つまりそれは、爆乳美少女を獲ろうとしていた事実から言い逃れができない状況を自分で作ってしまったことになる。
「あっ、あんたまさか……あたしの弱みを握るために……」
市之瀬は動揺で顔を真っ赤にしながら、俺に向かって人差し指を突き立てながら言う。
また始まった。オタクへの偏見タイム。
海山もそうだったが、どうやらオタクは弱みを握りたがる生き物だと思われているらしい。
俺みたいなオタクが弱みを握ったところで、言いふらす相手もいないだろうに。
「ねえ……何とか言ったらどうなの」
他人事のように黙って戦況を見守っていると、市之瀬が震えた声で俺に言った。
「あたしがフィギュア狙ってたこと言いふらして、破滅に追い込もうとするつもり?」
「落ち着いて欲しい。俺がここに来たのは別にそんなことが目的じゃない」
「じゃあなんでここにいるの? ここ隣町だけど?」
それを言及されると俺も弱い。
朝のことを聞くために、海山から情報を得たなんて言えるわけない。
こうなったら……同情作戦だ。
「じっ! 実は俺も、このフィギュアを獲りに来たっつうか」
「え、あんたもミルクたんの……?」
よし、どうやら少しは誤解が解け……ちょっと待て。
〝ミルクたん〟って呼んでるということは、転売とか譲渡が目的じゃないってことか?
「と、ところで市之瀬は、なんでこのフィギュアを狙ってたの?」
問いかけても返事がない。
市之瀬は肩に垂れた髪をクルクルと弄りながら、ばつの悪い顔をして目を逸らす。
答える気はない、とその態度が物語っていた。
「えと、誰かにあげるとか? それとも、まさか転売するのが目的とか──」
そう言いかけると、急に市之瀬は距離を詰めてきて、俺の制服の胸ぐらをグッと摑んだ。
「あたしをあんなゲス野郎たちと一緒にしないでっ!」
普段はダウナーな市之瀬が突然感情的になった。
どうやら『転売』というワードが地雷だったらしい。
「あたしは……転売に屈しないためにこうやって獲ろうとしてたの! あんな転売ヤーみたいな人間と一緒にすんな!」
怒り心頭の市之瀬は、頭突きする勢いで顔を近づけながら俺の胸ぐらをグッと引っ張った。
市之瀬の整った顔が近づいてくると、つい照れてしまう。
やっべぇ……怖いというより市之瀬の顔が良すぎる。てかめっちゃいい匂いする。
これがギャルの香り……海山とはまた違う、芳醇な香り。
「ちょっと聞いてんの?」
かなり怒った様子の市之瀬は、もう今にも殴ってきそうな雰囲気があった。ヤバいな。
どうすればこの場が収まるのか考えた時、俺に残された選択肢は一つしかなかった。
俺は胸ぐらを摑まれたまま、制服の尻ポケットから財布を取り出して、そのままUFOキャッチャーに100円入れる。
「ちょっ、何を勝手に!」
「胸ぐらから手を離してもらえるか? 今は集中したい」
集中モードに入った俺は、指をポキポキさせながら偉そうに言う。
すると意外にも市之瀬は、すんなり手を離して俺の横に立った。
「な、なんか……あんた、雰囲気変わったね」
そう、俺はUFOキャッチャーを始めると別の人格が出てしまう。
ガキの頃から美少女フィギュアを獲るためだけに鍛えてきた、極限の集中力とUFOキャッチャーのテクニック。それを発揮するには集中モードに入らないといけないのだ。
UFOキャッチャーは一発で獲れるほど甘くない。とにかく〝撫でる〟作業が大切なのだ。
景品を撫でて獲れるポジションに動かしてから、あとはアームで押し切る。
「……よし、これで」
俺は慣れた手つきでアームを動かし、わずか5回のプレイで目の前のフィギュアを落として見せた。
「すっご……あ、あんたマジですごいじゃん」
見たかギャル? これがスポーツや勉強では普段イキることができないオタクの力だ。
俺は取り出し口からフィギュアを手に取ると、市之瀬の胸元にフィギュアを押し当てる。
「はい、これ」
「い、いいの? でもこれはあんたが落としたし……あんたも欲しかったんじゃ」
「これが獲れたのは市之瀬がこの台で頑張っていたおかげだ。だからこれは市之瀬の物だ」
俺はそう言いながら、胸ぐらを摑まれた時に乱れた制服を正す。
内心は『今日のところはこのフィギュアで勘弁してください!』という気持ちだった。
さて、フィギュアを市之瀬に上納したことだし、その代わり今日のことはお互いになかったことにしてもらおう。
まさかダウナーギャルの市之瀬優里亜が『乳きゅん』のファンだったなんて……むしろ知りたくなかった。
「あのさ市之瀬、今日のことはお互いに忘れ──」
「あんたは……馬鹿にしないの?」
俺が上手いこと纏めようとしたら、市之瀬がそれを遮ってくる。
「女の子が、それもあたしみたいな女子高生が……こんなエロアニメのこと好きなの、どう考えてもおかしい、よね?」
市之瀬はグッと歯を食いしばりながら苦い顔をする。
この様子からして、過去に何か言われたことがあったのだろうか。
仮にそうだとしても、市之瀬は間違ってると思う。
「たとえ、母乳を発射するようなエロアニメでも、好きなものを好きと胸を張って言うのは何も間違ってない……と思う。現に俺は、自分の好きなものが恥ずかしいなんて思ったことない」
俺はラノベだってカバーをしない。何も恥じることはない。それがオタクだからな。
「別に趣味を隠すことが悪いとは思わないけど、その作品が好きなのに自分から貶すのは、やめた方がいいと思う」
つい諭すようなことを言ってしまったが、現実では俺がクラスの最底辺で、市之瀬はクラスカーストトップだから、あまり偉そうなことを言える立場じゃないんだが。
「とにかく、今日のことはお互い忘れよう。それが一番だし」
「嫌だ……」