営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常

営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常 ⑩

『みんなやる気なんだから水差すな、静かにしとけ』


 たしなめるよう返信する。というか俺も審査側だから話を聞かせてくれ。後で共有はされるだろうが。


『(ひ・ω・ま)』

『遊ぶな』

『あ、今週末この前行ったパスタ屋さん、夜に行かない? 夜のメニューもよさげだったし』

『わかった、予約取っとく。誰か他誘うか?』

『んーん、二人でいいかな。』

『りょ』


 ギラギラした営業課の空気にへきえきとしながらも会議は進んでいく。

 時刻は11時20分、そろそろおなかいてきた。今日は自席で食べることにしている。

 というのも珍しく弁当を作ってきたのだ。というか昨日の残りを詰めてきた。

 今日はこの会議が終わり次第やっとお昼にありつけるか、なんて考えながら再び資料に目を落とした。


 無事会議も終わって伸びをしながら部屋を出る。3時間以上の会議は身体からだに毒である。

 踊ってばかりで進まない会議ほど無益なものはない。


「鹿見くん、ちょっといいかしら」

「鹿見、ちょっといいか?」


 外行きモードの秋津と、珍しく営業一課のが話しかけてくる。こいつは俗に言うイケメン、しかも性格がいいタイプのイケメンだ。

 とまぁひがんだように言ってみるものの、こいつも俺と秋津の同期であり、そして秋津とトップ争いをしている一人である。

 最近確保された大手ショッピングモールの家具販路なんかはこいつのおかげだ。


「お、久しぶりだな加古」

「私のは大した用事じゃないから後でチャットするわ」

「申し訳ない秋津さん」


 ひらひらと手を振りエレベーターホールに消えていく秋津。本当に大した用事じゃないだろ、どうせパスタの話なんだから。


「悪いことしたな、実は折り入って相談があって」

「本当に珍しいな。お前いつも事務課の期限も守るしなんでも聞くぞ」

「判断基準そこなのかよ……営業課ほぼ全滅じゃねぇか」

「おう、ほぼ壊滅だな。伝えといてくれ、相澤さんが言ってたって」

「ひええ、こえぇ」

「それで相談ってのは? あんまし大声で言えないやつか?」

「まぁ別にいいんだが……久しぶりに飲みにでも行かないか」


 加古が頭を搔きながら眉を下げる。こいつ何してもイケメンだな。


「週末は埋まってしまったから来週頭とかどうだ?」


 加古も後30分早く誘ってくれれば空いてたのに。


「よし、じゃあ週明けで悪いが月曜の夜にしよう」


 トントン拍子で飲みの予定が形成されていく。二、三店の候補や時間なんかを決めると彼もエレベーターホールへ消えていった。

 そういや他人の昼ご飯も気になるな……今度書類の催促するついでに営業課のお昼ご飯も視察しよう。

 会議室の片付けを手伝うと、俺も自分の巣こと事務部屋に向かった。

 事務課では後輩の鈴谷君と春海さんがお昼をとっているところだった。


「俺もおじゃましていい?」

「「ぜひ! 一緒に食べましょう!」」


 なんでこんなにシンクロするんだ。

 かばんから弁当箱を取り出すと、俺も席に着いた。

 お弁当箱は宝箱、誰が言ったのだろうか。本当にそうだと思う。子供の頃に遠足に行った先で開ける弁当箱のワクワク感といったらそりゃあもう。

 シックな飾り気のない弁当を開く。カラフルなおかずたちが顔をのぞかせるとうれしくなる。

 自分で作ったとはいえ、冷凍食品がたくさん入っているとはいえ、やはりテンションがあがる。

 どれから食べようか。やっぱり肉々しい甘辛ミートボールだろうか。今朝焼き上げた少し失敗した玉子焼きだろうか。はたまたいろどりに一役買っているプチトマトだろうか。

 ここは冷凍のチーズハンバーグを一口。うーん、い。現代の技術に完敗だ。

 焼きたての肉汁こそ出ないものの、めばむほど肉のうまみが口を支配する。

