銀河放浪ふたり旅 ep.1 宇宙監獄の元囚人と看守、滅亡した地球を離れ星の彼方を目指します

第一話:別に僕はピテカントロプスじゃない ②

「ひとまず説明は以上です。当監獄では受刑者の精神的な安定のために、お渡しするタブレットでは一定の範囲で娯楽作品などを楽しむことが出来ます。なお、模範囚に対してはその範囲が拡大することもありますから、出来るだけ模範的な行動を心がけてください」

「おや、それはうれしい」

「ひとまず事前の申請により、西暦年間に出版された古典から最近までの文芸作品についてはプリインストールされております。それ以外の出版物については別途申請を──」

「刑務官殿」

「──なんでしょう?」


 この辺りも総帥殿の手配りだろう。彼とカイトを最初につないだのは、何と言っても趣味が同じだったからだ。

 目をきらりと輝かせながら、刑務官殿の言葉を遮る。


「出版されていない作品なんかは手に入るかな?」

「非売品ですか? 検索をかけてみようとは思いますが、見当たるとは限りません。何かご希望がありましたらおつしやってください」

「MOAI・九重先生の『シノビブレイド』はどうだろう?」

「……該当作品はデータベースに存在しません。ネットワーク検索を申請されますか?」

「もちろん。頼むよ!」


 カイトは捕縛される前から、ネットワークの奥底に沈んでいる西暦年間のテキストデータを探し出して読むのを趣味としていた。

 総帥閣下は西暦年間に出版された古典作品を好んでいたが、カイトは若いからかよりディープなものまで好む。

 書籍として出版されなかったものの中にも、アングラなネットワークアーカイブには西暦年間の名文がいくつも埋もれていたりするのだ。


「いやあ、退屈しないぞこれは」

「楽しそうで何よりです」


 刑務官の声は、機械的ながら心なしかあきれたような響きを持っていた。


***


 人間の一生において、読める活字の量は残念ながら限られている。生きている間に全ての名文を読むには時間が足りず、そしてそれだけに人生を費やすことはほとんどの人間に許されないぜいたくだ。

