「は? いや、その方が市之瀬としても都合が良い──」
「だってあたしも……お、オタク、だからっ!」
市之瀬優里亜の唐突なカミングアウト。
乳きゅんみたいな激エロアニメを観てる時点で、相当変わってるとは思ったが……まさかオタクだったなんて。
オタクに優しいギャルどころか、オタクギャルだったとは……ビックリだ。
「つ、つまり……今までは隠れオタクだったということか?」
「別にあたしは隠したくて隠してたわけじゃない。ただ……愛莉や瑠衣の前でこの趣味をオープンにするのは……ちょい厳しいっていうか」
そりゃそうだろう。
完璧超人の黒木瑠衣はオタク文化とは無縁の大和撫子であり、キャピキャピ爆乳美少女の海山愛莉は(実は苦労人だが)常に可愛いを追い求めている誰もが認める美少女……この二人に自分がオタクだとカミングアウトするのは、少しハードルが高いようにも思える。
そもそも市之瀬だって彼女たちと同等に容姿端麗であり、胸も太ももも完璧なスタイル抜群美少女なのだが……むしろそういう存在だからこそ、話せないのかもしれない。
「アニメが好きってだけなのにそれが理由で大切な友達が離れていくのは……もう二度と嫌っつうか。だからあたしは隠してる」
そう呟いた彼女の目は、プリクラのエリアではしゃぐJKたちの方を向いていた。
詳しいことは分からないが、市之瀬は過去に何かしらの辛い経験をしているように思えた。
オタクが生きづらいというのは、オタクとして生きていれば誰もが通る道だし、仕方ないのかもしれない。
「そんなにアニメが好きなら、逆にギャルをやめようとか思わなかったのか?」
「それはない。だってネイルもコスメもファッションも、アニメと同じくらい好きだから」
「……そう、だよな。ごめん、無粋なことを聞いたかもしれない」
さっき好きなことを隠す必要はないと言ったのは俺の方だしな。
「あんたの名前、泉谷だっけ」
「う、うん」
海山の時といい俺はクラスカースト最底辺だからか、名前を覚えられていないらしい。
「泉谷お願い。あたしがオタクだってことは誰にも言わないで。特に愛莉や瑠衣には絶対」
なんか海山の時にも似たようなこと言われたな……。
「お、俺は誰にも言うつもりはないけど」
「ほんとに?」
「ああ。そもそも俺がそんなこと言ったところで誰も信じないと思うし」
「……ああ、それもそうか」
何が「それもそうか」だよ! その反応はシンプルに傷つくのだが……。
「まぁそれなら安心。オタクのことがバレたら……あたしも一巻の終わりだったから」
市之瀬は急にいつものダウナーで抑揚のない話し方に戻る。
「でもさ、ある意味これで、あんたの前ではもう隠さなくていいってことだよね?」
市之瀬は徐に自分のバッグを開くと、中から1冊の本を取り出して俺に見せてきた。
「これ、あたしもさっき買ったから。あんたが朝読んでたラノベ『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』の1巻」
「お、おぱ吸い!? なんでそんなこと覚え……って、まさか!」
市之瀬が言ってきた『覚えたから』っていうのは、もしかしてこのこと!?
「朝、あんたが読んでたラノベのタイトル覚えたから。それでさっきこの施設内にある本屋で買ったの。残り1冊だったけど」
残り1冊!? やはりおぱ吸いの人気は凄い……いや、今はそうじゃなくて!
「い、市之瀬も、それ読むのか?」
「あ、当たり前。ちょうどあたしも新しいラノベ探してたから」
それでオタクの俺が教室で読んでたラノベのタイトルを覚えたと。
「仮にそうだとしても……隠れオタしてるならわざわざ俺に『覚えたから』とか言うなよ」
「それは……まぁ、なんつうか。衝動的に言っちゃったというか」
「いや、意味分からないんだが」
「それよりも、ラノベの感想とか、言い合いたいからあんたのLINE教えてよ」
「ら、ラノベの感想だって?」
「うん。あたしは普段オタ活ができない分、これからはあんたにあたしのオタク談義に付き合ってもらうことに決めたから。たった今」
冷めた口調でさも当たり前のように言う市之瀬。ハルヒと同じくらい自分勝手である。
「そんな……俺が、市之瀬とオタ活するだなんて」
「付き合わないなら、泉谷があたしのことエロい目で見てることみんなにバラすから」
「え、エロい目ぇ?」
「この際だから言っとくけど、授業中にあんたが横目であたしの太ももジロジロ見てるの、全部分かってるからね?」
なっっっ!? ば、バレてた、だと……?
正直に話そう。俺は海山のデカパイと同様に、市之瀬の太ももも「挟まれテェ」と思いながらチラチラ見ていたことが何度かあった。
どうやらそれは、バレバレだったらしい。
「あんたはあたしの秘密を守って、あたしはあんたの秘密を守る。あたしたちはこれからそういう関係になったから。いいよね、泉谷?」
市之瀬はニヤッと口角を上げて、悪戯っ子みたいに微笑む。
こうして、海山とはまた少し違った関係をクラスカーストトップのギャル・市之瀬優里亜と築いてしまう俺だった。
☆☆
「まさかクラスカーストトップでダウナーギャルの市之瀬優里亜がオタクだった……なんて」
隣町のゲーセンで市之瀬の秘密を知ってしまい、これからはオタク趣味を共有する関係になってしまった俺は、家に帰ってからもベッドの上でそのことばかり考えていた。
爆乳美少女の海山が実は苦労人というのも意外だったが、あのダウナーギャルの市之瀬がオタクだったのはもっと意外だった。
しかも二人の秘密を知ったことで、あのエロボディを持つ二人と連絡先を交換する仲にまで発展してしまっている現状。
数日前まではラノベを読んでるだけのオタク陰キャだった俺が、全男子の憧れであるクラスの美少女トップ3の二人と秘密を共有する関係になっている……ったく、まるでラノベだな。
それもこれも、あの席替えで海山や市之瀬が俺を認知してしまったのが原因だ。
この先、どうしたものか。
そんなことばかり考えていると、ポケットのスマホに通知が入った。