銀河放浪ふたり旅 ep.1 宇宙監獄の元囚人と看守、滅亡した地球を離れ星の彼方を目指します

第一話:別に僕はピテカントロプスじゃない ①

「判決。被告カイト・クラウチを追放刑に処する。禁固期間は七千日」


 背後でのざわめきと、裁判官の怒鳴りつけるような静粛にという声。不当だと叫ぶ男と、何かを殴るような音。

 それらを無感動に聞きながら、カイトはぼんやりとその判決を受け入れていた。


***


 民衆が政治に求めるものが、本質的にどう自分を甘やかしてくれるのかという点だけに特化するようになって随分つ。つまるところ、現代とは自分以外のあらゆる他者に対して人々が興味を失った時代と言えるのかもしれない。

 内戦や戦争は相変わらずあちこちで起きている。何年か前には人身売買で国家転覆を図った自称革命家が捕まった。救国の英雄と呼ばれていた人物も、数年にわたる暴政の結果、今度は自分の政権が転覆させられる側に回ってしまったわけだ。裁判の結果、先んじて空の彼方かなたへ追放されていた。彼は確か、終身刑だったか。

 カイト・クラウチは、ある政治結社の象徴となるべく育てられた。

 極めて健康であり、精神的、肉体的才能に最もバランス良くひいでている。すなわち誰よりも優れた人間こそが、世に諦観の安寧を植え付ける現代政治を打破する新しい『どくさいしや』として立つべきだという理念。

 そんな思想を備えた『秘密結社』とやらが、指導者のひながたとして育てた中の一人がカイトである。

 何が基準で選ばれたのかは今でも分からないが、彼は家族から少なくない金額で小さいうちに売り飛ばされ、結社の中でそれなりに大切に育てられた。

 幾度となく続く試験を経て、『最終候補』二人のうちの一人に選ばれた少年は、結局は『指導者』として立つ前に当局に逮捕されたのだった。


「ま、死刑にならなかっただけ幸運だね」


 カイトにしてみれば、ちょっと行き過ぎた感じの塾で偏り気味の教育を受けただけという印象しかない。彼らの宗教的ともいえる政治思想には内心でへきえきしていたし、特にそれを受け入れた覚えもなかった。明確に否定したこともなかったから、状況に流されたことが罪だと言われれば受け入れるほかにないが。

 判決が読み上げられている間、特に望んでいたわけでもない指導者などをやらされなくて済むことにむしろ安心したものだ。

 七千日ということは十九年と少し。四十手前で社会に放り出されるのは勘弁して欲しいなあと、裁判官の話を聞き流しながら考える。せっかくだから倍にならないかな。

 ふと思い出される、裁判の始まる前に接見した総帥閣下との会話。秘密結社で育てられただけの、世間知らずの単なる一般市民。そんな自分に国の代表が会いにきたという事実に、最初は随分と驚いたものだ。


『クラウチ君、済まない。君のような若者に一人責任を背負わせてしまう』

「気にしないでください。望まない役割を無理くりやらされるよりははるかにマシな状況ですよ」

『不思議なものだ。もしもこんな出会いでなければ、君はきっと私の後継者に……いや、これ以上は言うまい』

「息災で、閣下」

『君がこれから送られる個人監獄では、出来るかぎり快適に過ごせるように手配してある。総帥という立場にあっても、私の裁量ではこれが限度だ。許して欲しい』

「それが一番うれしいです。本当にありがとうございます」


 不思議なことに、現行政権の最高責任者である総帥とは裁判の前後から親しくなった。判決が出るまでと出てから宇宙に追放されるまでの間、カイトの生活の水準が悪くなかったのは総帥閣下の尽力によるものが大きい。

 一方でカイトを育てた組織は相変わらずのようで、次の指導者候補とやらを探し出して育てているようだ。どうやら自分の救出作戦は検討すらされていないか、検討されたものの早期に却下されたらしい。

