営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常

営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常 ⑨

 ここまで日本酒を飲んでから2秒、頭の中でしさが駆け抜けていく。

 ……酔いが回ってきたのか、身体からだがぽかぽかしてくる。

 ここまで来てまだ枝豆とカツオしか食べてないのにこの満足感。としとったな。

 だがしかしメインとばかりにチキンのわらきとチキン南蛮が運ばれてくる。重いて。

 だが腹は正直で、自然と手が伸びる。すると向かいからもう一つの箸がチキン南蛮を狙っているのが見える。


「おいひより、それは俺のだろ」

「私のですけど。有くんはわらき食べなよ」

「今は南蛮な気分なんだよ」


 多少いざこざはありながらも話は学生時代へ。そういえばあの人はどうしてる、とか結婚したらしいとか。

 久しぶりにあの頃に戻れた気がする。卒業から約十年、こうやって毎年集まって顔を見せてくれるのもありがたい話だ。ひよりがいたのは予想外だったが。

 酔いも回りに回っていい時間、外に出ると西崎が煙草たばこを吸っていた。


「楽しかったな」


 横に並ぶと俺は話しかける。


「あぁ、昔みたいだ。なんと言っても井波を見てると結婚したくなる。あのカップルが結婚だなんてえらく時間もったもんだ」

「ほんとにな」


 彼は口から煙を吐くと煙草たばこを灰皿に押し込む。


「鹿見は相変わらず秋津さんと仲良かったな。それも昔を見てるみたいだった」

「そうか? いつも通りだけどな」

「俺はまだ飲めるし大槻でも誘って2件目行くかな、鹿見も来るか?」

「いや、今回はやめとくよ。荷物も増えたしな」


 俺たちはそろって入口を見る。酔ってにこにこフラフラとしているひよりがこちらへ向かってくる。

 西崎はてんがいったと俺に手を振ると、店から一緒に出てきた大槻さんに声をかけに行った。


 また少し気温が上がった街を歩く。最寄り駅までは全員一緒だったが、改札を出て解散した。

 井波夫妻と瀬野はそのまま帰宅、西崎と大槻さんは二次会へ、そして俺はこのでいすいモンスターを家まで送り届けるというわけだ。

 こいついつも酒に酔ってないか?

