かつてゲームクリエイターを目指してた俺、会社を辞めてギャルJKの社畜になる。

第1章 アラサーリーマン、ギャルJKの社畜になる。 ④

「あたしの会社……にはまだなっていませんが、とにかく、あたしのチームに転職するんです! 検討してほしいです!」

「ど……、どうしてそうなるっ!」


 蒼真が泡を食って腰を浮かしかけると、彼女は、祈るように両手を組み、


「お願いです! あたしと一緒にゲームを作ってくれませんか……?」


 大きなそうぼうかすかに潤ませて、蒼真の目を見上げてきた。


「……ええと、その……」


 よくわからない状況で、年下の少女に見つめられてしまい、頭は半ば混乱している。

 それでもどうにかして、気持ちを落ち着かせると、大きなため息とともに言った。


「えーと、なんていうか……、気持ちはわかるけど、やっぱり、それは無理な相談かなあ。今やっている仕事はまあまあ愛着があるから、途中で放り出すつもりもないし、そもそも、僕はゲーム作りを止めた身だし……」


 蒼真の心がずきりと痛む。あんなことがあり、開発を頓挫させた以上、自分が再びゲームを作る資格などない。


「……あと、こう言っちゃ悪いけど、給料とか福利厚生のことを考えると……」


 光莉が慌てたように言った。


「だけど、一年後には、ゲームが大当たりしているので、すんごくもうかっていますよ!」


 女子高生の口から飛び出すうさんくさい台詞せりふ。蒼真は引きつった笑みを浮かべるしかない。

 これは、もう、話にならない。

 確かに彼女は神絵師かもしれないけど、こんな面倒な子にからまれている暇はない。今は、一刻も早く家に帰って、明日のアクション会議に向けた資料を作らなくちゃいけないからだ。

 それに、今回トラブルを起こした「出前アプリ」とは別に、今、自分が企画している新サービスについて、役員へのプレゼン準備も進める必要がある。

 蒼真は改めてテーブルの上のノートPCなど機材一式を片付けながら、


「まあ、今の会社が潰れたりしたら考えるよ。それじゃあ、僕は帰るから。君も遅くならないうちに家に帰った方がいいと思うな」

「あ……、え!? ちょ、ちょっとぉ……!?」

「ごめんね。期待に沿えなくて」


 それだけ言い残すと、蒼真はテーブルの上に置きっぱなしにしていたお札を彼女の方に滑らせ、足早にファミレスの出口へ向かう。

 階段を下りてビルの外に出たところで、後ろを振り返るが、彼女が追いかけてくる気配はなかった。

 蒼真は人通りの少ない、寒風吹きすさぶ商店街を歩きながら、スマホで会社のチャットをチェックしながら、これから作る資料に盛り込む内容を考え始める。

 チャットのやりとりを見る限り、明日の会議はなかなかの荒れ模様になりそうだ。きっと、いつもの通り、責任のなすりつけ合いに終始して、なにも生み出さないのだろう。そんな時間があったら、少しでも新しいサービスを作るためのコードを書きたい。

 蒼真は大きくため息をつくと、コートの襟を立てて、冬の冷たい風に身を縮ませながら、早歩きで自宅アパートへ向かった。



 大規模障害から、二週間あまりがった、二月十八日、金曜日。

 取引先への謝罪訪問に始まり、原因究明、再発防止策のとりまとめ、会議という名の部署同士の責任のなすりつけあいで、毎晩、終電帰りが続いていたのが、ちょうど落ち着いた頃。

 朝八時半、蒼真は眠い目をこすりながら、出勤する人波に乗って、オフィスビルのエントランスゲートをくぐる。

 新宿の都庁近くに位置するこの複合ビルには、国内大手メーカーやメガベンチャーなど、十数社あまりがオフィスを構えており、その十四階に、蒼真の勤め先である中堅の独立系システム開発会社・ラングリッドテクノロジー株式会社の本社があった。