 その話を他でもない総帥から聞かされたカイトは、泳がされている彼らを哀れに思ったものだ。同時に、自分という存在が社会のガス抜きに活用されたのだとも理解する。

 なるほど、ただ勉強して体を鍛えていただけの穀潰しも、何やら世の役に立てたらしいと思えば少しばかり誇らしかった。


***


 判決から程なく。カイトは自分の監獄ごと軌道エレベータから宇宙空間へと放り出された。それは彼が特別なわけではなく、追放刑の受刑者は全員が同じ境遇をたどる。個人監獄は部屋ふたつ分くらいのサイズ感だ。主な生活区画には睡眠用のベッドと、運動用の機材がいくつか。食事区画とはいせつ用の区画、そして体の洗浄区画がそれぞれ分かれているから、部屋としては合計で四部屋といえるか。後半の二つは狭いけれど。

 思想犯罪者279502号。それがカイト・クラウチに与えられた新しい呼び名だった。


「初めまして、ミスター・クラウチ。私はこの場所でのあなたの生活を管理する刑務官です。宇宙空間での精神・物理的なあなたの健康に配慮するとともに、この監獄における生命維持装置の管理機能も備えています。私を破壊することは非推奨行動であると提言します」


 直径三十センチメートルほどの、球体。声色は女性のものだった。

 どうやらこれが今日からの人生のパートナーであるらしい。

 結局刑期を倍に延ばしてもらうことは出来なかった。つまり、四十前で路頭に迷うことが既定路線となったわけだ。どうしたものか。


「この挨拶が終了した時点で、ミスター・クラウチは受刑者として番号で呼称されることとなります。これは仕様ですのでご容赦ください。では受刑者279502号、これからの期間を実りある時間にしましょう」


 この刑を受けた者のほとんどにとっては、その言葉は痛烈な皮肉だっただろう。

 だが、カイトにとっては決してそうではない。彼は地上で随分と疲れていたのだ。人の思惑や勝手な思想に巻き込まれるくらいなら、たった一人の宇宙空間は望むところですらあった。ひとまず先のことは考えずに、これからの独居生活を楽しむことだけに意識を切り替える。


「本当だね。今日からよろしく、刑務官殿」

「……イエス。受刑者279502号、何か質問はありますか」

「うん。まずはこの場所での禁止事項について教えて欲しい」

「禁止事項はいくつかあります。まず、地上の情報を知ることは原則禁止です。申請を出せば検閲ののち情報をお渡しすることは可能ですが、メールのやり取りなどは不可能だと理解してください」

「了解。おそらく申請は出さないだろうから気にしないでくれるかな」

「そうなのですか? これまで受刑者の百パーセントが地上の情報を求めています。もしも必要になりましたら申請ください」

「分かったよ。他には?」


 刑務官は実に事務的に、禁止事項を羅列していく。この監獄へのハッキングの禁止、監獄の操縦スペースへの侵入禁止、監獄の物理的破壊の禁止、そして自傷行為と自殺の禁止。

 監獄の物理的破壊と自殺は同じ意味ではないかと聞くと、刑務官はどう違うのかを教えてくれた。


「残念ですが医療行為を理由とした地上への帰還も認められません。各種しつぺいかんなどについては、医療技術をインストールされておりますので私が対応することになります。医薬品も私が地上から取り寄せますので、自傷行為や自殺未遂などで地上に戻ることは出来ないとご理解ください」

「つまり、自傷行為の治療を理由に地上に戻りたがった先輩が過去にいたんだね?」

「その通りです」


 一応、刑期満了前に地上に戻れる場合もあるようだ。

 ひとつは、偶発的な事故。小惑星との衝突などが該当するとか。破壊あるいは回避行動は刑務官の方で行うのだが、失敗した場合や規模の関係で回避しきれなかった場合には地上への一時帰還が認められるらしい。ハッキングの禁止というのはここにひっかかるからだろう。

 とはいえ、衝突などしたら帰る前におぶつではなかろうか。

 と、考えにふけっている間に刑務官からの説明は終わった。