かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。

第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ⑤

「えー。ですが、社員のみなさんは、なにも不安に思うことはありません。当社が手がけている全てのサービスは、今後、フィーエンス社との新たなパートナーシップのもと、お客様に対して今まで以上の優れた品質でご提供が可能になります。本日は、この場にフィーエンス社のみなさまにご足労いただきましたので、今後の両社の協業体制についてお話をいただきます……」


 社長の不穏な発言に、次第にざわめきが大きくなっていく。


「チーフ、どういう意味かわかります?」


 面食らった蒼真が泉に尋ねようと横を向いたとき、珍しくいつも冷静な彼女の眉間に深いしわが刻まれていることに気づいた。


「あの……、泉さん……?」

「ああ」


 そして、泉は、視線を前方に向けたまま、顎に手をやると、自分に言い聞かせるように静かに言った。


「株主が変わったということだ」

「……はい?」

「うちの会社は、今日、フィーエンス社に買収されたということだよ。参ったな、身売り話かもな、というのは半分、冗談で言ったつもりだったんだが」

「えっと……」


 意味はわかる。だが、脳が理解を拒む。

 追い打ちをかけるように、泉が低い声で言った。


「……大リストラが、はじまるぞ」


 そう言いつつ、それからすぐに視線を部屋の隅に座っているフィーエンス社の社員に向け、声のトーンを落として続けた。


「いや、もうはじまっているのかもしれないな」


 彼らがこちらを見ながらにやにや笑っているような気がした。

 やがて一連の説明が終わり、状況を理解した社員たちが黙り込む中、書類を手にした経営管理本部の部長がマイクの前に立った。顔色は真っ青だった。

 それがなにを意味するのか、その場にいた社員たちは皆、薄々気づいていた。


「えー、今後の、フィーエンス様との事業統合に向け、弊社としては早急に不採算事業の整理を行うことになりました。受託事業の精査は今後の課題として、まずは自社で手がける全てのサービスについては原則として、速やかにサービスを終了させることとします……」


 頭をかなづちでぶん殴られたかのような衝撃を受けた。


「これってつまり……」


 蒼真のつぶやきに、泉が淡々と答える。


「私たちのサービスも、クローズということだな。当然、君が企画している新サービスも開発中止になる」


 頭が真っ白になった。室内で説明されている内容も、もはや蒼真の耳には一切入ってこなかった。



 翌朝、目が覚めたら、自分の家のベッドの上にいた。


「……う……、頭……、痛い……」


 蒼真はこめかみを手で覆う。頭の芯がずきずきと痛む。完全に二日酔いだ。

 カーテンの隙間からは冬の明るい日の光が差し込んでいる。

 今、何時だろうか。

 枕元に転がっていたスマホで、午前十時五十分という時刻を確認した瞬間、頭がズキリと痛み、思わずうめき声を上げる。

 結局、昨晩、どれくらい飲んだのかは、覚えていない。

 昨日の、突然の会社の買収劇にろうばいした蒼真は、普段から仲がい同期入社の三人と飲みに行ったのだ。

 会社上層部へのいきどおりや、後悔、悲しさがないまぜになった、やるせない気持ちが酒を進ませたものの、運良くその立ち飲み屋が午後十一時で閉店だったこともあり、かろうじて終電近い電車に乗ることが出来たのだ。というより、この時間で正体無く酔っていた蒼真を、同期が無理矢理、電車に押し込んだという方が正しい。

 その後の記憶はほとんどなく、断片的に覚えているのは、自宅の最寄り駅で降りた後、路上で完全なグロッキー状態で座り込んでいたら、親切な誰かが声をかけてきて、ずっと介抱してくれていたということだ。

 それからどうやって家に帰ったかについては全く記憶にない。


「うぅ……」


 頭痛をこらえながら、ゆっくり上半身を起こすと、ベッドのそばに誰かが立っているのに気づいた。


「おっはようございますー! 体調はどうですか?」

「…………へ?」


 目をしばたたかせる。

 そこにいたのは、制服の上にエプロンをつけた女の子。


「はい、そーまさん、お水! ちゃんと水分補給してくださいね」


 笑顔でそう言いながら、少女がキャップを外したペットボトル入りの水を差し出してくる。


「あ……、どうも……」


 戸惑いながら喉に流し込むと、思いっきりむせてしまい、少女が背中をポンポンとたたいてくれる。まるで介護を受けているみたいだ。

 というかこの子、どこかで見たような……。


「えっと……、君……、誰……? どうしてうちに……?」


 飲み過ぎでガラガラになった声を絞り出して見上げると、人なつっこい笑顔をこちらに向け、黄金色に、ピンクのインナーカラーをいれた長い髪を背中に流し、耳にピアスをした少女が楽しげに言った。


「あははっ。その質問、昨日、何回ももらいましたよ! 改めまして、あたしは、イラストレーターにして、クリエイティブユニット・スカイワークス代表の影宮夜宵、本名、羽白光莉、高校一年生ですっ!」

「あ……」


 思い出した。

 二週間ほど前、障害対応中に、ファミレスで相席になった、『クラスの一軍女子』で『神絵師』の女子高生。蒼真にゲーム制作に参加してほしい、などとよくわからないことを言ってきた子だ。


「昨日、偶然、道路の上でうずくまっていたそーまさんを見つけて、ここまで連れてきたんですよー。あのままだと凍死しちゃうところでしたから!」

「え……」


 目の前でにっ、と笑ってくる少女を前に、言葉を失う。

 酔っ払った自分は、この高校生に介抱させた上に、自宅まで送らせたということ……?


「あっ、大丈夫です! 特に変なことは起きませんでしたから! あ、一応、お巡りさんに見つからないように、ちょっと遠回りさせてもらいましたけど」

「い、いや……、家は……? 親御さんとか!」

「あ、そこもご心配なく! お父さん、なかなか家に帰ってこないんで」


 光莉はそう言って手を上下にひらひらさせると、


「今、朝ご飯を作っていますから、もうちょっと待って下さいね。二日酔い解消に、しじみのおしるも作っています!」


 そう言うと、制服のスカートをひるがえしながらキッチンへと向かっていった。


「……うそだろ……」


 蒼真は乾いた声でそうつぶやくと、ほうけたように彼女が今まで立っていた場所を見つめるほかなかった。


 蒼真の家の間取りは2DKで、玄関入ってすぐに、ダイニングキッチンがある。その中央に置かれた小さなテーブルの上には、和朝食が二人分、並べられていた。

 玄米入りのご飯に、納豆、さばの塩焼きに、しじみのおしる

 しっかりとした献立を前にして、蒼真は目を白黒させる。


「ザ・二日酔い対策メニューです。近くに朝早くからやっているスーパーがあったので、とても助かりました!」


 食卓を前にした彼女は、どこかの寿チェーンの社長のように、じゃーん、と両手を広げて得意げに言った。


「それで、あたしも一緒に食べていいですか?」

「え……、あ……、う、うん……、もちろん……」


 彼女は向かい側の椅子にちょこんと腰掛けると、「いただきます」と両手を合わせる。

 蒼真もそれにならって手を合わせ、おわんを手に取る。


「……しい」


 気持ち薄味にしたしじみのおしるが、荒れた胃にる。


「でしょでしょー。あ、さばの塩焼きもどうぞ……! グリルが無かったんで、フライパンをお借りしたんですけど、我ながら、結構、うまく焼けたと思うんですよね!」


 パリパリに焼けた皮の下から現れたふっくらとした身を食べると、ちょうどい塩味のついたうまが口の中いっぱいに広がった。

 二日酔いだというのに、びっくりするくらい食欲が湧いてくる。