 高校時代よく通った道を歩く。あ、あの店無くなって違う店になってるじゃん。

 秋津のペースに合わせてゆっくりと歩く。電車に乗ると酔いがめたな。公共スペースに出るとちゃんとしないと、と思ってしまうのは社会の奴隷の性か。


「秋津、歩けるか。水もあるぞ」

「あるける……やだ、ひよりって呼んでよ。今日はさ」

「はいはい」


 フラフラだが何が楽しいのかにっこりしている秋津を支える。


「有くんは私の家まで来るのー? えっち」

「うるさいお守りだお守り。こんなんじゃ一人で帰れないだろ。タクシー呼ぶか?」

「んーん、そんなに遠くないし。お父さんとお母さんに挨拶してく? 結婚の」


 歩道橋を渡る。こいつはまた寝ぼけてんのか。


「夢でも見てんのか。結婚はしないが、挨拶はしていく。会うの久しぶりだしな」

「えへへ、泊まってってもいいんだよ」

「泊まらんわ。というかお前あっちで既に俺たちと飲むこと知ってたな?」

「なんのことかわかんないにゃ〜」


 彼女は鳴らない口笛をひゅーひゅーしながらそっぽを向く。

 不意に何かがちょんっと小指をかすめる。明後日あさつての方向を向いたはずの彼女の手が俺の手をつかもうとして空を切った。しかたない、酒も入ってるしな。

 行き場を失った彼女の手を自分の手で包み込む。


「鹿見くん、あっ、有くん。この前後輩といちゃいちゃしてた罰なんだけど」

「おい待てお前もう酔いめてるだろ! 自分で歩け! というか罰ってなんだ。罪を犯してすらいないんだが」

「細かいことは置いといて〜」


 こいつは俺の手を離さない。ぬるい風が頰をでる。


「夏にお休み合わせて旅行いかない?」

「それは罰じゃなくてごほうだろ」

「えっ……? んん……! まぁ有くんがそう言うならそれでもいいけど……」


 どんどん声が小さくなっていく秋津を引っ張り角を曲がる。


「ほら家着いたぞ、ひより。今日もしくて楽しかったな」


 しがみついた手を丁寧にはがしていく。秋津家のインターホンを押す直前、こいつの顔にかかった髪を耳にかけ、少しだけ目線を合わせる。

 相変わらずれいな瞳を見て、少し頰が熱くなってくる。やっぱり酔っているんだろうか。

 いやおうでもみずみずしいぷるんとした唇に目が吸い寄せられるが、鋼鉄の理性で封じ込める。

 どちらも言葉を発さずに時間だけが過ぎ去っていく。

 彼女のうるんだ瞳が近づいて来るも、唇に自分の人差し指を添えるにとどまった。


「あ、、」


 刹那、ピンポーンと昔よく聞いていた音が鳴る。

 ガチャリ、と開いたドアからは人の良さそうな秋津パパが顔をのぞかせる。

 二、三と言葉を交わすとおやすみの挨拶をして秋津家をあとにした。

 ごめんな秋津、今はこれが限界だわ。

 首あたりの血管から響く心臓のリズムは早い。熱くなった頰をでる風は、さっきより冷たい。



 少しゆっくり帰るか。

 赤い顔を冷ますよう、実家への道を進んでいく。心なしか歩く速度は、あいつと同じくらいな気がした。


◆ ◇ ◆ ◇


 さて6月初旬の火曜日。俺は会議室で目をかっぴらいて手元のタブレットを見ていた。俺の目の前には営業一課と二課の面々がせいぞろいしていた。

 先日の2大案件が無事受注になったものの、社内で同時に規模の大きい2案件を進める準備ができているかと言えば、そんなわけが無い。営業課のとってきた案件に対して企画の中身を詰めて先方と調整もしなければならないうえに、時間や予算といった実際にかかるコストをシミュレーションして経理や社内上層部と調整も必要だ。

 来年本格的に始まるこの案件、一つはアート系のイベントにおける空間演出、もう一つは某大手企業が自社オフィスとしてビルを建てる際のオフィスコーディネートである。

 ただしアートイベントとオフィスコーディネート、着手時期に差があるのが幸いか。というか同時期だったら事務課の人間が今の倍はいるところだ。


「というわけで、配布した資料にも記載しているが一ヶ月後に営業課全体で社内コンペを行う。」


 営業一課の課長の言葉が響くとざわざわしていた会議室は水を打ったように静まった。

 そう、オフィスコーディネートの案件については、まだ詳細まで決まっていない。トップダウンで上層部が決めるかと思えば、まさかの社内コンペ。

 チームを組んで提案するもよし、一人で企画書を書き上げて提案するもよし、予算内であれば知人友人を外部協力として起用するもよし、なんでもありとのこと。

 これ、一ヶ月ってのがミソだよなぁ〜。できることが知れてる。

 社内コンペは営業課内で行われる。そして審査するのは営業課の課長、各課から推薦された職員、そして幹部である。

 事務課からはなぜか相澤課長と俺が参加である。なぜ小峰さんではないのかと聞いたところ、「そろそろあなたも実績作りなさい」とのお達しだった。やらねば。

 その話をしていた時、相澤さんの後ろでガッツポーズをしていた小峰さんさえ目に入らなければ、もっとやる気にもなったんだが。

 営業課長の話は進んでいく。公には言わないが、もちろんボーナス査定の基準項目にもなるとのこと。

 お金はもちろん大切だが、社運をかけたプロジェクトである。関わりたい人は多いだろうな。

 俺たち事務、それと経理の面々としては仕事量が倍増どころの話ではないため、目を見合わせて小さくため息をつく。やはり経理とは仲良くやれそうだ。

 今回、秋津はコンペに不参加が確定している。結局あいつはもう一つのアートイベントの案件を取ってきたからか、そちらへの参加が確定しているとのこと。

 社内チャットでメッセージが飛んでくる。


『ひま〜〜私別の仕事したい〜〜どうせコンペでないし』


 あいつ、一番後ろに座って何やら仕事してるかと思いきや暇なのかよ。