銀河放浪ふたり旅 ep.1 宇宙監獄の元囚人と看守、滅亡した地球を離れ星の彼方を目指します

プロローグ

 無限にひろがる大宇宙、なんて西暦年間の古典作品のフレーズを思い出しながら、カイト・クラウチは目の前にある異星文明の産物を見上げていた。

 宇宙船。しかも個人用の。

 地球でこんなものを手配するとしたら、はたしてどれほどの資産が必要となるのやら。だが、この場ではそれほど高価なものではない。比較的普通に手に入る資産だと言われては、自分が拾われた異文明のすさまじさに舌を巻くほかない。

 この船に、名前はまだない。人の姿のほとんど見えないこのこうしようで、つい先ほど出来上がったばかりだからだ。全て自動化されているわけでも、誰もいないわけでもない。機械知性と呼ばれる知性体が、それとは区別がつかないだけで今も絶え間なく動き回っている。

 船体の色は黄色と黒。カラーリングにあまりこだわりはなかったが、何となくしっくりくる。

 沸き立つ心を落ち着かせつつ、これからの生活の大半を過ごすだろう船を眺める。自分のために調整されたこの船は、隣に立つ相棒と同じく、これからの人生を華やかにいろどる大切な仲間だ。

 分類上、この船は小型船ということになる。一人から三人程度で運用することを想定しているそうだ。

 前方には操縦席、後方には生活スペース。戦闘行動だけでなく光速に迫るほどの高速移動も可能で、飛来する障害物から船体を守る障壁まで完備しているという。至れり尽くせりとはこのことか。

 前面にはガラスのようなものはない。それでも中から外がはっきりと見えるというのだから恐れ入る。前方はまるで船のさきのようなデザイン。


「マスター・カイト。生活区画のデザインは私の方で設定しておきました」

「助かるよ」


 側面と後方にも、特に部品らしいものはなく滑らかだ。遠い昔からまことしやかにうわさされていた、外宇宙からの船のデザイン。未確認飛行物体と呼ばれていたアレに似ていなくもないような。思い浮かんだその考えを、偶然だよなと否定する。彼らの技術水準をもってすれば、地球にまったく知られることなく地球に飛来することなどあまりに簡単だからだ。彼らがアースリングに見つかるような下手を打つことはないだろうと、カイトはあまり長くない付き合いの中でも確信していた。


「何と言うか、この形を見るだけだと動きそうもないんだけどね」

「不思議なものですね。これが宇宙を飛び回るというのですから」


 まるでカラフルなだけのオブジェのような姿。なにしろ推進のためのパーツも、武器に見えるパーツも何も表には出ていないのだ。

 この船の推進機構も船内にエネルギーを供給する方法も、これまでのカイトが聞いたら鼻で笑うようなもの。

 ある意味で、人力。心に思い浮かべるだけ、自分の意思ひとつで動かすことが出来るという、そんな不可思議な機構。光よりも速く動き、物理法則を無視したような動きさえ実現できてしまう。

 だが、今の彼にはそれを笑うことは出来ない。そうあれかしと、自分自身で願ったのだから。


「マスター。この船を使って、どんなことをなさりたいので?」

「そうだね。せっかく拾った命だ、この銀河の色々なところを見て回ってみるのも面白いかもしれないね」


 カイトの住んでいた地球は滅びた。原因は不明。

 当時宇宙に出ていたカイトは、崩壊を待つばかりの地球社会に戻るのではなく、最後のアースリングとして出来るだけ遠くへ向かうことを選んだ。

 そして出会ったのが、銀河に広大な版図を持つ連邦のエージェントたちである。

 何だかんだと気に入られて、連邦の市民権を手にして。

 今や地球のテクノロジーでは考えられないほどの高性能な船を手にするところまできている。


「それにしても……色々あったねえ」

「そうですね」


 地球を出てから今日まで、口にするのも馬鹿馬鹿しいような激動の日々だ。カイトはまるで走馬灯でも見るように、ここに至るまでの日々を思い返していた。