 ここに移転したのは二年前のこと。移転計画が持ち上がった頃から、会社の売上規模に比べて、賃料が高すぎなのではないか、というねんは社内外から抱かれていた。だが、元来、りな社長が、「生き物はすみのサイズに合わせて大きくなるんだ。金魚だってそうだろう?」とかいうよくわからない理論で強引に話を進めたということだった。

 それ以来、業績が伸びているという話も聞かないし、むしろ、利益率の悪化によって、近々リストラが計画されているといううわさまで出ている始末だ。先月は、新任役員として取引先の金融機関の人間もやってきた。

 蒼真も不安を全く感じないと言ったらうそになるが、正直にいえば、日々、目の前に降ってくる仕事を片付けることで頭がいっぱいだ。

 エレベータを十四階で降り、自分の席があるフロアへと向かう。同僚に朝の挨拶をしつつ、かばんをデスクに置いたところで、システムエンジニアリング部長が足をふらつかせながら近づいてきた。


「あ、おはようございます……」


 挨拶をしつつ、違和感を覚える。いつもと様子が違う。目はどこかうつろだし、声も小さくて聞こえない。障害対応は、蒼真を含む開発チーフ以下に丸投げしていたこともあり、そんなに疲れていないはずなのだけど。


「天海、午前中にお客様との予定は入っていないよな?」

「えと……、はい、大丈夫です」

「わかった。じゃあ、荷物を置いたらすぐに会議室に行ってほしい」

「……会議室ですか?」

「ああ。みんなにも伝えてくれ」


 そう言うと、部長は事業部長席へと向かっていった。そこには他の管理職も集まっていて、深刻な顔つきでなにかを話しているようだが、ここからでは話の内容は聞き取れない。

 いぶかしく思いながらも、蒼真は出勤してきた同僚に声をかけつつ、フロアの反対側にある会議室へと向かった。


 始業時間の九時を過ぎ、本社にいる二百人超が集まった会議室内は、人いきれでむせかえるようだった。両脇の壁沿いや後方には椅子に座れなかった人が立ち見をしている。

 そんな中、蒼真は、後ろの方に立っている開発チーフの泉由佳の姿を見つけた。

 髪をミディアムにまとめ、濃紺のスーツを着た、いかにもキャリアウーマン風といった女性で、れいな立ち姿が印象的な人だ。彼女もここ二週間の障害対応でほとんど寝ていないはずなのだが、疲れた表情はうかがえない。


「一体、なんなんでしょうね? 全社員を集めるということはよっぽど大切な話だとは思うのですが」

「さあね。社長の重大発表とか重大任務ってやつじゃないかな? 数年前は、重要取引先の社長がわいがっているペットの猫が死んだということで、社員全員でもくとうする写真を撮影するために集められたことがあるが、今日は、うちの身売り話とかかな」


 腕組みをしつつ、相変わらず真面目な口調でそんなことをいうので、軽口かどうかもわからず、戸惑ってしまう。

 そうこうしているうちに、前方の扉が開き、総務社員を先頭に、社長をはじめとしたお偉いさんたちが中に入ってきた。

 と、会議室がざわめいた。

 社長や幹部連中に続いて現れたのは、ゲストカードを首から提げた見知らぬ人間が三人。

 ──あいつら、一体、なんだ……?

 ──うちの会社の人間じゃないよな?

 ──というか、あの襟章、フィーエンス社じゃないか?

 ──えっ。あそこって、うちの競合だろ?

 方々からいぶかしむ声があがる。


「静粛に願います」


 壇上の脇にあるマイクの前に立った総務社員の声がフロア内に響く。


「社長からお話があります。全員、心して聞くように」


 壇上に立ち、社員を見渡す社長の顔は、心なしか青ざめているように見える。かつぷく身体からだも、か今日は一回り小さく見える。


「えー、みなさん、おはようございます。今日はみなさんに大事なお話をしなければなりません」


 声にも張りがない。


「先ほど臨時株主総会が開催されまして、その結果、当社の全株式は、近日中にフィーエンス株式会社へ譲渡されることが決議されました」


 室内に沈黙が落ち、困惑の空気が広がっていく。

 どういう意味だろう?