お弁当? 自分で作るの?」

「そう。あたし、一人暮らしみたいなものなんでー」


 一人暮らしみたい、という言葉に引っかかりを覚える。そういえば、さっきも親がなかなか家に帰ってこない、とか言っていたような。

 と、光莉がにやっ、と笑う。


「それより、食器がちゃんと二人分残ったままで、安心しました。半年前に、彼女さんと別れた、ってことで、もしかしたらもう捨てちゃっているかなー、とか思ったんで」


 ぶっ……!!

 思いっきりお茶を吹き出した。


「え……、えーと……、そのこと、どうして知っているの?」

「ん。昨日、ここに来るときに教えてくれましたよ。会社が買収されちゃったこととか、サービスが終わっちゃうこととか、一緒に住んでいた彼女さんとけんかして別れちゃって、部屋を持て余していることとか」


 蒼真はテーブルに突っ伏し、頭を抱える。

 出来れば、昨日の夜まで時間を戻したい。


「あー。よく見ると、あたしのお茶、茶柱が立ってますねー。そーまさんのと、取り替えちゃいます!」


 そう言いながら、飲みかけの湯飲みが交換される。

 蒼真は、何回か深呼吸をする。

 おなかも膨れ、ようやく頭が回ってくるにつれて、自分がとんでもないことをしてしまったという実感がふつふつと湧いてくる。

 蒼真はせきばらいし、背筋を伸ばす。


「ええと……、羽白さん」

「ん?」

「正直、色々戸惑ったままなんだけど、ちゃんとお礼を言わなくちゃ、と思って。昨晩、酔い潰れていた自分を家に送ってくれた上に、朝ご飯まで用意してくれて、なんてお礼をいえばいいか」


 そう言って、深々と頭を下げると、彼女は顔の前で両手を左右に振る。


「いえいえ! そんなたいしたことしてませんよー。といいますか、むしろ当然のことをしたというか!」

「当然って……、普通は赤の他人にここまでのことはしないんじゃ……」

「えー。赤の他人だなんて、水くさいですねー」


 光莉が右手をパタパタと前後に動かす。


「いや、だって、この前、ファミレスでちょっと会っただけの関係だし」

「違いますよ? だって、そーまさんは、あたしの大事な社畜……、ちがった、チームメンバーなんですから。代表としてメンバーを大切にするのは当然ですし」

「………………」


 言葉に詰まってしまった、蒼真の頭の中に大量の疑問符が浮かぶ。


「……えっと、今、なんて言った?」

「代表としてメンバーを大切にするのは当然」

「いや、その前!」

「そーまさんは大事な社畜!」


 戸惑いに、一瞬口ごもった後、


「え、ええと……、その話はこの前、断ったような……?」

「でも、昨日、あたし、OKいただきました!」

「…………へ?」

「そーまさん、昨日、会社が買収されたから転職活動するって、ずっと言ってました。それで、あたしが、『うちに転職しませんか?』ってきいたら、『する!』って即答して!」


 目の前の少女が、満面に笑みを浮かべている。


「……ええ……と……」


 頭の中が真っ白になり、蒼真は言葉を失う。

 酔っ払った勢いで承諾した、ということ?

 でも、そんなの口頭だから絶対に無効……。


「ちゃんと、契約書にサインしてもらいましたよー」


 彼女がかばんの中から取り出したタブレット画面を見せてくる。

 そこにあったのは、酔っ払ってゆがんではいるものの、紛れもなく自分のサイン。

 今度こそ、蒼真はなにも言えなくなってしまう。

 一分ほど沈黙した後、


「ごめん……。それ、無かったことに出来ないかな……」


 深々と彼女に頭を下げた。

 彼女は少し困ったように眉根を寄せると、僅かに頭を傾け、頰に人差し指を当てながら言う。


「うーん、もちろん、そーまさんが納得していない以上、契約書を盾にして、無理に、ということはないです。というか、こちらこそ、なんかだますようなことをしてすみません。

 ……ですが!」


 彼女は両手をつき、テーブルごしに身を乗り出してくる。


「真面目なお話、うちでゲームを作るのって、悪くないと思うんです! そーまさんのエンジニアとしての力を存分に発揮していただけると思いますし、一年後にはすんごいお金持ちになっているはずですし!」

「え……、えええ……」

「そういうわけで、改めて、来月からお仕事、お願い出来ませんか! ……いえ、来月とは言わず、是非、今日からお願いします! 当然、賃金もすぐにお出ししますので! ついでに、福利厚生として、今日みたいにご飯も作ります!」


 ぐいぐい迫ってくる彼女の気迫に、蒼真は危うく背中から倒れそうになるのを必死で耐える。


「い……、一旦、落ち着こうか」


 光莉を椅子に座らせ、軽くせきばらい。


「ええと、気持ちはわかるんだけど、正直、課題は多いと思うんだ。この前も言ったけど、なにか事業をおこすには、『ヒト・モノ・カネ』をそろえる必要がある。ヒトについては、この前聞いた通り、羽白さんが実力のあるイラストレーターだってことはわかったし、シナリオも小説家さんが担当するって聞いた。プログラマーとかエンジニアについては一旦置いておいて、問題はカネ……、つまり、資金面」


 真剣な表情をしている彼女を前に、注意深く言葉を選んで続ける。


「この前、羽白さんの手持ち資金の他に、ゲーム会社から開発資金の提供を受けているって聞いたけど、具体的な数字を聞いてもいいかな?」


 まさか、数十万円とかで作れるなんて思っていないよな? いや、数百万あっても、全然足りないんだけど。

 現実的には一本、すなわち、一億円近くは必要なはずだし、彼女には、まずはそこから認識してもらう必要がある。


「はい。あたしとみーちゃん……、作家の子がそれぞれのお仕事でめたお金が一千万円ずつ。それに加えて、開発費用としてもらったお金が六千五百万円。合計八千五百万円は手元にあります!」

「……ひっ……!?」


 予想外に、まともな数字が出てきて、変な声が出た。


「えっと……、そんな大金があるの? 本当に……?」


 彼女は自慢げに胸を張る。


「うん。あたしたちの二千万円のうち、相方のみーちゃんは印税収入で一千万をめて、あたしについては、ソシャゲのイラスト仕事や、お絵かきSNSの会員収入とか、あと、Vtuberのになったのも大きいかな! 残り六千五百万円は、向こうの部長さんから、ヒットしたらすぐに回収出来る金額だし、逆に少なくてごめん、とか言われているんだけど。あ、一応、これ、向こうから渡された契約書です」


 渡されたタブレットに映る、電子契約のおういんがされた契約書は確かに本物だ。

 かのじよたちしんの資金だという二千万円は、蒼真の銀行口座にあるお金よりも桁が一つ多い。売れっ子のイラストレーターって、こんなにもうかるの……?

 心を落ち着かせるために、お茶を一口飲む。


「そっか……、必要最低限の資金はあるってことか……」


 とはいえ……。

 予想外に現実的な数字を聞いて一瞬引いたものの、その生々しすぎる数字故に、今度は別の不安が呼び起こされる。