がらんどうイミテーションラヴァーズ
──僕らはそれを恋と呼びたい
人間は、何枚もの仮面を
この世界に産み落とされた瞬間にオレたちがオギャーと泣くのは、生まれてきたことがうれしいからじゃない。
自分たちもそうしてたくさんの仮面を
親も、医者も、助産師も、みんな。薄っぺらの笑みを貼りつけて命尊しと笑いかけてくる。
けれどその裏には数えきれないほどの〝それだけじゃない〟感情や算段があって。「真相」を見せないようにと、
そしてそういう「裏腹」に気づいたとき、オレたちは泣くのをやめて笑うんだ。
「まあそういうもんだよね」なんて大人びた笑みの仮面をひとつ
そうしないと、うまく生きていくことができないから。
でも、オレはそんなの嫌だった。
オレは生まれたオレのまま、ありのままで生きていたかった。
だから声が枯れるまでオギャり続けてスヤった後、オレは「他のやつらみたいに自分を偽るようなことはしないぞ」という強固な誓いを眉間に刻みつけた。
──それから、十五年。
今でもオレはありのままの「
「…………ペラペラだぜ」
「なにが?」
学校。三階。美術室。
クラスの連中が慣れた顔できゃっきゃうふふとペアになっていくのを静観していたオレのまえに、ひとりの女の子が立っていた。
黒髪。ロング。上目づかい。夏の陽光も冬の雪白も似合いそうな美少女。
────
「ペラペラって?」
「……化粧がぶ厚くて、逆に薄いぜって意味」
「ふーん」
入学して二か月とすこし。
笑うと
つまり、オレのようにペア割りで毎回孤高をキメるしかないようなキャラじゃない。
そんな分析をしているうちにも、ほら、こっちに向かって手を振ってくる女子がひとり。
オレが顔を向けるとびくりと身を
「呼んでる」
「うん」
けれどそれは「今からいくね」の振り方ではなく「バイバイ」の振り方だった。
「
「はい」
「ペア、組もっか?」
「…………はい?」
オレの返答をきくより先に、
「キレイに描いてね」
流線形に折り曲げられた細い足がスカートの裾をたくし上げる。
「どうしたの?
「な、なにが?」
「鼻の下、伸びてるよ?」
オレは自分を偽るための仮面を
仮面を
そんなオレの顔は、だから今、下心と直結してしまっていた。
「くっ!」
オレは
そして、
「…………」
他の連中は既に全員ペアを組み終えて、互いに笑顔の仮面を
描くほうも、描かれるほうも、みんなたのしそうにしている。
笑って、表情を繕っている。
「キレイに描いてね」なんていいながら、キレイな顔の仮面を
だけどオレは知っている。彼らの醜い裏腹を。
──絵描きになるわけでもないのに他人を描いてなんのためになるんだろう。こんな授業くだらない。課題が発表されてから今日に至るまでに何度もそんな会話を耳にした。
課題の内容に対する愚痴だけじゃない。
今ペアを組んでいる相手のことを陰で
くだらないと思うなら素直にそういう態度をとればいいのに。相手のことが嫌いなら堂々とそう言ってやればいいのに。他人の評価や体裁を気にして自分の真相を隠しやがって。
「…………ペラペラだぜ」
膨れ上がった
そして、コトリと首を
「…………なんで、笑ってないんだ?」
それはべつにつまらなそうにしているというわけではなくて。まるっきりの無表情というわけでもなくて。ただ、ありのまま、心のままそこにいるという感じだった。
他の人間が当然のように
「笑ったほうがいいかな?」
「いや……」
「そっか。じゃあ、笑わない」
「笑わないでいられるのか?」
「
そういってから、すこしして。
彼女は口元に手を当てて小さく丸めると、くすくすと笑い声を漏らすのだった。
「笑った」
「だって、
「おかしなことって?」
「笑わないでいられるのか、なんて。笑いキノコを食べてるわけでもないのに」
「笑いキノコ?」
「うん。それがおかしいから、
「…………」
彼女の笑みは、なにかがちがっていた。
他のやつらはみんな
自分を偽る分厚い仮面を
でも。
彼女は彼女のままで笑っている。
なにも偽ることなく心のままに存在している。
風通しが良くて、ちっとも警戒心を感じさせない。
彼女が見せるそんなふいの隙にオレの心は奪われて。ピタリ、ピタリと、その隙間に納まっていく。まるで最初からそこに納まるためにあったみたいに。
笑うと
オレのために用意された、オレのためだけの表情に思えてきてしまう。
────キレイだと、思ってしまう。
「…………
「
「
「ノーメイクだよ」
「……オレも……ノーメイク……」
「うん。そうだね」
「ノーマスク」
「わたしも、ノーマスク」
そのなにげない仕草にオレの胸は高鳴り、結んでいた口元が自然と綻ぶ。
十五年もの間ずっと
「だから
「えっ?」
「
「…………わおっ……!」
その日オレは生まれてはじめて「ありのまま」でいることを認められた気がした。
────ああ、これが運命の出会いか。
そう思って、悟って、理解して。
オレは