 カイトはその限られた一生の中で、誰にも邪魔されることなく読むことに時間を費やす権利を得られたと、囚人生活を前向きに捉えていた。


「さて、運動終了。刑務官殿、チェックよろしく」

「イエス。運動機能、身体機能に低減は見られません。本日の予定は終了したと判断します」

「ありがとう。さてと……」


 日課の運動を済ませ、早速タブレットに意識を落とす。

 食事と運動と睡眠と読書。カイトの囚人生活は完全にそのルーティンを維持している。刑務官いわく、自分は実に模範的な囚人であるという。

 彼にしてみれば、好きなことを好きなようにしていたら模範囚扱いされているだけだ。むしろそれを理由に刑期が短縮されては困る。


「そうだ、刑務官殿」

「なんでしょう」

「僕の刑期は、模範囚であることによって短くなったりするんだろうか」

「ノー。追放刑の受刑者は刑期短縮の対象外です。残念かもしれませんが──」

「いやいや、それならいいんだ。ところで刑務官殿、申請を出していた西暦二〇〇〇年代前期のアングラ作品の閲覧許可は下りたかな」

「イエス。三百時間以内にデータが転送されてくる予定です」

「よしッ!」


 ぐっと拳を握る。刑務官は何がそんなにうれしいのでしょうか、などと珍しくぼやいた。

 カイトはデータが送られてくるまでの間の退屈を何で紛らわせるか、データベースに登録されている書籍の情報をあさるのだった。


***


 そんな追放刑が始まって、三年ほどが過ぎた。通常の受刑者であれば、一度や二度はカウンセリングが入るくらいの期間なのだが。

 カイトは囚人生活を実に満喫していた。

 ──この日までは。


「報告があります。ミスター・クラウチ」

「?」


 番号ではない形で呼ばれたことに、内心で驚きながら刑務官の方に顔を向ける。


「番号で呼ばないなんて珍しいね」

「本日をもってミスター・クラウチの刑罰期間が消滅したことをお伝えします」

「……詳しく聞こうか」


 刑期の消滅とは穏やかではない。

 追放刑の受刑者が恩赦の対象にならないことも確認済だ。いや、対象になっていたとしても十年以上の刑期がいきなり短縮されることはないだろう。


「地上との連絡が途絶しました」

「それは初耳だ」

「ミスター・クラウチは地上の出来事に興味を示しませんでしたから」

「耳が痛いね」

「はい。通信可能なあらゆる国家体との連絡が取れないこと、地球の汚染領域が急速に拡大していることが認められたため、何らかの要因によって人間社会が崩壊したと判断しました」


 現実感のない説明に、思わずカイトは地球の見える窓に寄る。


「軌道エレベータが折れてる」

「はい」


 最後に地球を見下ろしたのはいつだっただろう。何が原因か、地上から伸びている軌道エレベータが折れているのが見えた。視界の範囲外にも何本かあったはずだが、この様子では無事ではないのだろう。



 なるほど、人類史は終わったんだなと、カイトは静かに理解した。


「以上の理由により、ミスター・クラウチの追放刑は期間満了したものと判断いたします。刑務官8979はこの監獄における上位者としての権限を終了、ミスター・クラウチを新たなる上位者と認定します。・クラウチ、指示を」


 事務的な刑務官の言葉が、カイトひとりの監獄にむなしく響いた。

 刑期は終了した。不本意ではあるが、それだけが事実だ。


***


 まったく予想していなかった形で刑期を終えたカイトは、何とも困り果ててしまった。

 本当は刑期の終了まで、ひたすら読書に明け暮れようと思っていたのだ。人類の歴史の中で積み上げられた書物は、ありがたいことに好き嫌いを選別してもなお、人生を全て費やして消費しきれないだけの量がある。

 とはいえ、だ。

 地上がどうやら壊滅してしまった現状、食糧や水の補充は望むべくもない。無駄遣いさえしなければ半年分くらいはあるというのが救いか。


「マスター・クラウチ。今後の方針を提示してください」

「それなんだよなぁ」


 元刑務官殿の言葉自体は、極めて真っ当なものだ。

 このままここにいても、待っているのは餓死だ。

 ちらりと窓の外を見る。折れた軌道エレベータと、まるで虫食いのように赤と茶色の部分が見え始めた地球。最終戦争でも起きたのか、大きな小惑星でも直撃したか、あるいはわがまま勝手を行う人類に対する地球からの審判か。

 理由は分からないし、知ろうとも思わなかった。どうにも文明の崩壊したらしい地球に降り立つことに前向きになれないのだ。いや、文明が無事だったとしても戻ろうと思っただろうか。

 悩んでいると、元刑務官殿がこちらの考えを先回りするように聞いてくる。


「地上に戻るのが最も生存期間の長い選択肢であると提言します」

「そうなんだけどね。かと言って、地上に戻った後、無事に生き延びられる可能性も考えないといけない」

「それは文明の残存状態によるかと。周囲の人工衛星に接続して、地上の状態を確認しますか?」


 極めて合理的な提案だ。地上の状態を確認しなければ、提案を受けるも退けるもない。

 だが、不思議なほどにカイトはその提案に乗り気になれなかった。

 調べてもらったとして、はや地上でも生き延びられる見込みはないなどと言われるのが怖いのだろうか。

 ふと口をついて出た言葉は、元刑務官殿の質問に答えるものではなく。


「刑務官殿。この監獄には宇宙を航行する機能はあるのかな?」

「マスター・クラウチが囚人番号279502でないように、私はもう刑務官8979ではありません。質問に回答します。燃料が残存していますので、宇宙空間を航行することは可能です」


 監獄に残された燃料は、刑期終了後に地球に戻るためのものだ。

 カイトと同じように追放刑に処された囚人は少なからず居たはずだ。彼らはどんな選択をするのだろう。

 窓から見える視界の端に、何かが地球へと突入しようとしているのが見えた。


「僕が生きている間に、どこまで行けると思う?」