 付け合せのブロッコリーも、汁を吸って準備万端だ。

 味の濃い宝石たちで食べる白米も格別。しかも今日はなんと秘密兵器ことふりかけを持ってきている。

 さらさらと白い海に降り注ぐカラフルな雨は、弁当の格を上げる。

 一人でもぐもぐと満喫していると、後輩たちが物欲しそうに見ている。


「お、鈴谷君。何が欲しい?」

「えっ……! いいんですか! 先輩の貴重なお昼ご飯なのに」

「おうとも。弁当はやっぱ交換しないとな〜」

「じゃ、じゃあ僕はそのナポリタンを少しだけいただいていいですか……! 僕のからあげサンと交換しましょう!」

「そんなメイン級もらっちゃっていいの?」

「全然足りないくらいです! ありがとうございます!」


 鈴谷君もしそうに食べるな……。うちの食欲モンスターには勝てんが。そういやあいつ、最近昼はどうしてるんだろうか。


「鹿見さん、私もいいですか?」

「春海さんもか、どれにするよ」

「先輩が作られたのはどれですか?」

「うーん、失敗しちゃったけど玉子焼きかな」

「ではそれを! ……これが鹿見さん家の味……!」

「んなおおな」


 切り分けた玉子焼きを差し出す。春海さんはそれを更に小さくすると、丁寧に口へ運んでいく。

 どこぞの令嬢かと思う所作だと、俺の玉子焼きが場違いに見えるな。

 まぁにこにことしそうに食べてくれたら作りがあるってもんよ。

 社内チャットの通知がPCの右下に映る。


『今良くない気配を感じたわ。被告鹿見くん、弁解の準備をしときなさい』


 無視するのが吉だが後が怖いし返信しとくか。


『何も無いから弁解も無いな』

『うーん、確かに今私のうわセンサーが反応したんだけどな』

うわもなにもないわ。仕事しろ』

『(了・ω・解)』


 昼休みは過ぎていく。忙しさの中にあっても、この時間だけは死守しないとな。

 これから夜にかけての業務量を思い起こしてげんなりしながら、俺は弁当箱を閉じた。


◆ ◇ ◆ ◇


 隣駅の昇降口を出るとぬるい夜風が俺を迎えてくる。蒸し暑さはないものの、ひんやりとした風の面影はもうどこにも無かった。

 店の近くであいつを待つ。今日も商談だっけか。

 週末ということもあって、駅前に人通りは多い。早く家に帰りたい社畜たちとゆっくり歩きたいカップルの攻防が繰り広げられていく。


「待たせちゃったわね」


 緩く髪を巻いた秋津がこちらへと歩いてくる。今日は珍しくスーツではなく、私服だった。


「いや、俺も今来たとこだ」

「あ、これってデートみたいじゃない?」


 黙ってればクール系の美人なのに話すとこれである。まぁこれはこれで……ってなんでもない。


「デートだろうが。二人で会うってお前が言ったんだから」

「え、鹿見くんもそう思ってくれるんだ〜」


 口では勝てないことが学生時代からわかっているので、ここからもう反論はすまい。


「ほら予約してんだから行くぞ」

「は〜い! 今日は何食べよ〜前はカルボナーラだったし」


 路地を抜けてステンドグラスが張られたドアを目指す。

 あの店は今日も今日とてカランカラン、と小気味のいい音で俺たちを迎えてくれる。

 せっかく予約だからと、奥にある庭に面した席に通される。すごい、こんな都会の真ん中で自然豊かな庭が見られるとは。


「ねー、ここほんとにいいよね。お庭もれいだし」

「そうだな、オフィス街で花を見られるとは思ってもなかった」


 食欲モンスター様も草花は好きらしい。

 前回の反省をかして、今日はカジュアルなパスタコースを頼むことにした。後はワインを少し。

 銀色の食器に映る秋津もやはり顔がいい。そんなことを思ってしまうのも……ってなんでもない。

 仕事の話をしつつ水で口を潤していると、運ばれてきたのはマルゲリータ。

 焼きたてを主張するかのように表面のチーズがポコポコしている。湯気と共に届けられた匂いに、俺と秋津は顔を見合わせる。


「はやく、はやくたべよ!」

「まてまて、俺も我慢できん」